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19歳③

 ソラ、ドングリ、イシコロ、ムラハチの4人はコメの種を持ってムラに帰り、コメ作りを始めた。最初の年はムラハチの教え通りに農具を作り、田んぼを耕すことから始めた。ムラは森の中にあったが、すぐ近くに小川が流れていたので水には苦労しない。稲作に適した陽のあたる平たい土地もあった。そこを農具作って耕し、コメの種を植え、水を絶やさないように管理するだけでよかった。

 最初の年はムラの100人が一か月食べれる分くらいのコメができた。ムラは初めてのコメの収穫に大いに喜んだ。

「いやっほうー!!コメだ。コメだ」呑気にはしゃぐドングリを見ながら、ソラは眉間に皺をよせて来年のことを考えていた。

 今年はうまくいった。しかし、ひとつ問題がある。田を増やさない限りコメの収穫高も増やせない。隣のムラでは木の生えていない平らな土地がそれなりの広さであったが、このムラでは、平たい土地は森しかない。田んぼを増やすのであれば、木を切り、焼き、森を田んぼにするしかない。森に生かされ、森の神様がいると信じている(ソラはそんなものは信じていなかったが)ムラのやつらが木を切ってまでコメを作りたいと思うか?いや、そんなにあっさり「うん」とは言わないだろう。しかし、なんとか説得しなければいけない。そうでなければ本格的なコメ作りはできない。こういうことは早いほうがいい。特に初めての収穫に浮かれている今がいい。

 その日の夜、ソラはムラの各家庭の家長を集めた。

「お前たちコメをもっと作りたいか?」

 ソラの質問に対して家長たちから帰ってきた答えは「もちろんだ。もっと作りてえ。もっと食いてえ」というものだった。ただ、ものごとはそんなに簡単ではない。

「そのためには木を切って森を田んぼにしないといけねえ」

 問題はその覚悟があるかどうかだ。いや、例えないとしても何とか説得して家長たちの賛同を得なければいけない。

「森を田んぼに?そんなこと森の神様が許してくれるのか?」最初に家長の中でも一番年長のクマが反対の意を表す。

「森の神様は関係ねえ。これはオレたちが決めなくちゃいけねえ問題だ。今までのように栗を拾って、狩りでケモノをとって暮らすのか?コメをたくさん作ってコメを食って暮らすのか?どっちがいい?」ソラは根気よく説得する覚悟だ。

「オレはコメを食いてえ」「オレもだ」「オレも」

 ソラの問いかけに対して賛同の声があがる。ソラが当初予想していたよりもコメ作りに積極的な人間が多い。やはり、今日会合を開いて正解だった。ムラの人間は腹いっぱいコメを食べ、その味を知った。新しい扉を開けた人間はもう過去には戻れない。説得はうまくいきそうだった。

「オレは森の神様が怖ええ。家を作るために少し木を切る分にはいい。でも田んぼを作るとなるとどのくらい木を切らなきゃいけないんだ?」

 クマをはじめとする年長のグループだ。

「おそらく今の田んぼの5倍や10倍は必要になる」ソラは正直に答えた。

「そんなに切るのか?」

 すると、みなの中の不安も頭をもたげてくる。みんながざわつきだした。みなやはり心の底では森の神様を恐れている。しかし、神様を恐れていてはコメが作れない。ソラはそんな馬鹿げたことでコメ作りが中途半端に終わるのは厭だった。見たこともない神様と実際に口に入れられるコメ。ソラは迷わずにコメをとる。

「みんな。聞いてくれ。森の神様は本当はいない」

「森の神様がいないって?」村人が一斉にソラを見る。

「ああ、いない。この中で実際に森の神様に会ったことがあるやつはいるか?」

「・・・」

 誰も手をあげない。当然だ。神様はいるものではない。信じるものだ。

「たしかにオレたちは今まで森に生かされてきた。だから森を大切にする必要があった。森の神様は森を大切にするために今までのオサが作り出したものだ。オレは前のオサからはっきりそのことを聞いた」

