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老少女は人使いが荒い  作者: 本知そら
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十日目

   十日目


「あんのおっさん。加減というものを知らないのか……」

 部屋に入るなりバタンとベッドに倒れ込んだ。ふかふかとは言い難い布団に顔を埋めていると、パンパンと膨れあがった脚がじんじんと痛み、もうこれ以上は無理と俺に訴えかけてきた。

「絶対脳みそまで筋肉だぞ。プロテインとか与えたら喜ぶに違いないあのゴリラ」

「ぷろていんが何か知らぬが、馬鹿にされているのは分かるぞ……」

 ベッドの傍に立っていたリィナが腕を組んで額に青筋を浮かばせていた。

「お主、そういうことは本人のいないところで頼む」

「もちろんわざとだよ」

「性格が捻くれておるな……」

 俺を見ながらふぅとため息を吐き、傍らにあった椅子に腰を下ろす。何気なく目で追っていたら、ちょうど目線の位置に彼女の膝がきた。足を組もうとしたので慌てて顔を背ける。中身がおっさんだからどうも動きに隙が多い。もちろんそれは実生活上での話であって、戦闘の方ではミリの隙もない。さすがは救世主様様だ。嫌になってくるぐらいに強い。

 先日の話から、リィナは俺に稽古を付け始めた。ノリとか照れ隠しで言い放っただけかと思いきや、どうやら本人は本気だったらしい。翌日から朝から晩まで俺が動けなくなるまでマンツーマンのスパルタ指導。今日で一週間だが、いまだ体はついていけていない。というかやっていることが相撲さながらのリィナとの筋肉式ぶつかり稽古で、ただただ俺が格上どころじゃない相手の彼女に殴りかかってははじき返されるという通りかかった人が見たら即警察に通報されそうなことばかりやっていた。

「もう少し頭を使った修行はないのか? 馬鹿みたいにお前に突撃するだけって俺は牛かっての」

「牛は前に突進するだけじゃ。お主は違うじゃろ? 頭を使っておるではないか」

「そういうことじゃなくて、やり方が雑すぎるって言ってんだよ」

「修業に雑も綺麗もないじゃろ」

「そうかもしれないけどさあ。もっとこういろいろあるだろ? 魔法を教えるとか、武器の扱い方とか――」

「酒の飲み方とか?」

「それはいい」

「あ、そう……」

 しゅんとしてしまった。外見が女の子なせいで酷く悪いことをしたような気になってしまう。おっさんが凹んでいるだけだ。気にするな俺。

「とにかく、魔法とか武器とか学ぶことは他にもいろいろあるだろって言ってんだよ」

「そう言われてものぉ……。だってお主、魔法の才能すっかすかじゃからの」

「ぐっ……」

 城にいた頃、リゼさんに受けさせられた魔法適性検査において見事な才能なしを叩き出したことを思い出す。異世界から来た勇者で魔法適性ゼロだったのは初めてであり、それどころか一般市民でも少しは適性はあるらしく、それさえも下回った結果を出してしまったせいで、その場が見てはいけないものを見てしまったという居たたまれない雰囲気に包まれた。あれは二度と味わいたくないものだ。

「じゃあ武器の扱い方を――」

「一般の騎士ならともかく、わしやお主ほどの強さでは武器など必要ないよ。いや、必要ないのではなく、必要に足る武器がない、が正解じゃな」

 頭に?マークを浮かべる。リィナは「つまりな」と話ながら脚を組み替える。だから見えるって。

「わしもお主も他の者からすれば恐ろしく強いじゃろ? この身一つで城の一つや二つ潰すのも造作もないほどに」

「それはアンタだけだと思う」

 あの柱と勘違いした光のらしいを振り下ろすのではなく振り回していれば、今頃城は木っ端微塵にされていたことだろう。

「今のお主でもいけるよ」

「リィナに傷一つ付けられないのにか?」

「わしはこの世界のなによりも頑丈じゃからな。わしの周りには無意識下で魔法フィールドが発生しておる。これを突破できるものは誰もおらん」

 毎度リィナに到達する数ミリ手前で拳が止まっていたのはそれのせいか。

「わしに殴られてばかりじゃから気付いておらぬようだが、お主も結構頑丈じゃよ。わしが殴って粉微塵にならないのはお主くらいじゃ。魔法の方はまったくじゃが、その肉体の強さはまさしく本物。さすが勇者なだけはある」

