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19歳①

 5年後・・・

 季節は秋。山に狼煙が2本上がった。獲物を捕獲したというドングリからの合図だ。

「みんな、行くぞ」それを見てソラが声をかける。狼煙の合図はソラが考えたものだ。1本の場合は応援を頼む。2本の場合はすでに獲物を捕獲したから運ぶのを手伝ってほしい。今回は2本の狼煙が100メートルほどの間隔をあけて上がったので、槍も弓矢も持っていかない。食べ物がある時は無駄に獲物を取り過ぎない。これが森で暮らす人間たちのルールだった。獲物の保護が次の収穫につながる。

 ソラ達が駆け付けた時、ドングリは息絶えたイノシシの傍らに座っていた。

「また、槍か。すげえなドングリ」ソラは言う。

「オラは槍が好きだから」

 横たわるイノシシの眉間にはどす黒い穴が空いていて、そこから流れた血が顔面を赤黒く染めていた。よくもまあ、こんなに正確に急所を捉えられるものだ。

 普通、狩りは集団で行う。あらかじめ罠を仕掛けておき、矢や槍を持って獲物を追いつめ、穴に落とす。このやり方が一番成功率が高い。狩りの効率を良くするため、全員で一斉に山には入らず、獲物を探すための小部隊がまずは山に入る。そして、獲物を発見したら狼煙をあげて本体を呼ぶというのが、常とう手段だ。しかし、ドングリに限ってだけは獲物を見つける目的で山に入っても、槍一本で獲物をしとめてしまう。あとは獲物を運ぶためにみなを呼ぶだけだ。

「本当にお前は頼りになるな」みなに言われてドングリは鼻の頭を掻く。照れてるときの癖だ。鼻の上の目は小さいが、瞳の奥に自信の光が煌めくようになっていた。

 あのうすらバカがな・・・

 ソラはドングリを見ながら思った。15歳の冬から二人で狩りに加わるようになってから、ドングリはみるみる頭角を現し、今ではムラで一番たくましい男へと変貌をとげていた。そして、ソラも立派な若者へと成長していた。その顔からは子供の頃の苛立ちが消えて、精悍な顔つきに変わっている。頭のいいソラは新しい罠を考案したり、チームプレーの体制を組みなおしたりと、狩りの手法を常に改善し続けていった。また、苛立ったり、爆発しそうになるのを努力しておさえ、新しい考えがなかなか理解されない時も、根気よくみなを説得していった。

 そして、ドングリもそんなソラを誰よりも理解しサポートした。そんな努力が少しずつ実り、今ではソラは、新しいムラのリーダーとして認められていた。

 一方、隣のムラへ行ったムラハチだが、オサである「サル」にコメを食べさせたところ、気に入られ、僅かな土地を借り、田んぼを作る許しを得た。最初の年こそ苦戦したものの、コメは2年目からは順調に採れ出した。稲作の将来性が保障されたのを見て、隣村は人手を出して、田んぼを耕し、水路を作り本格的に稲作へと移行しだした。そして収穫量は年々増え続け、5年がたつころにはその年で食べる分以上のコメを作ることが可能になっていた。


 ある日、ソラはイシコロとムラの外側の傾斜に寝そべりながら話していた。長かった冬が終わり、つくしやタンポポが何本も勢いよく空へ伸びている。春の日差しは、優しく、強く世界を照らしている。

「なあ、ソラにい。隣村の話聞いているか?」

 穏やかな沈黙を破り、イシコロがソラに話しかけた。イシコロはソラやドングリよりもひとつ下の男で、オサのもうひとりの息子、ムラハチの弟にあたる。もともとはオサの言うことに必要以上に影響され、ソラを低く見ていたが、ソラと一緒に狩りに加わるにつれ、その頭の良さとカリスマ性を徐々に認めるようになってきていた。それに伴い、呼び名も「イカレソラ」から「ソラ」「ソラにい」と変わっていった。ソラは気持ちが悪いからやめろと言いつつも、内心、無邪気に慕ってくるイシコロを可愛くも思っている。

