19歳②
次の日、ソラとドングリとイシコロはさっそく隣の村へと歩いて行った。ソラのムラから隣村までは歩いて一日かかる。直線距離はそんなにはないが、ケモノ道をかき分け、丘を3つ越えなければいけない。
朝出発し、着いたのは夕方前だった。まずは隣村のオサであるサルに会う。サルとはこれが二度目だ。前回会ったのは、2年前。それぞれの村が狩りをする場所を決めるために前のオサに連れられて来た。もしかすると前のオサは将来こうしてオサ同士で話すことがあるかも知れないと思い、サルと会わせてくれたのかも知れない。サルを待つ間、そんな考えが頭をよぎった。確かに、初めて会うのであればあの風貌はちょっときつい。
サルはソラよりふたつ年上の大男だ。ソラよりも頭一つ分でかい。サルの逸話はいくつか聞いた。げんこつで猪を殴り殺したことがあるとか、自分と同じくらいの大きさの石を片手で持ち上げて遠くまで放り投げるとか。確かに、その風体からすると、そんな噂がたってもおかしくない。しかし、ソラは意外と、サルは話がわかる温厚な男ではないかと思っている。少なくとも以前会った時はそう感じた。互いの村の縄張りの話をした時、サルはオサの言うことをすぐに理解したし、村同士で無意味に争いが生じないよう、実に妥当なラインをそれぞれの境界として定めた。話し合いを終えた後の、「がはは」という笑いを聞き、信頼できる男だとソラは思った。
ソラとドングリとイシコロは取次の男にサルの家に通された。家の中には、囲炉裏を挟んだ正面に熊の毛皮を羽織り、熊の牙を首から下げた大男が立膝をついて座っていた。
「よう。ソラ」
サルだ。サルはソラたちを鷹揚に出迎えた。その声を聞き、ソラは少し違和感を感じる。やつから受ける印象が2年前のそれとは少し違っている。簡単にいうと少し偉そうになった。もともと偉そうではあったのだが、それでも、何かが違う気がする。声に僅かばかり、こちらを下に見ているような響きが混じっているのではないだろうか?
ソラは警戒を解かないように気を使いながらも、正直に報告すべきことを話し出した。
「ムラでオサが死んだ。そして、オレが新しいオサになった」
「そうか?病気か?事故か?」
「病気だ」
サルはびっくりした表情を浮かべ、無言で頭を下げた。これがサルの村の死者を慈しむポーズだ。ソラも一緒に頭を下げる。
「今日はそのことで来たのか?」
「実はそのこと以外に頼みがあってきた」
今回の目的はコメ作りのノウハウ習得にある。
「オレのムラでもコメを作りたい。サルのムラではコメ作りがうまくいっていると聞いている。コメの作り方を教えてくれないか?あと、できればコメの種を分けてほしい」
何か条件を出されないかと心配していたが、意外にもサルはあっさりと笑顔を見せた。
「そうか。とうとうお前のムラでもコメを作るか?いいだろう。もともとはお前のムラのムラハチが持ってきたものだ。ムラハチに教えてもらえ。おい、ムラハチを呼べ」サルは入口近くに立っている男に言う。サルの無条件の善意に、心配するほどのことはなかったかと、ほっと一息つく。
「オレならいるぜ」その時、言いながらムラハチが入ってきた。
ムラハチ。5年ぶりだ。
雰囲気がまた少し変わっている。首や手首につけていた装飾品もない。そのせいなのか、軽い感じがうすれて、しっかりと地に根をはった杉の木のような感じだ。森で暮らしてきた自分たちともまた少し違う。
「アニキ・・・」
懐かしさのあまり最初にイシコロが口を開いた。
「イシコロ。お前か。立派になったな」ムラハチもうれしそうだ。
その後、父親が死んだこと。ソラが次のオサとして選ばれたことがイシコロから報告された。ムラハチは少し目に涙をためて黙って聞き、一言ぽつんと言った。
「そうか。ついにオヤジが死んだか・・・」
イシコロとの話がひととおりすんでから、こっちを向いて言った。
「ソラ。ドングリ。久しぶりだ。立派になりやがって。ソラが次のオサだって?やっぱりお前はすげえな」
「ムラハチがオサになれって言ったからだ」
そう、最初にオサになれと言ってくれたのはムラハチだ。ムラハチがいなければ、オサになるなんて考えもしなかった。自分の成長をムラハチに報告できてソラはうれしかった。
「だからって本当になるなんて。やっぱりお前は特別だ。ドングリもちゃんとソラのこと助けたのか?」
「ドングリのことは一番信頼している。こいつなしじゃ狩りもうまくいかねえよ」
「へええ。あのうすらバカのドングリが・・」
「う、うすらバカはやめろよ。オラももう立派な大人だ」
いつかのようにまた笑いがその場を包む。
「ところで、ムラハチ。コメの話は聞いたか?オレ達もコメ作りがしたい」ソラが言った。そう、今日、丸一日ケモノ道を歩いて隣村までやってきたのはコメの作り方を教わるためだ。
「ああ。ソラがオサになったんだ。やらねえとな。問題はねえ。コメの種ならオレが持っているのをやるし、作り方だってオレが直々に行って教えてやる。サル。いいか?」
「いいだろう。もうこのムラではお前なしでもコメを作っていける。お前は自分が生まれたムラのためにコメを作ってやれ」
「ありがてえ」ムラハチが言った。
「恩にきる」ソラが深く頭を垂れる。当初の心配とは裏腹に、サルはあっさりとこちらの頼み全てを受け入れてくれた。オサとしての最初の仕事がうまくいき、ソラはやっと緊張を解くことができた。こうして話はまとまり、ソラ、ドングリ、イシコロはムラハチの家に一泊し、翌朝出発することにした。
次の日。出発前にソラたちは田んぼと農具とコメの保管されている高床式倉庫を見せてもらった。そこにはソラの想像を超える量のコメがあった。
「これ。どのくらいあるんだ?」ソラが聞くと
「まあ、次の秋が来るまではもつだろうな。そして、次の秋が来たらもっとたくさんのコメが採れる」ムラハチが自慢げに答えた。
すごい。いつか自分が思っていたこと。飢えずにすむ暮らしがここにある。そして、自分たちもこれからそれを掴もうとしている。
「結構苦労したけどな」
ムラハチは鼻の頭をかいた。ソラは改めて積まれたコメを見た。たしかに、これだけのコメを手に入れたらサルが少しくらい偉そうになってもおかしくはない。だけど、オレはこれよりもっとたくさんのコメを作ってやる。白いコメを手のひらで遊ばせながらそう思った。




