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老少女は人使いが荒い  作者: 本知そら
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三日目

   三日目


 残念ながらバイト雑誌なんてものはこの世界にはなく、というか王様やらみんなから「どうか頼みます」と敬語プラス地面に打ち付ける勢いで頭を下げられては断わるわけにもいかず、なし崩し的に当初の予定通り、俺は魔王討伐の旅に出ることになった。


 元全裸美少女を連れて。


 夜。とある小さな町で一泊することになった俺と服を着て普通の美少女になった彼女、リィナは眠気が来るまでの時間潰しにとお互いの身の上話に花を咲かせていた。

「あのあんぽんたんども、魔法も禄に唱えられないとは……」

 前言撤回。花を咲かせているのはリィナだけだ。

「鍛錬もせず椅子の上でふんぞり返っている証拠じゃ。見たかあの腹を。腹芸にはもってこいな太鼓腹を。髭なんぞも蓄えよって、あれがわしの子孫だと思うと情けなくなるわ」

 ワインの注がれたグラスをくるくると回しながら、リィナが愚痴る。彼女の足元とテーブルの上には空になったワインボトルが何本も転がっている。よくもまあ、あれだけの水分がその小さな体に収まるものだ。

 リゼ曰くリィナはシーチカの建国の王であり、守護神。当時のこの辺り一帯を平定したのち、自分が死んだ後の国を憂い、自らに秘術を掛けて封印。解呪する魔法を子孫に残すことで王国の危機が訪れる度に目覚め、幾度となく救ってきたのだという。まさしくチート。

「おかげでわしもこの有様じゃ……」

 自分の体を見下ろして、大きなため息を吐く。

「それになんじゃこのワンピースという服は。スースーして落ち着かないではないか」

 文句を言っているが、侍女や文官に着せられ、「かわいい」と褒められてその気になり、旅へも着ていくと言いだしたのは自分だろう……。

「まったくあのあんぽんたんどもが……しかもわしにあんな頼み事を……わしができると思うておるのか……?」

 頼み事? 王様に何か頼まれたのだろうか。

「のぉ孔雀。お主もそう思わぬか?」

「え?」

 テーブルを挟んで向かいにいる俺に空になったボトルを突きつける。一瞬にして現われた眼前数センチのボトルの底と、その奧に見えるリィナの目が据わっていて少々怖い。

「そ、そうだな」

 ……なるほど、これが絡み酒か。気持ちは分からないでもないが、さっきから同じ話の繰り返し。聞かされる側としてはちょっとうんざりしてきた。

 絡み酒の原因。それは彼女の体に起因する。彼女の本名はシチカ=ハーンゲイル。名前と建国の王ということからも分かるように、元は男だったらしい。それが残念なことに、どうやら先日の召喚魔法が不完全だったせいで、性別が裏返ってしまったのだという。故に怒りの矛先は自らの子孫に向けられている。久しぶりに起きてみたら少女にされていたとなれば、そりゃ怒っても仕方ない。城は真っ二つにされたけど、体はひっついたままなのだから、現国王は良かったと喜ぶべきだろう。

「お主も災難よの。見知らぬ世界に来てまで、こんな妙ちくりんなのと旅をせねばならぬとはな」

「別に。気にしてないよ」

「そうか。それなら良かった」

 酔いで頬を赤くした少女がにこりと微笑む。飾り気のない女の子にまるで花が咲いたように。

「まあ、むさ苦しいおっさんと二人旅よりはマシじゃろ。その点だけにおいては、王に感謝せねばな」

 同じ笑顔でも、今度は悪戯っ子のようにニシシと笑う。不覚にもかわいいと思ってしまった。中身はおっさんだというのに。

「だから気にしてないって言ってるだろ。シチカさんこそ――」

「リィナで良い。この姿でその名はちと違和感があるからの。……そなたは喋り方の方はすぐ直せたのに、そっちの方はなかなか直らんのぉ。何故じゃ?」

 小首を傾げるその姿でその喋り方をされるほうがよっぽど違和感があるのだが。

「……その名前、気に入ってるんだな」

「うむ。見た目に相応しいと思ってな」

 それも侍女やら女性の文官にかわいい似合っていると褒められて気をよくしたからだろ。

 ちなみにリィナというの巷で有名な童話に出てくる主人公の名前、剣神姫リィナから来ている。内容は主人公のお姫さまが仲間を引き連れて魔王を倒すというテンプレファンタジー。おそらく初代国王であるシチカの武勇伝を子供用に改編した話なのだろう。……主人公が女の子になっているのは作者の趣味に違いない。