 リィナ的には褒めているのだろうけど、お前は脳筋だと言われているようでまったくいい気はしない。

「まあ、そんなわしらじゃから、わしらの仕様に耐えうる強度を持つ鉱石がない。使える武器がないのじゃよ」

 やれやれと言いたげにリィナが肩を竦める。

「使える武器がないなら己を鍛えて武器とすれば良い。わしは魔法が使えるから剣を作り出すことが出来るが……お主はそうもいかぬからな」

 だからとにかく体を鍛えろというわけか。話は分かったが……

「だとしても順序があるだろ。いきなりリィナと直接はいろいろとすっ飛ばしてると思うんだが……。まずはスライムとかさ」

 冒険に出てまず戦うといえばスライムが定番。はぐれてたり金属製だったり王様だったりもするが、基本は雑魚として知られるあの軟体動物だ。

「スライムとはまた玄人が好みそうな相手じゃの」

 玄人? いや雑魚の代表格としてスライムを選んだだけなのだが。

「たしかにあやつは強い。打撃が通らぬし切ってもすぐ再生する。魔法も火と氷しか決定打にはならず、だいたい群れておるから多対一になりやすい。しかも逃げ足も速い。……が、それは一般的な人間を基準にしてじゃからのぉ」

 この世界だとスライムは強敵らしい。まあたしかにゲル状だからなあ……そう言われてみれば強そうではあるか。

「そ、それともあれか。べちゃべちゃぬちょぬちょなあやつを使ってあんなことやこんなことを……っ」

 突然リィナが訳の分からないことを言いつつクネクネと体を揺らし始めた。頬を引き攣らせつつも目は何かを期待するように輝いている。

「たしかにスライム種の中にはそういった効果の毒を作り出すヤツもおるが……する方か? される方か? わしはそういう趣味はないから駄目じゃぞ? ……はっ。まさか自らの――……こほん」

 こいつ頭大丈夫か? という顔で見つめること数秒。ようやく気付いたリィナは頬を少し赤くして咳払いをした。

「冗談はそこまでにして……。竜族ならともかく、近場ですぐ見つかるような相手ではお主の修業相手にはならんよ。つまり、わししか修業相手になる者がおらぬということじゃ。それに、実戦形式の方が何かと手っ取り早いじゃろ?」

 結局はそれか。手っ取り早いからと毎日無敵ゴリラの相手をさせられるこっちの身にもなってほしいものだ。

「はあ……。なんで俺がこんな目に」

「勇者じゃからな」

「勇者でもこっちは元ただの人なんだよ。加減しろっての」

「加減しろと言われてものぉ……。わしそんなに器用じゃないし。あと一応わしも元ただの人じゃ」

「五百年以上前と数週間前とを一緒にされても……」

「あーもうごちゃごちゃ五月蠅いのぉ。魔王を倒すんじゃろ? なら厳しい修行にも乗り越えてみせよ」

「いや、倒すのはリィナだろ?」

「流れ弾で死なれても困るじゃろ?」

「だったら俺が行かなければ――」

「それはいかん」

 言い終える前に否定され、これ以上は意味なしと判断して口ごもる。どうして? と繋げてもリィナが応えないのは知っている。なんだかんだでプライドの高い彼女は「一人じゃ寂しいから」とは絶対言わない。自分が寂しいから連れて行くけど、行く先は自分以外にとっては死地だから、死なないように稽古を付けるとか、なんて自分勝手で人使いの荒いおっさんだ。

「明日からもビシバシいくぞい」

 ビシバシというよりはドカバキグシャが相応しいと思う。

「ちゃんと風呂に入って寝て、疲れを取っておくのじゃよ」

「はいはい」

 よろしい、とリィナは頷き立ち上がると、振り向くことなく部屋を出て行った。

 やっと静かになった……が、予想通り数分後。

「孔雀、相手をせよ」

 酒を片手に頬を赤らめたリィナが戻ってきた。果たして今日は何時に寝られるだろう。

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