 これは嘘だった。

 しかし、このくらいの嘘は許される。なんといってもみなの暮らしをよくするためだ。

「だが、今、オレたちは森に生かされる暮らしから自分たちで食べ物を作る暮らしを選ぼうとしている。森を焼く役目はもちろんオレがやる。みんなわかってくれ。森の神様なんて始めからいなかった。みんなが豊かに暮らすためにはそのことをわからなくちゃいけねえ」

「オレはソラにいが正しいと思う」

 すかさず、ソラの意見を肯定したのはイシコロだった。イシコロはコメ作りを始めてからなおさら、ソラの言うことをよく聞くようになっていた。新しいことを考えて、みなを導いていくソラをサポートすること。それが自分の重要な役割だとイシコロは思っている。

「コメを作って暮らしていくためには森を焼くしかねえ。それにたしかに森の神様には誰も会ったことがない。あれはオヤジの言っていたでたらめだ」

 打ち合わせ通り。ソラはムラのみなの説得がうまくいくように事前にイシコロやドングリ、ムラハチに調子をあわせるように頼んでいた。

「そうだ。森の神様なんていない」ソラは確信を持って言った。

「本当か?」

 ムラの連中はソラの完全に意見に傾く。

 あとは、背中を押してやればいい。いけそうだ。

「いない」ソラの声が響く。

「ああ、いない」イシコロも力強く断言する。

「オラも会ったことねえ。そんなものはいねえと思う」続くドングリ。

「そうだ。何も恐れることはねえ。どこでもそうやってコメを作ってる」そして、ムラハチ。

 コメを作りだしてからソラの、そして、若い人間の発言力が強くなっている。特に、ソラ、イシコロ、ドングリ、ムラハチはコメ作りに欠かせない中心人物だ。彼らが断言すれば年長のものでも従うしかない。

 この瞬間に、多数決で森の神様はいないことに決まった。不思議だが、神様なんてものはそんなものなのかも知れない。いると信じるからいる。みながいないと思えばいない。そして、ムラの人間は神様を捨てて、コメを作ること、物質的に豊かな暮らしを選んだ。

 こうして、木は切られ、森は焼かれ、農地が拡大した。コメの収穫高は順調に増え続けた。


 コメ作りを始めて3年がたったある日、ムラハチはムラを去った。考えてみるとソラの中で歯車が狂い出したのはこの時からかも知れない。

 ある月夜の晩、ソラが一人家で囲炉裏に薪をくべていた時、ムラハチが何も言わずにふらりと入ってきた。

「おう、ムラハチ。どうした?」と言うソラの問いかけにも答えずに、隣に腰を落とし、手を伸ばして薪を取った。そのまま、囲炉裏に投げ込む。囲炉裏では古い薪がぱちっとはじけて火花を散らしていた。ムラハチは言った。

「一応、別れを言いにな」

「は?」

「いや、だから別れを言いに来たんだよ」

「何だよ別れって?」

「日が沈むほうにな、言ってみようと思ってる」

「日が沈むほう?一体どういうことだ?何があるんだ?そこに」

「オレにもよくわからねえんだけどな、いつだったか、お前がまだガキのころ話したことがあると思う。海を渡って行く、でっかいムラの話だ。覚えてるか?」

「そういえばそんなこと言っていたな。確か日が沈むほうに1000日間歩いて、海を100日間渡って行くとでっかいムラがあって、そこでは声を書いて暮らすやつもいるって」

