7
あかりんとリンちゃんの姿が見えなくなると、タヌキの置物は頭のかぶりものを脱いだ。
そこに現れたのはお茶の間博士であった。
「しまった!せっかく抱きつかれたのに信楽焼のタヌキじゃ全く感触が伝わらない」
お茶の間博士は扇風機で火照ってた体を冷やしていた。
お茶の間博士の傍らに黒い猫。
「あの女、チョロいな、十兵衛」
お茶の間博士はニヤリと笑う。
「君という人間がよく分からないよ」
十兵衛と呼ばれた黒猫が話し出す。
「どこが分からないんだい?」
「君は彼女たちを幸せにしたいのかい?」
十兵衛が木の上に駆け上る。
「それとも不幸にしたいのかい?」
「もちろん幸せに決まってる」
「じゃあ、君の操り人形にしかなれない彼女たちは本当に幸せなんだろうか?」
「目標に向かって上を目指しているうちは彼女たちは僕に感謝するはずさ」
「願い事が叶わなかったらどうするつもりだい」
「愚問だよ。僕には彼女たちを武道館に連れて行く自信があるからね」
「君の言う幸せのゴールは武道館なんだね」
「その通り。それだけで十分幸せと思うんだけど」
「武道館を目指して多くのアイドルが産まれては消えていくのにそんな約束をして大丈夫?」
「僕はみんなを武道館に連れて行くと約束した」
「願いが叶うといいね」
「叶えてみせるさ。どんな手段を使ってもね」
十兵衛が木の上から降りてきた。
「じゃあ、君との契約は確定でいいんだね」
「もちろんさ」
「じゃあ君の願い事は必ず叶えて上げるよ」
十兵衛は手をなめて顔を洗う。
「ところで君の報酬はなんなんだ。僕には君が得られる幸せが理解できないよ」
「僕が何も行動を起こさなければ僕はただのハゲのオジさんだ」
「そうだね」
「その僕が彼女たちを武道館へ導いている。それだけのことさ」
「ふうーん……………………」
十兵衛が木の上に駆け上る。
「君はただ年端のいかぬ女の子たちにちやほやされたいだけなんだね」
「うっ!」とお茶の間博士が喉をつまらせる。
「君の考えてることは丸見えだよ」
「そんなんじゃないぞ。僕は単純にあの子たちを武道館に……………………」
「そうかな、今の反応。図星だろ!」
「おい!キララ」
お茶の間博士が慌ててキララを呼んだ。
「あの女をオチャノーマ・サマーに勧誘だ」
すっと現れた影のようなくノ一。
緑の忍者衣装を着ている。
それはキララ397であった。
「キララ!あの女に催眠術をかけるぞ」
「またですか!」
キララは急にあぐらをかいてお尻を掻き始める。
「新メンバーだ」
「マトパカ・リンちゃんでしたっけ?」
「そうだ」
「この前二人増えたばっかなんですけどぉー」
キララは不満気な顔を浮かべてお尻を掻いている。
「ロココとスミエのことか」
「そおでーす。私より可愛い子を入れないでくださーい」
キララは横になった。
「今度の女は即戦力だ」
「はーい!」とキララは手をあげる。
「おばさんでした」
「それほどキララと変わんないぞ」
「あの子、私より4歳も年上ですよ」
「だからなんなんだ」
「もっと若い子が好きなのかと思って」
「それはどういう意味だ」
「だって……………………」
絶対ロリコンでしょ。
「全然おばさんでーす。わたしぃー、パスしていいですかあー」
そう言うやキララは畳の下に消えた。
「いつの間に畳が」と十兵衛は地面を見つめる。
「じゃあ誰か他のメンバーに」
「私やります」と木の中から扉が一回転。
緑のくノ一が現れる。
「おお、頼んだぞ。金栗」
金栗は熊のぬいぐるみを小脇に抱えている。
「ドロンしまーす」
金栗は指を組み、ドロンと言った。
そして走り去る。
金栗の走り方は独得であった。
一見すると運動音痴の走り方にも見えるのだが、忍びの間に受け継がれし走り方。
音をさせないで敵に近づき一瞬で喉を切りさく必殺技。
そのために最善とされた独得の走り方である。
マラソンの金栗四三もこの走りで43・195キロを54年246日32分20・3秒かけて走り抜いたと言われているナマケモノ走法。
「これでいい」
お茶の間博士が信楽焼のタヌキの中から抜け出した。
「彼女たち、君が武道館に連れて行かないと君を恨むんじゃないか?」
十兵衛が言った。
「それならそれで仕方ないさ」
お茶の間博士の髪の毛が風に揺れる。
なんか今の俺、かっこいいとお茶の間博士は思った。
「ところであの子、いつになったら視界から消えるんだろう」
十兵衛が言った。
金栗はまだ1歩目の足をあげたままその場に立ち尽くしていた。