21
「私の願いはオチャノーマ・サマーが武道館で単独ライブができますようにです」
ロココが言った。
そのお願い、かぶってるんだよね。
なんか、もったいない気がするけど。
たまたま同じ願い事になったんだし、しょうがないよね。
ななみんが笑う。
「分かった。その願い、必ず叶えて上げちゃう」
「良かった」とロココは喜んでいる。
「じゃあ、契約成立ね」
「はい」
ロココはクスッとほくそ笑む。
「じゃあ、これ着て!」とななみんはヒラヒラの服をロココに差し出す。
「えっ?これ着るんですか?」
「そうよ。メイド喫茶魔法少女の制服だから」
更衣室から顔だけ出してるロココ。
「何やってるの?」
「だって、恥ずかしいし……………………」
ロココは真っ赤になっている。
どこが恥ずかしいの。
私の私服と同じだってぇーの。
ぴょこんと跳びはねて出てくるロココ。
「ちょっと恥ずかしいんですけどぉー」とスカートのフリルを下に下げようとしている。
「似合うわ。最高よ」
ななみんが誉める。
「そうですかあ……………………」と相変わらずスカートのフリルを触ってるロココ。
「スカートの丈、短くないですか」
「絶対領域!」とメジャーを取り出すななみん。
そしてスカートとサイハイソックスとの間を測りはじめる。
「グッド!」といいねポーズ。
「お帰りなさい、ご主人さま。セイ!」
ななみんが真似をしろと言う。
「お帰りなさい、ご主人さま」
テレながらロココが言った。
「いってらっしゃい、ご主人さま。セイ!」
「あのおー、これで武道館に行けるんでしょうか?」
ロココはスカートの裾を下に下に押し下げながらモジモジしている。
「メイドの道は武道館へ続く」
ななみんが遠くを指差している。
「それって全ての道はローマに通ずじゃないですか?」
「武道館は一日にしてならず」
「それもローマです」
「メイドのみあげは武道館」
「そのメイドは冥土です」
「冥土ありぃー」
「毎度ありです」
「そうやって揚げ足ばっかりとってると、魔女になるわよ」
「だって間違ってるの、先輩ですから」
「じゃあ、行きましょうか」
ななみんがロココの手をひいた。
「どこに行くんですか?」
「もちろん、赤羽でしょ」
「赤羽?」
「アカバネーゼを相手に萌え萌えきゅーんするんでしょ」
「えっ?えええええー。それってただのバイトじゃないですか」
「ごめんなさい、オチャノーマ・サマーの出演依頼がまったくないの」
「えっ!売れてますよね、私たち」
「マジ、ごめん、みんなでバイトするしかないの」
ななみんが手を合わせてごめん。
「どうしちゃったんですか。それなりに仕事ありましたよね」
「ほんとう、わけわかんない」
ななみんの顔が笑ってない。
「スケジュール帳が真っ白なの」
「テレビ東京の仕事、ありましたよね」
「テレビ東京って何?」
「えっ?」
「だから東京って何?」
「東京放送の仕事もありましたよ、確か……………………」
「東京放送?」
「TBSですよ」
「TBSって?」
「ちょっと待ってください」
ロココがななみんの手を振り払う。
「武道館ってありますよね」
「あるわよ」
ロココはホッとした。
さすがにそれはあるんだ、良かった。
「埼玉武道館」
「埼玉じゃなくって最寄りの駅が九段下で……………………」
「九段下って何?」
「日本武道館ってありますよね」
「さあー?埼玉武道館は日本武道館じゃないと思うよ」
「私たちが目指してる武道館って日本武道館ですよ」
「えっ?埼玉武道館でしょ」
「違います!武道館って言ったら東京以外ありませんし」
「東京?」
「私の願い事も日本武道館で単独ライブなんです」
ロココは怒り出す。
「でも東京ってどこ?沖縄?北海道?」
「マジですか。ななみんパイセン、マジ、地理ヤバいっすね」
ロココの顔が鬼のように変わっていく。
「そんな怖い顔したら、ななみん、悲しい」
ななみんは涙を手で表現する。
「ロココ、ななみんの話は半分正しいよ」
御城スミレが声をかける。
御城スミレも紫色の魔法少女のコスチュームを着ている。
ヒラヒラのスカートにはスミレの花が飾られている。
「御城スミレも魔法少女になったんですね?」
