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「お茶の間博士、おはよう」
そう言われてお茶の間博士は目を覚ました。
講義のための準備をしてたんだっけ?
お茶の間博士はお茶の葉大学の客員教授をしていた。
今では珍しい女子大の講義の依頼は即断即決であった。
十兵衛と契約してからの俺の人生はいいことばかりだ。
仕事は相変わらずまりこさんにこき使われているが、息抜きで向かう女子大の講義。
こんなに幸せでいいのだろうか?
しかもあの契約以来アイドル優先にスケジュールが組まれており、まりこさんからも解放されていた。
女子大の講義では可愛い子を探す毎日。
今の僕の力で、「君をアイドルにしてあげるよ」と誘い文句もかけられるだろう。
なんたってオチャノーマ・サマーは僕のいいなりなのだ。
増員、増員で可愛い子で埋め尽くしても許される。
いや、むしろその方が売れるんじゃないだろうか。
十兵衛との契約もあるし、武道館でのライブは決まってる。
「武道館でライブをしてみないか?」
そんな誘い文句のらないやつがいるのか?
いるとすれば僕をいかがわしいと感じるものだけだろう。
いかがわしさを払拭するにはどうすればいい?
それは簡単。
オチャノーマ・サマーの知名度があがればいいのだ。
「ねえ、そこの彼女!オチャノーマ・サマーのメンバーになってみない」
そう誘われてノコノコついてくる美少女たちを僕は毎日鑑賞することができるのだ。
ああ、なんて幸せな日々だろう。
お茶の間博士は髪の毛を触る。
「ああ、また薄くなっている」
あの日、僕は十兵衛と契約を結んだ。
「君のヒガミ、妬み、そねみなど負の感情を全て僕に譲って欲しいんだ」
「えっ?それだけ?」
「それだけだよ」
「そんなんでいいならいくらでもあげるよ」
「じゃあ、契約成立だ」
「ああ」
「これで君の願いは叶うはずさ」
そう言って十兵衛は立ち去ろうとする。
「もし僕から負の感情が消えたらどうなるんだい」
「それなら心配ないよ」
あの日、十兵衛はそう言っただけだった。
「いやいや、こんな日々が続いたら、僕の心は浄化されるだけだろ」
お茶の間博士は思った。
「こんなに願い事を叶えてくれるのに見返りは少ない。全然お得じゃないか」
モップで床を拭いていると、ナツメがやってきた。
相も変わらずイカツイB系ファッション。
「ヨッス!」と挨拶。
斜に構えて立ったままじっとお茶の間博士を睨み付けている。
まったく俺の目指しているアイドル像とは違いすぎる。
もっと「可愛い」を全面に押し出していかないと多分売れない。
しかしこの強面女にそんなこと言ったらしばかれそう。
どうしたものか?
お茶の間博士は紙袋の中のアイドルグッズをさぐる。
そして緑のサイリュームをとりだした。
やっぱ、アイドルの原点はサイリュームでしょ。
昨日の夜考えて持ってきたのだ。
オチャだし、やっぱ、緑でしょ。
お茶の間博士はサイリュームを振ってみる。
ナツメは壁に張り付いたまま殺し屋のような目をしている。
「ヤバい!」
めっちゃ、睨んでる。
いきなりサイリュームはハードル高いか。
アイドルと言えば担当カラーがあって、推しの色のサイリュームを振るものなのに……………………。
そんな習慣もないのか、ハゲプロは。
考えてみると、「モーニング・ヤンキー」はギャングみたいだし。
「あんちゃんルーム」はレディースみたいである。
その姉妹グループだ。
系統が似るのは仕方ない。
いわゆるヤンキー系狙い。
ファンイベントでは喧嘩が絶えない有様。
姉さんグループは武道館は出禁になっている。
そんなオチャノーマ・サマーがヤンキー系なのは仕方ない。
とは言え武道館出禁の反省から「可愛い路線のアイドルグループをつくろう」
そんなコンセプトでうまれたグループはやっぱりイカツイ。
唯一、ななみんだけがコンセプト通りなのだろうが……………………。
そもそも公開オーディションに集まったメンバーがみんなヤンキー。
そのせいでオーディション当日キャンセルした女の子が続出したというニュースが流れたほどである。
この子たちを更生させることができるのか?
ちゃんとしたアイドルらしいアイドルに育てられるのか?
これはいわゆる育成ゲームではないか。
育成ゲームだと思うと燃える。
そうだ、十兵衛と契約を結んでいるのだ。
相手がどんなヤンキーだろうが大丈夫。
「さあ、ナツメ」
お茶の間博士が声をかける。
「ああっ!」ととがった声を出して睨み付けるナツメ。
その様子にいきなりビビリまくりのお茶の間博士であった。
「ごめんなさい。もう声かけません」
お茶の間博士は謝り続けた。
お茶の間博士にイジメにあってた頃の記憶がフラッシュバックする。
「なんだよ、いきなり声かけんじゃねえよ!」
ナツメががなる。
「いいかげんにしろ。そんな調子にのるな、くそやろう」
ナツメが独り言。
「お前なんかに何ができるってんだ」
ナツメの言葉をよく聞いてると、リリックである。
ナツメは独り言のようにラップを呟いていた。
「このくそ野郎、豚野郎」
俺のこと?
お茶の間博士は思った。
「言葉だけで偉そうにしてんなよ」
「すいません、すいません」
頭をさげるお茶の間博士。
「説教たれる。でも現実見てねえー。
そんな大人が大嫌い。
上手くいくからやってみろ!
他人に指示されるクソ。
自分のことなのに他人に命令されるクソ。
最低の大人たちのウソ。
他人に頼ってバッカだな。
うまくいかないと他人のせいにする大人。
自分の道は自分で考えろ!
偉そうに。
暴言吐くな!
クソ野郎。
ウソばっかたれてんじゃねえーぞ。
とんでもねえ、クソ。
おめえがクソだ!」
ナツメが独り言をブツブツ言っている。
ヤバっ!
怖っ!
こいつ、怖すぎでしょ。
こんな女をブリブリアイドルにできるわけ?
なあ、十兵衛?