「隣村のなんの話だ?」

「すっとぼけんな。コメの話だよ。隣村ではアニキがコメを広めてずいぶんとうまくいっているらしいじゃねえか?」

 ムラハチ。ソラにとっては最も気になる男だ。隣村に行ってから5年。確かに噂は頻繁に聞く。

「みんな知ってるぞ。オレもこの前行ってきた。そしてアニキにコメをもらった。あれは確かにうめえ。ムラの連中もコメを食ったことがあるやつがけっこういる」

 ソラは気にするふうでもなく相槌を打った。しかし、コメと聞いて心にはざわめくものがある。コメを初めて食べた時、ただ、うまいだけでなく、世界を変えられるような可能性を感じた。そして、それをするのは自分なのだと確信めいたものを抱いた。あの気持ちは忘れられない。しかし、今の自分は子供の頃とは違う。自分の気持ちに正直に従えば、賛同する者も多い。しかし、それ故、逆に、ムラに無意味な対立を生むことになるかも知れない。そんなことを考えると迂闊には動けない自分がいる。

「なあ。オレたちもそろそろコメを作らねえか?」

「でもオサが反対している。コメを作るかどうかはオサが決めることだ」

「こんなこと言っていいのかわからねえが・・・オヤジはもう長くねえ」

 オサは先月風邪を引き、それから寝たきりの状態が続いていた。祈祷師が祈り続けている。しかし、そんなものソラに言わせると何の意味もない。どれだけ祈ったところで、40歳になるオサが回復することはないだろう。

「オヤジが死んだら次のオサを決めなくちゃならねえ。そして、みながオサにしたがっているのはソラにい。あんただ」

「それはその時が来たら決めることだ。今話すことじゃあねえ」そうは言いつつもソラの胸はざわついてしまう。


 その時、遠くから走ってくる音が聞こえた。走ってくるのはドングリだった。

「おーい。イシコロ。大変だ!!」

「どうした?ドングリ」

 ドングリは「オサが、オサが」と言うばかりで、うまく話すことができない。明らかに悪い報せだ。

「とにかく来てくれ。ソラも来い」

 ドングリはうまく説明できない自分に苛立ち、強引にソラたちを連れていった。


 狭くて薄暗い家。3人が入ると、はっはっと荒く小さな息遣いだけが聞こえる。部屋の奥で寝そべったオサは昏睡状態に入っていた。もういつ息を引き取ってもおかしくない。

「オヤジ!死ぬな!」

 イシコロが呼びかけるとオサは力なく目を開けた。少しあたりを見回して絞り出すように言う。

「イシコロか・・・ソラもドングリもいるのか・・・」

 ソラはその声を聞きながら、オサの死を確信していた。

「なあ、ワシももう終わりじゃ。直に死ぬだろう。その前に言っておくことがある」

「何だ?」イシコロが聞く。

「ソラにじゃ」

「オレに?」

 オサはソラをじっと見ながら言った。その目はいつになく優しい。

「お前はよく狩りに精を出してくれた。次のオサはきっとお前になるじゃろう。ソラ。オサになったらコメを作るのか?」

「そんなこと、まだ考えていねえ」

「だが、お前はずっとそうしたがっていた。そして、みなもそれを望んでいる。きっともうコメを作らざるをえないだろう。だがひとつ覚えておけ。豊かさとは食べ物がたくさんあることとは違うんじゃ。右手に新しいものを持つと、不思議と左手には望まないものを持たなくちゃいかん。それは想像もつかないような恐ろしいものかも知れん。ワシはそれを恐れていた。だから変えることにことごとく反対してきた。でも、もうそれも仕舞かもしれんな。ワシもコメを食ったときに思った。ワシやワシのジジイやそのまたジジイが守ってきたものはあの瞬間に失われてしまったんじゃ。コメを作れ。ソラ。そして、その左手に持たなければならないもの。それが何なのかはわからんが、みなをそれから守っていけ。それがオサだ」命を終えようとしている老人にしては驚くほど力強く話すと、疲れたから寝ると言って目を閉じた。そして、二度と目を開かなかった。