「そうなの、カワイイでしょ」
御城スミレは可愛く一回転からのウインク。
スカートの裾が舞うとスミレの花が舞った。
「可愛いです。都会のお嬢様みたいです」
「あら、さすがロココ。そんなことまでわかっちゃうの?」
「はい、都会のにおいがプンプンです」
「ロココは相変わらずイカシュウマイのにおいがするのね」
「イカシュウマイ?」
「ロココのスカートの飾りってイカでしょ」
「イカ?」
ロココはスカートを見る。
ロココのスカートには花が飾りつけてある。
「花です」
「ウソ、ウソ。絶対イカよ。ロココがくるくる回ってイカを干すんでしょ」
「イカ干し回転マシーンじゃありません」
「でもイカシュウマイのにおいがするわよ」
「佐賀出身ですから」
「佐賀ってどこかしら?」
御城スミレは考え込む。
「九州です」
「九州って西の方にある魔界の地でしたわね」
ロココは黙りこんだ。
「でね、東京なんだけど。日本に東京ってないみたいよ」
「御城スミレも地理が苦手なんですね」
「あら、神奈川以外はみんな田舎でしたよね」
「神奈川の隣に東京があるんです」
「まあー!」
御城スミレは驚いた顔。
「ロココ、あなたの方こそ地理が全然じゃない」
「何言ってるんですか。東京ですよ、東京。日本の首都じゃないですか」
「日本の首都は埼玉じゃなかった?」
御城スミレが後ろを振り返る。
「そうです、御城スミレお嬢様」
執事のかっこうをしたマドカが立っていた。
えっ?執事少女マドカ?
「マドカは魔法少女になってくれないの。シュン」とななみんが泣き真似。
「だって女装はさすがに」とマドカ。
「マドカ、女の子でしょ」
ななみんが言うと、
「なんかそれを着るとヤバいことになりそうで」とマドカが言った。
「どうしてよ」
「だってななみんみたいになりたくないし」
「可愛いでしょ」
「でも、可愛いのは御城スミレとロココだけで十分かな」
「マドカは可愛くなりたくないの」
「だってキララの魔法少女姿、笑えるし」
「ああ、あれはしょうがないわよ」
「だから辞めたんだ」
「なんで」
「だって執事がかっこいいし」
「どうするの、魔法少女マドカ、まぎか。連載が終わるじゃないの」
「マギカって誰?」
「うっ」とななみんが言葉をつまらす。
「ワルプルギスの夜はどうするの?」
ななみんが言った。
突然、マドカの手が光る。
するとマドカの手に剣が現れる。
「我が名はマドカ。最強にして最高な術式の使い手」
マドカの衣装が光り輝く。
「鮮やかな衣装を身にまとい、美しく輝く魔法の剣を手にする美少女」
マドカの周りを光りが舞い踊る。
「自分で美少女って言っちゃうんだ」とななみん。
「煌めく光りの刃は宙を切り裂き、闇を切る」
「どうしちゃったの、マドカ!」とななみんが叫ぶ。
「我が瞳に封じたる力を今解放すべき時が来た」
「中2病全開だわ、マドカ」
「秘めたる魔力よ、この剣に宿りたまえ!」
マドカの目から光りが溢れ出し、剣が光りに包まれる。
「なんなの、この中2病みたいな光景は……………………」
マドカが銀色の鎧に包まれる。
「最強マドカ、見参!」と刀を振りかざす。
マドカが剣を一振り。
剣身が輝き、風が舞う。
そしてその剣でななみんの胸を一突き。
その胸から大量の血が溢れ出す。
マドカが剣を抜くと、ななみんの中から黒い猫が飛びだした。
血まみれの黒い猫。
「十兵衛?」
「七兵衛でした」
剣を抜くと、ななみんが「きゅるるん」と言ってぶりっ子ポーズ。
マドカはななみんの血がついた剣で七兵衛を一刺し。
そしてマシュマロみたいな頭を踏み潰す。
残忍な光景にスミレは目をそらす。
「しまった!持病の中2病が出てしまった」
マドカは元の執事姿に戻った。
ロココはじっと考える。
「もしかして!」
ロココはピーンときた。
「私が願い事をしたせいじゃないんですか!」
ロココは目の前の凄惨な光景を見ても動じていない。
「ロココって鈍感さんなの?」
スミレが驚いている。
「ロココはどんなお願いしたの?」
スミレが尋ねる。
「武道館での単独ライブです」
「あら、私はバッキンガム宮殿が欲しいってお願いしたのよ」
「武道館のライブはきまってます」とマドカが言った。
