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14歳⑤

 日が暮れてすぐにムラハチは実家に、父親であるオサの家に入った。オサとは数年間喧嘩が続いているのでムラに来ても家に入るのは久しぶりだった。家族は優しく、温かい湯や食事を勧めてくれたが、オサはむっつりとした表情で言った。

「何しに来た?」

「そう冷たくするな。オサ」

 ムラハチは父親のことをオサと呼ぶ。

かつてはトトと呼んでいたが、ムラを出てからトトと呼ぶことは禁じられていた。

「勝手にムラを、家を出て行ったのはヌシじゃ。それでもワシはヌシがムラに来ることも、塩や魚を持ってくることも許してやっている。他に何か望みがあるか?」

「オサは迷惑そうに言うがみんなは喜んでるぜ」

「ワシはいいことだとは思っとらん。暮らしを変える必要はない」

「まあ、そう言うな。今度持ってきたのは本当にすげえんだから。これ食ってみろ」

 ムラハチはコメのおにぎりを取り出しオサへすすめた。オサは無言でそれを口に運んだ。

「・・・」

 一瞬、オサにも驚いた表情が浮かぶ。

「どうだ。うめえだろう」言いながらもムラハチはオサの言葉を心配そうに待つ。ムラハチの指先は膝を落着きなく叩いていた。

「うますぎる・・・」オサは重々しく言った。瞬間、ムラハチの顔に安堵が広がった。

「だろう。これはコメって言うんだ。これはな、作ろうと思えばこのムラでも作れる。そしてたくさん作れるんだ。どうだ?」

 ムラハチにはいつものように明るい表情が戻っているが、オサは眉間に皺をよせている。不満がある時の顔だ。

「これをムラで作れというのか?」オサが聞く。

「ああ。絶対にみんなの暮らしがよくなる」

 しばし、沈黙した後。

「だめだ」

 きっぱりと言った。後には、ねっとりとした重たい沈黙が家に広がる。

 その時、ソラとドングリがオサの家に入ってきた。心配で家の中を覗いていた。

「オサ。何でコメを作ったらいけねえ」ソラはたまらず問いかける。

「ソラ。ドングリ。お前たちも食ったのか?」

「ああ」ソラが答える。

「う、うまかった。すごく。オラこれを作りてえ。毎日食いてえ」ドングリもオサの説得にいつにない必死さを見せる。

「だめだ。ムラハチ。さっさとこの穢らわしいものを持ってムラを出ろ。ソラもドングリもこのことは決して人に話すな」

「なんでだよ?暮らしがよくなるってわかってるのに何で駄目なんだよ?」ソラは爆発しそうだ。何故だ?何故駄目なんだ?

「決まってるからだ」

「嘘だ。決めてるのはオサだろう」

「いや。森の神様だ。昼間も言った」

「また神様かよ。そんな見たこともねえ神様のことなんか知るかよ」ソラはもう自分を抑えきれずに、オサに飛びかかる寸前だった。まさに地面をけり上げようとした時、ムラハチがソラとオサの間に咄嗟に体を割り込んだ。勢いあまってムラハチにぶつかるが、華奢なようで意外にたくましいムラハチの背中が難なく止めた。

「もういい。ソラ・・・」

 ムラハチは溜息とともにつぶやく。

「だってよ・・・」それだけ言ってソラは黙った。ムラハチの体から僅かな震えが伝わってきたからだ。それがあまりにムラハチのイメージとかけ離れていてソラは固まってしまった。

「・・・いつもだ」ムラハチが捻り出すように声を出す。

「いつだってそうだ。オレだってムラのために、ムラの役に立てばと思ってやってるのに。でも、何をしようとしてもオヤジはわかってくれねえ。オレにはオレのやり方があるのに、オレのやり方でみなのためにやってるのに。全部意味がねえんだろう。何をやっても迷惑なんだろう。オサの望み通りにしてやる。ムラを出て行く」

 ムラハチの目には涙が溜まっていた。こんな軽い男が涙を流すものかとソラは唖然として見ているしかなかった。

「もう戻らない」

 ムラハチは最後にそう言ったが、それでもオサは無言だった。夕闇と沈黙だけが広がっていた。ムラハチは荷物をひっかけて再び生まれた家を出た。


 家を出て、ソラは肩を落としているムラハチに何かを言おうとしたが、何を言えばいいのかわからない。

「ムラハチ・・・」

「気にすんな。ソラ。ドングリ・・・」ムラハチの声はもう元に戻っていた。

「今夜はどうするんだ?よかったらうちに泊まれ。どうせオレとトトしかいねえ」 ソラが気遣って言う。

「いや。オサが出て行けって言ったんだ。出ていくさ」

「出て行ってどこに行くんだ?」ドングリが聞いた。

「隣のムラまで歩いて行ってくる。幸い今日は月夜だ。夜通し歩けば夜が明ける前には着くだろう。そこでオレはコメを作る。オサが生きている間はきっともうこのムラには帰らない。ソラ。ドングリ。ありがとうな。おまえらと話してるとおもしろかったぜ」

 ソラもドングリも無言だ。

 悔しかった。

 せっかくムラハチが持ってきてくれた希望がオサの一言でつっぱねられる。このムラはなんて腐っているんだろう。

「なあ。ソラ」ムラハチが言った。

「お前は頭がいい。そして、みなの暮らしをよくしたいという気持ちがある。お前がオサになれよ」

「オレがオサに?」

「ああ。ムラを豊かにしてやれ」

 突然だった。オレがムラのオサに?そんなこと考えたこともなかった。しかし、ムラハチに言われると悪くない考えのようにも思えてくる。

「でも・・・」ソラは下を向く。

「簡単じゃあねえだろう」ソラはムラのみなに認められていない。いや、むしろ嫌われている。

「そうだな。みなに認められねえとオサにはなれねえ。みなに認められるためには狩りをしろ。そして誰よりも獲物を捕れ。オヤジもそうやってオサになったって聞いた。なあ、ドングリ。お前はソラを助けてやれ。それがムラのためだ。お前のためにもなる」

「わかった」

 ドングリは簡単に言うが、オレが本当にオサになれると思っているのだろうか?この、すぐ苛立って爆発してしまい、みなを敵にまわしてしまうオレが・・・

 しかし、この閉塞したムラを変えようと思うならば、本当に自分がオサになって変えるしかないのかもしれない。自分にそんな力があるのだろうか?ソラが自問自答をしだした時、ムラハチはいつかのように「じゃあな」と手を振り、そのまま月の照らす夜道を歩いて行った。どんな時だって別れの言葉は「じゃあな」だ。ムラハチらしい。

 いつか一緒にコメ作りをしてみてえな・・・

 ソラはムラハチの後ろ姿を見ながらそう思った。


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