 オサが死んだ。昔から、考えがあわずによく衝突した。死に際の話にしたって正直、本当に理解できているかは疑問だ。完全に納得したわけじゃあない。しかし、オサはオサなりにムラのみなのことを考え、守ろうと努めてくれた。そのことくらいはわかる。そんな気持ちが今さらながらありがたく思えた。

 その晩はオサの遺体を寝かせたままにし、次の日、オサの葬儀をした。ムラのみなが儀式の時に身につける装飾品をまとい、祈祷師が祈り、オサの遺体は穴を掘って埋める。ささやかながら精いっぱいの葬儀だった。

 ソラは思う。

 死んでしまった人はどこへ行ってしまうんだろう?

 あるものは別の人間として生まれ変わると言う。

 あるものは魂だけがどこか別の世界へ行くのだと言う。

 でも、本当のところは死んだ人間にしかわからない。

 ソラは、実は、死んだ人間は星になるのだと思っていた。そんな考えはリアリストであるソラには似つかわしくないし、自分でもそう思っていたので誰にも話さなかったが、ヒカリが死んだときに、たまたま星をひとつ見つけた。何の気なしにその星にヒカリの名をつけた。そして、赤面ものの秘密だが、ソラはその星に時々話しかけていた。星が煌めくと、まるでヒカリが話しかけてくるようで心が楽になった。自分でも空想の遊びだとわかっていたが、もし本当に死んだ人間が星になるのであれば、救いがある。ヒカリにもソラにも人間そのものにも。

 20年近くムラを守ったオサを失くし、ムラは悲しみに暮れている。しかし、すぐに次のオサを決めねばならい。それが決まりだ。

 その晩、オサを決める会議が開かれた。出席者は各家の家長、全部で18人だ。会議はムラの中心の広場で円状に座って行われる。

「まずはみな。オヤジを手厚く葬ってくれた礼を述べたい」イシコロが言う。前のオサの息子が会議を取り仕切るの決まりだ。

「そして、悲しみの最中ではあるが、次のオサを決めなければならない」

 ムラの重要事項の決定方法は二通りある。ひとつはオサが決め、みなが従うというもの。もうひとつは投票だ。どちらの方法をとるかはそのたびごとにオサが決める。今回の新しいオサの選出は投票で行われるのがならわしである。100人という小集団には権力らしい権力もまだ存在していなかったため、世襲という概念はなかった。一番能力のあるものがリーダーになる。それが最も合理的であり、ムラという集団存続の可能性を最も高くしてくれる。投票はそれぞれの家長がひとりひとつ骨を持ち、もっとも次のオサにふさわしいと思うもののところに置く。いわゆる記名投票と同じだ。

 集まった18人は順番に立ち上がり、手にした骨を自らの選ぶ次期リーダーの足元に置いた。その度にソラの足元にかちり、かちりと骨が積み重なって行った。18人が投票を終えると、骨はすべてソラの足元に集まった。誰にも迷いがなかった。もともとムラを守れる一番知恵のあるものをオサにするなわわしだ。そして今はコメ作りという明確な目標がある。新しいことをするのにソラ以外に適任はいない。

 ソラの足もとに積まれた白い骨を見てイシコロが言った。

「それでは、この時よりこのムラのオサはソラに決まった」

 みなが歓声をあげた。

「ソラ。何かしゃべれ」ドングリにうながされてソラが立ち上がった。

「オレは子供のころから思っていた」ソラは自分が生まれ育ったムラ、そして、これから自分が守らなければならないムラを見渡した。まさか本当にオレがオサになるとはな・・・

「みなの暮らしをよくしたいと。飢えや病を亡くしたいと。そして、今、餓えをなくすための手段をオレたちは知っている。それは困難な道かもしれないし、今まで経験したことのないことだ。思いもよらない不幸もあるかもしれない。それでもオレはそれを乗り越えて暮らしをよくしたい。オレはコメを作る。みな力を貸してくれ」

 またもやみなが歓声をあげた。こうしてソラはみなに選ばれてムラのオサになった。ソラは冷静を装いつつも体が震えてくるのを止められずにいた。


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