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老少女は人使いが荒い  作者: 本知そら
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一日目

   一日目(初日)


『世界が闇に覆われるとき、神より遣われし剣が全てを切り裂くだろう』


 などというファンタジー冒頭のオープニングムービー中に流れるテンプレ的な口伝は、ある程度の言い回しの違いはあれども、この世界ではどこの国にも存在する。詰まるところ、『ヤバイ奴が現われて世界がヤバイことになるけど、どこからともなく救世主が現われて倒してくれるよ。やったね!』ということだ。なんともご都合主義的な話だが、実際あるのだから仕方ない。文句は国のえらい人に言ってほしい。

 そんな神聖な口伝は、この国に住むほとんどの人が信じている。俺としてはいささか耳を疑いたくなる話なのだが、ひとたび町を出れば、至る所で凶暴な魔物の類いが跋扈し、森林山中では異形の姿をした頭の弱い獣人が根城を構え、不閉門と呼ばれる魔界に繋がる門からは血の気の多い魔人が目を光らせているという、混沌としたこのご時世だ。そういう得体の知れない希望があったとして、縋り付いてしまうのは必然なのだろう。そして、そうすることがこの世界にとっては正しいことなのだ。

 別に絶望的な世界から目を逸らしているわけでも、盲信しているわけでもない。いやそうかもしれないけど、こうして口伝が口伝として代々伝わっているのは、一応その口伝が言葉通りの効力を一定以上は発揮しているからであって、実際、歴史の節目節目では口伝通りの奇跡とも言える事象が起こり、人々を苦難から救っている。だから誰もがそれを信じ、信じ続けた結果、口伝として今も残っているのだ。

 シーチカ王国近衛騎士団長、リ=リゼ談。

 とまあそんなわけで、現在俺が暮らすこのシーチカという国にも、口伝というか伝承というか、王家に伝わる古き呪文がある。その呪文と共に伝えられるのが、先ほどの言葉だ。

 さて、前置きはこれぐらいにして……。

 今シーチカは滅亡の危機に瀕している。なかなかにずっしりとくる話だが事実である。

 遡ること一年前。僕がこの世界に転移する半年以上も前のことだ。

 辺境の村からやってきた騎士が城の門を叩いた。傷を負ったその騎士が言うには、魔王と名乗る魔人が突如現われ、一瞬にして村を壊滅させ、世界を我が物にすると宣言したのだという。

 誰もが耳を疑った。開け放たれた閉じることのない魔界とを繋ぐ不閉門。それは何百年も前からそのままであり、時折魔人が門の付近を彷徨く姿が目撃されはしても、彼らから実害を受けたことは歴史上なかったのだ。

 しかし、この件に関して悩む必要は何もなかった。それを裏付けるように、以降数日置きに敗戦の報が続々と届いたからだ。そうしてようやく理解した。その国は……いや、世界は危機に瀕してい――

 なんのことはない。ファンタジーのテンプレ展開だ。話してくれたリゼさんはクソ真面目な顔をしていたが、こっちとしては「あー、あるある。そういうのゲームでよくあるよね」と特に驚くこともなく、数学の講義を聞いている時の俺よろしく右から左に話を聞いていた。彼からしてみれば自分の国が滅びかねない一大事なのだろうけど、こちらとしてはやっと期末テストが終わりこれから夏休みだー、と喜んでいたところの召喚だ。気付けば魔法、ドラゴンな異世界に転移させられ、「はい、今日からあなたは勇者です」なんてブラック臭漂う就職先を強制的に決められた身としては、所詮他所の話だ。戻り方が分からなく、もしかしたら一生こちらの世界で暮らすことになるかもしれないとしてもだ。現時点では他人事だから仕方ない。

 ……というかそんなことよりもだ。問題はそこじゃない。俺だって男だ。理不尽に異世界へ突然召喚されブラックな就職先を突きつけられたとしても、「魔王を倒してくれ」と真摯な態度で頼み込まれたら無下に断ることもしないし、なにより俺はファンタジー物の漫画やラノベが好きだ。むしろこういう展開は戸惑いはあれど、願ったり叶ったりというヤツで、「わーいこれで俺も主人公だ」と喜んでいたことだろう。

