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老少女は人使いが荒い  作者: 本知そら
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四十五日目

   四十五日目


 この街に来てから十日が過ぎた。いつもであれば既に次の町にたどり着いている頃だというのに、いまだここから旅立つ気配はない。

 原因はリィナだ。

 開け放した窓から賑やかな人の声を聞きつつ、部屋で一人もくもくとゴロゴロしていると、バタンと大きな音を響かせてドアが開いた。

「孔雀! これ旨いぞ!」

 リィナが手に持った棒付きキャンディーらしきものを突き出す。が、俺の目はそっちに向くのではなく、走ってきたせいでふわりと広がったワンピースの裾の下、思わず覗き見えた真っ白なふとももに目が釘付けになった。

「ん? 孔雀よ。どこを見ておる? 後ろに何かおるのか?」

 棒付きキャンディーをペロペロと舐めながら振り返る。もちろんそこには何もない。

「い、いや誰かいるなと思ったが気のせいだった」

「ななんじゃそれは。お、おばけじゃあるまいし怖いことを言うのぉ」

「え、怖い?」

「……言い間違えただけじゃ」

 その場を取り繕うつもりで口から出たでまかせだったが、なんだ今の露骨な反応は? まさか本当にあの救世主が……?

「そんなことより、これじゃ、これ! これ旨いぞ!」

「これってその飴のこ――ふご!」

 ノーモーションで投てきされた棒付きキャンディーが頬に突き刺さる。

「ほら、お主も舐めてみろ」

「食べ物を投げるんじゃない……」

「ちゃんと下手投げで投げたぞ」

「投げ方の問題じゃない」

 棒付きキャンディーを手に取り、舐めてみる。異世界の飴だから違う味がするのかと思いきや、意外と馴染みのある味だった。

「うん。旨いな」

「じゃろ!?」

 リィナが目を輝かせる。

「他にもこんなのを売っておったのじゃか、こっちも旨いぞ!」

「だから投げるなって」

 今度はちゃんとキャッチして投てきされたそれを見る。小麦粉を焼いたもののようだ。食べてみるとマドレーヌに似た味がした。結構旨い。

「これも旨い。紅茶が欲しくなるな」

「そう思って茶も買ってきたぞ」

「だから投げるなって」

 三度投てきされたのは鉄製の缶だった。蓋を開けると茶葉の良い香りがした。

「ちゃんと砂糖も買ってきた。茶にしよう」

「俺が淹れろってことね。はいはい」

 ベッドから立ち上がり、湯を貰うためリィナと入れ違いに部屋を出る。いつもの指定席である窓際の椅子に腰を下ろすリィナを見つつ、ドアを閉めた。

 この街から離れない主な原因はこれだ。リィナが菓子、というか甘い物にはまってしまったのだ。ずっとそういうものに縁遠い生活をしてきたからか、それとも体が変わった時に味覚も変わったのか。リィナの様子を見る限りはおそらくそのどちらもだろう。なんにせよ、この街にきた当日に買ったケーキやクッキーが予想以上に旨かったようで、以来リィナは毎日のように露店に出掛けては新しい甘味を探す日々を送っている。

 ちなみに肝心の魔王はというと、

『あんなやつ、いつでも倒せるから二の次じゃ』

 とのこと。最近は魔王軍による特に目立った被害報告もなく、リィナ曰く「この前、道すがら潰した砦に居座っていた魔人が魔王の幹部で、そやつがやられてあちらも警戒しておるのじゃろ」ということらしい。そういえば廃墟同然の砦を防犯上よろしくないという理由でリィナと掃除という名の解体作業をしたが、たしかにその時やたら偉そうな魔人がいたことを覚えている。あれが幹部だったのか。雑魚よりちょっと強い程度だったから、てっきりレアモンスターみたいなものかと思っていた。

 お湯を入れたポットとカップを持って部屋に戻ると、リィナはこちらに気付く素振りを見せることなく、頬杖をついて窓の外を眺めていた。

 金色の長い髪がゆらゆらと風に揺れ光を受けて輝いている。綺麗な顔が見せる物憂げそうな表情と相まって、口を開かずそうしていれば誰もが彼女に心を奪われるであろう。中身はおっさんだが。

 しかし最近リィナの様子がおかしい。おかしいと言うと彼女に失礼かもしれないが、中身が中身なだけに、やっぱりおかしい。たとえば、

「リィナ。その髪飾りどうしたんだ?」

 朝見たときにはなかった髪飾りを指差す。前髪を分けるようにして留められたバレッタ。彼女はああいったアクセサリーは一つも持っていなかったはずだ。

「ん、おお、これか? 菓子を買ったときに露店の主にもらったんじゃよ」

 ここ最近毎日大通りを訪れる彼女は、その界隈でちょっとした有名人になっていた。名乗らないことから、どこぞの富豪の娘とでも思われているらしく、金払いの良さとあの明るい性格で、人によっては金づる、人によっては世間知らずのかわいらしい娘さんとして人気を得ている。バレッタをくれたのはその後者だろう。飾り気のない彼女を見て、もったいないと思ったのかもしれない。

 そうしてリィナはこの町に来る前と比べて、結構様変わりした。ワンピースは形こそ同じだが至る所にレースが施されたかわいらしいものに、右耳には三日月のイヤリングが、手首と足首には銀製のリングがはめられている。そしてそこに新たに加わったバレッタ。それぞれは簡素な作りだが、それらを身に付けたリィナはとても女の子女の子していて、まさか中身がおっさんだとは思えないほどに可憐な少女に変貌していた。馬子にも衣装というやつだ。見た目が少女らしくなると、中身もそうではないか、とたまに錯覚を起こしてしまうことがある。困ったものだ。

「どうじゃ、似合っておるか?」

「どうかと聞かれれば似合ってる。けど、リィナはそれでいいのか?」

 外見が変われど、中身は今も変わらず元国王のはず。

「今のわしは間違いなく女じゃからの。それに相応しい装飾品を付けることにあまり躊躇いはないよ。……渋ったところで好転するわけでもないしの」

「好転?」

 リィナが頭を振る。

「こっちの話じゃ。まあ、着飾るのも悪くない。皆が褒めてくれるしの。お主も貧相な娘を横に置くより、可愛らしい今のわしみたいな娘がいたほうが嬉しかろう?」

 立ち上がり、その場でクルリと回って小首を傾げて微笑む。どこでそんな所作を覚えた。思わずドキリとしてしまったではないか。

「おっ、今ドキッとしたな?」

「う、五月蠅い」

「ふふっ。さあ、茶にしようではないか」

 いつもならもう少し攻めてくるところを肩すかしを食らい、怪訝に思いながらもテーブルにポットを置き、お茶の準備をする。

「今日のお勧めはこれじゃ!」

 そう言って人差し指で円を描いた中から溢れ出てくる菓子に苦笑しつつ、茶葉の缶を開けた。

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