それをきいてホッとするロココ。
「場所は埼玉武道館です」
「さいたまじゃなーい!」とロココが吠える。
「あら、じゃあ、どこの武道館?横浜かしら?」
「東京です」
「東京ってどこなんでしょう?」
「ホグワーツじゃないでしょうか?」とマドカ。
「じゃあ、ロンドンに行かないといけないわね」
「そのようです、スミレお嬢様」
「ハリー・ポッターじゃありません」
「あら、ハリー・ポッターを知ってるのね」
「もちろん知ってます」
「すっかり都会に染まりましたね」
「佐賀県民もハリー・ポッターぐらい分かります。来てください、イカシュウマイを食べに」
「佐賀って確かパスポートがいりましたよね」
「そう窺っております」とマドカ。
「佐賀は日本です!」とロココ。
「あら、そうでしたの、ごめんなさいね」
やっぱ、東京も知らない人に佐賀県はムリね。
ロココは空を見上げる。
おかあさん、都会の空は真っ黒です。
星一つ見えません。
私、久しぶりに満天の星が見たいです。
蛍のいる川で遊びたいです。
ザリガニ採りをしたいです。
蛙に爆竹をさして破裂させたいです。
ついでに黒猫も爆破したいです。
「もうすぐだったかしら?埼玉武道館」
「そうです。スミレお嬢様」
「オチャノーマ・サマーとしての武道館での単独ライブ、がんばらないとね」
「はい、スミレお嬢様」
ロココはじっと考え込んでいる。
そうだ、きっとそうだ。
オチャノーマ・サマーにはまだ武道館でのワンマンライブはムリだから、東京という都市がなくなったんだ。
「埼玉武道館なら満員にできるから、東京が消えたんだ」
私たちのせいで東京が消えた!
「東京って消えたの?」とマドカ。
「そうですよ、東京がなくなったんですって」
ロココがマドカに目で訴える。
「東京ってどこかしら?佐賀のお隣かしら?」
御城スミレがヒラヒラの日傘を回転させながら紅茶を飲んでいる。
「それって魔法少女のせいかもしれない」とロココ。
「あら、妖怪のせいかしら?」とスミレ。
「魔法少女の力ってものすごいでしょ」
ななみんが笑う。
「魔法少女のせいなの?やっぱり」
「そうじゃないかなあー」とマドカは適当なことを言う。
「妖怪のせいよ、きっと」と紅茶を飲むスミレ。
「魔法少女の力なの!」とななみんがムキになる。
「どっちでもいいです。東京を返してください」
ロココがななみんに言った。
「あら、東京ってそんなに大切なモノなの?」
スミレはケーキを皿にとる。
「大切です」とロココ。
「東京がないなら、京都でいいんじゃない?」
「京都じゃダメなんです」
「なんでですの?」
「東京ばな奈がなくなるじゃないですか」
ロココが涙で訴える。
「八つ橋は嫌いなんです」とロココ。
「東京と言えば東京ばな奈。バナナと言ったらマジカル。マジカルと言ったら魔法少女」
ななみんがマジカルバナナを始める。
「ほら、やっぱり魔法少女のせいなのよ」とななみんがこじつける。
「東京ってバナナがとれましたの?」
スミレがマドカにきいた。
「そうだと思います」
「じゃあ、ゴリラは大変ね」
御城スミレは薄笑い。
「バナナってアールグレイにあうかしら」
「お嬢様、アールグレーよりダージリンの方がおすすめです」
マドカがダージリンを注ぐ。
「ありがとう」と御城スミレは笑う。
実際のところ東京がなくなったのかどうかは、ななみんにも確信がなかった。
そもそもななみんも東京のことを忘れていたからである。
ただロココが勝手にそう思い込んでいるのは間違いない。
ならそれに乗っかった方がいいとななみんは考えた。
「私たちは東京を滅ぼした償いをしないといけないわ」
「償いって何を?」
「魔法少女になって魔女を退治するの」
「魔女って?」
「多分、魔女が東京を滅ぼしたんだよ」
ななみんがそう言った。
「あのおー、それってメイド喫茶魔法少女でバイトをすることですよね」
ロココが尋ねる。
「そうよ」
やっぱ、強引すぎたかなあ。
いくらなんでも納得しないよねとななみんはロココの顔を覗き込む。
「分かりました。私、がんばります!」
ロココが笑った。
やった!ごまかせた。
これでバイトを1人ゲットだぜ!