 が、そうはならなかった。気分はマイナスである。


 なんせ俺はこの物語の『主人公』ではないのだから。


 ここまでの話で勘づいているとは思うが、勘づかないヤツは少し行を戻って読み直してほしい。……とにかく、俺は現世からこの異世界に召喚された転移者だ。日本生まれ日本育ち。世界に誇る大都会岡山出身の純国産型岡山男児だ。名を妹尾孔雀と言う。テストに出るので覚えておくように。一応ここのみんなからは勇者と呼ばれている。呼称及びテンプレに従えば間違いなく冒頭の口伝に相当する者であり、物語の中心人物、パーティメンバーの要、魔王を打ち倒す唯一の存在……『主人公』となるはずだ。しかし信じられないことに違うらしい。冒頭の口伝に相当する人物は通称『救世主』と呼ばれ、外界からやってきた『勇者』とはまた別の存在なのだという。そして、その救世主こそが魔王を打ち倒す唯一の存在……。つまり俺ではなくソイツが『主人公』なのだ。

 おかしい……。普通この流れだと、俺がその救世主とやらになるべきところであり、王道RPGなら間違いなく何故か山の頂上に突き刺さったエクスカリバーあたりを引き抜いてなんかそれっぽい選ばれた者になって、僅かながらの小銭と馬鹿にしているとしか思えないひのきの棒もしくは刃こぼれしてそうな鉄の剣を握らされ、一癖も二癖もある屈強な仲間を引き連れて早々に魔王討伐の旅に出ているはずだ。他に召喚された者はなく異世界人は俺一人。こっちへ来てから特殊な能力っぽいものにも開眼しているような気がするし、絶対これテンプレ勇者が持つという噂のチート能力で、これが世界を救い、そしてやっぱり俺が口伝の人物でしたというオチではないのかと食い下がったが、リゼさんは首を縦には振らなかった。俺は勇者ではあるけど救世主ではなく、どちらかといえば救世主と共に世界を救う外界からの勇気ある協力者みたいな感じなのだという。協力者というか、なかば無理矢理そうさせられた気がするが……。

 とにかく、異世界くんだりまできてこの扱い。現世に思い入れがなかったので特に戻りたいという気持ちもない異世界テンプレ御用達の俺でも、前述のそれと、楽しみにしていた夏休みを潰されたこと、服の生地がゴワゴワして落ち着かないこと、ベッドが固くて寝付けないこと、そして出される食事が思っていた以上にまずいことでストレスは有頂天。頼み事を全てボイコットして、自分の可哀相な境遇に涙しつつ部屋の隅で膝を抱えドナドナでも歌っていても不思議ではない状況なはずなのに、残念ながら待遇自体はかなり良く、王宮のみんなも優しく接してくれるので拗ねているわけにもいかず、お風呂が天然温泉掛け流しだった結果、主人公は無理でもほぼ毎巻登場するレギュラーメンバーでもいいかと渋々妥協することにした。

 そして現在はリゼさんからの「時期が来るまでのんびりしていてくれ」との言葉通り、街をブラブラと散策したり、あてがわれた客室で極大消滅呪文っぽいものが出せないかと頑張ってみたり、王国の騎士相手に「これが……俺の力……?」とぶっちぎりの身体能力を披露しつつ自分自身に驚いてみたりと、ふて腐れつつも意外と毎日を楽しく過ごしていた。


 ……で、それなりの月日が経ったある日のこと。

 リゼさんから「準備が整った」と報を得た。整ったと言われても何も聞かされず城内待機としか言われていない俺としてはさっぱりで、よく分からないまま王宮のとある一室に通された。

 石造りの簡素ながらも高級感の漂う異質な空間。異質の正体は床に描かれた魔方陣と、壁に埋め込まれた輝く魔法石のせいだろう。王冠とマントを羽織ったいかにもな王様や、ローブを纏ったこれまたいかにも魔術師ですといった輩が数人、そしてリゼさん率いる近衛騎士の幹部クラスや執政官などなど、部屋には魔方陣を囲むようにして、王宮でもそれなりの地位にいる人が勢揃いしていた。

 何が始まるんです? と聞いてもリゼさんは見ていろと言うだけで教えてくれない。仕方なく魔術師の何を言っているのか分からないぼそぼそ声を嫌々耳にしつつ魔方陣をぼーっと眺めていると、不意に眼前のそれが眩い光を発し、一瞬にして視力を、そして同時に雷が突き刺さったかのような轟音が轟き、聴力を奪い取られた。