「とにかくじゃ。わしのことはリィナと呼び捨てるように。次間違えたらわしもお主のことをクジャク様と呼ぶぞ。それとも勇者様、いやご主人様のほうが良いか?」

「わ、分かった。分かったから」

 国の救世主である彼女に往来でそう呼ばれでもしたら、どんな目にあわせられるか……。

 素早く頷くと、リィナは「それで良い」と微笑む。

「力の差はあれども、わしとお主は唯一の仲間、対等の関係じゃ。仲良くしようではないか」

 小さな女の子がワイングラスを傾けるという元の世界ではSNS自撮りアップ即拡散学校通報&補導のコンボを受ける御法度が眼前で行われる。年齢的には全然OKだしそもそも異世界だからそんな法律はないかもしれないが……いいのかこれは?

「ほれ、お主も飲め」

「俺、未成年なんで」

「みせいねん?」

 やはりこの世界にはないようだ。

「酒よりジュース派なんで」

「む、そうか。つまらぬのぅ」

 リィナが口を尖らせる。少女がしていると見ればかわいいものだが、おっさんがしていると思うと吐き気を催す。

「飲み友達なしでこの先やっていかねばならぬのか……」

 自分で自分のグラスにワインを注ぐ姿はなかなかにおっさん臭かった。

「仕方ない。ジュースでも良いから相手を頼む」

「いいけど。そんなに相手がほしければ俺以外にも誰か連れてくれば良かったんじゃないか?」

 魔王討伐という大プロジェクトだというのに、俺とリィナの二人だけ。回復役の僧侶がいなければ支援役の吟遊詩人もいない。なんとも寂しいパーティ構成だ。

 リィナがふんっと鼻を鳴らす。

「武術の心得のないお主に手も足も出ないアイツらでは足手まといじゃ。死なれでもしたら目覚めが悪い」

 ワインのせいではなさそうな頬の赤味が増す。国民を危ない目に合わせたくはないらしい。

「なるほどツンデレだったか」

「つんでれ?」

 リィナが怪訝な顔をする。こちらの世界にツンデレという言葉はないようだ。

「と、とにかく、魔王の十人や二十人、わし一人でも余裕じゃよ。人の助けなどいらん」

「だったら俺も行かなくていいんじゃ?」

「それは寂し――ごほん」

 ほとんど言ってしまっているのに咳払いで誤魔化した。

「せせっかくこっちの世界にきたのじゃから、見聞を広めることも必要じゃろ。それには魔王退治は打って付けじゃ」

 視線を彷徨わせながら言われても説得力がない。

「万が一、わしが苦戦するということもありえるしの」

 ちょっと取り乱しただけで城を真っ二つにするようなヤツが苦戦するような相手に俺が太刀打ちできるとは思えないんだけど。

「そんなわけで明日からお主に稽古をつける」

「え、それはちょっと……」

 平成生まれの万年帰宅部な温室育ちの俺としてはキツイことは遠慮したい。漫画も段々強くなる話より最初からぶっちぎりに強い話の方が好きだ。修業編などナンセンスだ。

「だったら酒の稽古――」

「普通の稽古でお願いします」

 この歳から酒の味なんて知りたくない。

「ちっ……」

 リィナがこちらに聞こえるぐらいに大きく舌打ちする。本命は後者らしい。まったくこのおっさんは……。

「その歳で酒よりジュースとは……」

「いや、俺まだ16歳なんだけど」

「じゅうろく!? 十分ではないか。わしなんか九つの頃には嗜んでおったぞ?」

 それは早すぎるだろこの酒乱め。

「俺の世界じゃ酒は二十歳になってからって決まりがあるんだよ」

「二十歳とはまた遅い。……お主の世界は生きづらそうじゃの」

「そうかもな」

 ある意味ではその通り。しかし魔物やらがいない分、まだこっちの世界よりはいくらかはマシだと思う。まあ酒飲みからしてみればあっちの方が生きづらいのは間違いない。

「そういえば、リィナは今何歳なんだ?」

「何歳じゃろな。そうじゃな……うーむ……。あっ、数えとらんから分からぬ」

 カッカッカとグラスのワインを零しそうになりながら肩を揺らして笑う。ツボに入ったらしい。

「自分の歳さえ分からぬとはまるで呆けたじじいじゃの」

 じじいじゃないか。声にしたら怒られそうだから言わないけど。

「正確には覚えておらんが、五百はゆうに越えておるよ」

「五百!?」

 百は軽くいっているとは思っていたが、まさかそこまでご高齢でいらっしゃるとは……。

 じじいどころかミイラじゃないか。

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