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「僕と契約しない」
「何でも君の願い事を叶えて上げるよ」
レッスン場を掃除するお茶の間博士。
口笛を吹いてルンルンである。
毎日が楽しくてしかたない。
僕は今まで生きてきたどんな時より今が最高に幸せだよ。
「ご機嫌だね、お茶の間博士」
十兵衛が猫タワーから十兵衛の頭の上に飛び乗る。
そしてハゲ頭に爪をたてる。
「爪とぎは他でやってくれ!」
「この頭が最高なんだ」
お茶の間博士の頭は血まみれである。
「痛いだろう、十兵衛」
お茶の間博士はヘラヘラ笑ってる。
十兵衛が床に飛び降りると、お茶の間博士はモップで十兵衛を追いかける。
モップから逃げ回る十兵衛。
そして猫タワーの上で一休み。
お茶の間博士は終始ヘラヘラしている。
「君がご機嫌な理由は見え見えだよ」
十兵衛も笑う。
「君は今まで1度もモテたことがない」
「ああ、その通り、自慢じゃないけどね」
お茶の間博士がモップを十兵衛に向かって投げつける。
それをなんなく交わす十兵衛。
「君はどんな形でもいいからモテたいと思った」
「ウー……………………」とくちびるを噛むお茶の間博士。
「君は小学生の頃、スポーツでモテる奴が嫌いじゃなかった」
「子供の頃はね」
「顔がいい奴も嫌いだった」
「昔の話しさ」
と言いつつ、お茶の間博士の脳裏を辛い過去が駆け巡る。
するとお茶の間博士の顔から爽やかさが消えていく。
「君は羨ましかったんだ」
「その通りだ」
歯ぎしりをするお茶の間博士。
「なんであいつはモテモテなんだよ」
「君と違って運動ができて顔もいい」
「違いはそれだけなのに」
お茶の間博士が悔しがる。
「君は女の子にモテる男子が嫌いだった」
「そうだ!顔がいいだけでなんの努力もしてないくせに!」
「中でも飛び抜けて嫌いなやつがいた」
「ああ、天馬のやつさ」
「でも君はモテる連中をイジメる立場にはいなかった」
「そうさ。むしろイジメられるのはこっちの方だ」
「いじめっこは嫌いだった」
「そんなの当たり前だろ」
「でも一番憎んでいたのはイケメンの天馬君の方だよね」
「ああ、悪いか」
「僕からすると付合性の不一致。理解できない感情だね」
「理解なんかしてもらいたくない」
「イケメンで運動神経がよくて女子からもモテモテだった唯一のお友達。自慢したくなるのが普通だと思うんだけど」
「あいつは友達じゃない」
「そうだね、天馬君はみんなの人気者だったからね」
「あいつは僕をかばうことで点数をあげてただけだ」
「被害妄想」
「あいつは自分の人気とりに利用しただけだ」
「ヒガミだね」
「俺が歪んでるのは俺のせいじゃない。環境のせいだ」
「天馬君から見たら君は友達の一人だろう。でも君にはたった一人の友達じゃないか」
「やつは俺なんか友達とさえ思ってない」
「君をイジメから守ってくれたのに?」
「俺はあいつのことが好きじゃなかった」
いつもいじめっこから守ってくれた天馬。
なのに貸しをつくってしまったことが俺を苦しめる。
あんなに嫌いなやつしか俺を助けてくれない。
「君を守ってくれたのに、イジメた連中より憎んでるなんて人間は合理的じゃないね」
「そうだよ、理屈じゃないんだ」
「人間の理解できない感情の一つだね」
「あいつに感謝の言葉をはく俺の気持ちはボロボロだ」
「そんなにありがとうって言うのが辛かったんだ」
「分かってるんだろ、十兵衛。お前は分かってて俺に過去の苦しみを思い出させようとしている」
「どうして?劣等感を感じるから?」
「そんなこと思い出させないでくれよ」
「天馬君が女の子にチヤホヤされてるからだよね」
「分かっててなぜその話をする」
モップで十兵衛を壁に押しつけるお茶の間博士。
「君にとっての人の評価は女子にモテること。君のはかりは君の執着心の現れだよ」
「女の子にちやほやされる以外になんの楽しみがあるんだ」
「君が好きだった女の子も天馬君が好きだった」
「ああ、その通りだ」
「天馬君は今何してるか知ってるかい?」
「知るか。知りたくもない」
「そんなこと言うと天馬君は残念がると思うよ」
「天馬の話は辞めろ!」
お茶の間博士は十兵衛をさらに強く壁に押しつける。
「いじめっ子よりイジメから守ってくれた天馬君を憎むなんて、僕は君という人間がモテないのがなんとなく分かるんだけど」
十兵衛がさらに強くモップに力を入れると、十兵衛の顔が変形していく。
「うるさい!うるさい!」
「君がウキウキしてるからからかっただけじゃないか」
「うるさい!」
十兵衛の口から泡が出てきた。
お茶の間博士がモップをゆるめると十兵衛が床に倒れた。