「ああ。そうだ。そこに行ってみようかと思ってな」

「なんでまた?今さら・・・」

「何でだろうなあ?」

 ムラハチはそう言って薪を手で割ってまた囲炉裏にくべた。

「まあ、たぶんオレがじきに死んじまうからじゃあねえかなあ?」

「死んじまうったって。お前どこか体悪いのか?」

「いや、体はどこも悪くねえよ。でもなんかよ。でもなんか最近胸のあたりがおかしくてよ」

「やっぱり、お前・・・」

「いや、そうじゃねえ・・・体じゃねえんだ。でも、なんだか胸が・・・」

 ムラハチはざわつく心のことを言いたかった。今はまだ健康だが、常識に照らし合わせると自分の寿命は後数年だ。このまま死んでしまって悔いが残らないだろうか?自分がしたかったことは何だろうか?今まで好き勝手やってきた。確かにこのムラでコメを作りたかった。だけど、それだけでは何かが足りないと思う。誰に理解されなくてもいい。何かをしたい。何かを知りたい。自分だけが理解できる何かを。そんなざわつく心が西へ、日の沈むほうへ行けと言っていた。しかし、縄文時代の彼らはまだ「心」という言葉を持たない。自らの気持ちを表現する術を持たない。

「だめだ。行っちゃだめだ」ソラは叫んだ。叫びながらも思っていた「こんなのオレじゃない」ムラハチが出ていくくらいいいじゃあねえか。だってそれがムラハチだろう。そんなムラハチだから好きだったし、憧れたんだろう。

「行っちゃだめだじゃねえだろう」ムラハチの言葉はおどけているようにも、諭しているようにも聞こえる。

「オレがオサだ。オレの許しなしにムラを出ることは許さない」ソラの口からは勝手に言葉が漏れていた。何故オレはこんなことを言っているんだろう。行かせてやれよ。いいじゃねえか。

「ははは。まるでオヤジだ。最初にムラを出た時もそうやって反対された」

「ふざけるな。ムラハチ」ソラは言うが、言葉に力がこもらない。

「なあ、頼むよ。ソラ。オレだってなんでこうなっちまうのかわからない。でも、行ってみてえんだ。ムラを出るなんていうのはオレくらいなもんだし、オレはたぶん頭がおかしいんだろうけど、でもな。きっとコメを遠いところから持ってきたやつだって、オレみたいな頭のおかしい奴だったんだ。そんな頭のおかしいやつが、自分の生まれたムラを出て、あっちこっちと動き回るから、いろんなことが変わっていくんだ。オレたちのジジイのジジイのそのまたジジイはもしかして、そんな風に遠いところからやってきたのかも知れないな」

「でも・・・」

 いいよ。行っちまえ。どれだけ止めても、どれだけ泣き叫ぼうと行っちまうんだろう。それがお前だもんな。いいよ。行っちまえよ。それでも、行かせたくなかった。自分にオサになれと言ってくれた男、コメ作りのきっかけをくれ、そして実際にコメ作りを教えてくれた男。ムラハチはいつも自分に希望を示してくれた。進むべき道を示唆してくれた。ムラハチが出ていくことが、ただ、さみしかった。

「じゃあ、そろそろ行くわ」ムラハチが何でもないように腰を浮かす。

「他のやつらには・・・」

「お前からうまく行っといてくれ。いつかみたいに大騒ぎになるのはごめんだからよ。じゃあな」

 ムラハチはそう言って闇夜に消えていった。ソラはその背中を見ながら、ああ、もうこれで、こんなことで、ムラハチとは本当にお別れなんだと、強く実感していた。あまりにも、あまりにも唐突だ。

 13歳の時にヒカリを失くし、今またこうしてムラハチが去る。人生とはまるで何かを失い続ける行程のようだ。生きるってことは一体何なんだ?さみしいだけじゃねえか。せっかく大事なものがあるのに。失っちまうだけじゃねえか。

 ソラは苛立ち、薪を囲炉裏に放り込んだ。一本。二本。三本・・・きりがない。ちくしょう。そのまま外に出た。風が吹いた。風が田んぼの水面を揺らした。波紋が広がる。

 オレにはこれしかねえ。このムラ。そして、コメ。ムラのみんなと一緒にコメを作らねえと。誰よりもコメを作らねえと。とにかく、とにかく。心にできた隙間を意識しないように、自分の手にあるものを改めて見てみたが、ムラハチを失ってしまった自分はこれまでの自分とは何かが決定的に変わってしまったような気もしていた。


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