 あ、もしかして死んだ? 他人事のように思って、しかしそうはならず、徐々に回復する視力と聴力にほっとしつつ視線を戻したときだった。


「ぬぁんじゃこりゃぁぁぁ!?」


 金髪少女?が自分を見下ろして腹から出した声で叫んでいた。しかも全裸で。隠すべき所を隠す素振りも見せない紛う事なき全裸で。あれやこれやがボロンボロンな……すみません少々取り乱しました。ちょっと高校生だったの俺には刺激が強すぎたようで。あ、鼻血が。

 首の後ろをトントンと叩きつつ、嫌らしい意味ではなく真面目に彼女を観察する。外見は耳の長いこと以外は至って普通の女の子――いや、普通ではないか。宝石のようなエメラルドグリーンの瞳にさらっさらの長い金色の髪、白い肌はきめ細かく、凹凸は少ないがスレンダーなフォルムは素晴らしい。所謂かなりの美少女だ。……また鼻血が。

 声質も姿に合ったかわいらしい高い音を奏でるようで、それでも金髪少女にクエスチョンマークが付くのは、その声と表情のせいだ。

 美少女がしてはいけない顔をしていた。目をこれでもかと見開き、口を大きく開け、頬を引きつらせていた。顔だけじゃない、ポーズもだ。胸の前当たりで上に向け開かれた両手はわなわなと震え、脚はややがに股、背も猫背で、その姿はお世辞にもかわいらしいとは言えなかった。むしろ全身からどことなくおっさんオーラが漂っているような……。

「な、なぜわしがこんな姿に……」

 あ、さらにおっさんオーラが強さを増した。

 魔方陣のど真ん中にいた全裸美少女?は明らかに動揺していた。魔術師や騎士、さらには王様までもが彼女に駆け寄り落ち着かせようとしている。

「ふ、ふおおおお!? ない!? わしのチン――!?」

 というか口を塞いだ。しかし危なかった。危うくまがりなりにも美少女の口から卑猥な言語が飛び出すところだった。……どこからか舌打ちが聞こえたのはきのせいだろう。

 それにしても、なるほど。これは彼女を召喚するための魔方陣だったのか。何もないところに全裸少女を出現させるとは……一部界隈の人が歓喜しそうな魔法だな。

「で、これは何の集まり?」

 少女を召喚する怪しげな集まりだと言うことは分かっても、それが何のためなのかはさっぱりだ。

「ああ、これは――」

 リゼさんが応えようとしたその時だった。

「こんのっ、馬鹿共がっ!」

 かわいらしい怒号と共に、俺とリゼさんの前に突如極太の光の柱が現われ、音もなく石の床に叩きつけられた。光の柱は空間を削り取るようにして行く先を消滅させ、一瞬にして底の見えない縦穴を作り、スッと消えた。

 何が起こった? 原因を求めて視線を彷徨わせ、彼女に行き着く。右腕を振り下ろした彼女を始点として、上下の延長の空間が跡形もなく消え失せていた。

 彼女がやったのだろうか? ……やったのだろう。彼女の周辺にいる人々がぽかんとした表情をして真っ二つにされた城を見た後、震える視線を彼女に移している。明白だ。

 できたばかりのスリットから外を見て、どこまでも続く一本の線に冷たいものを感じる。

 これこそチートだ。俺の能力がゴミみたいに思える。

 あまりの威力に呆然としていると、後ろからポンッと肩をたたれた。振り向くとリゼさんが頬を引き攣らせつつ僅かに口角を上げていた。 

「……彼女が救世主だよ」

 あとはよろしく。そう言って俺から離れていく。一瞬意味が分からず目を白黒させるが、すぐに理解した。

 俺は勇者、彼女は救世主。勇者と救世主はパーティを組んで魔王を倒さねばならない。……みたいなことをリゼさんが言っていたはず。

「お、落ち着いて!」

「お主はあほか!? これが落ち着いていられるか!」

「城が崩壊します!」

「知ったことか! なんならここいら一体灰にしてしまおうか!! 建て直しやすかろうて!」

「どっ、どうかそれだけは!」

 ……こんなヤツを俺が相手しろと?

 真っ二つにされた石造りの部屋を見て、この世界にもバイト雑誌みたいものはあるのかなと考えてしまった。

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