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14歳②

 ソラの住む集落は「ワ」と呼ばれている。ここでは「ワ」は現代の村と同じ意味だ。物語上ではムラとさせていただく。ちなみに3世紀末に記述された中国の正史『三国志』の魏志倭人伝で登場する日本の国が倭という名前である。

 ソラの暮らすムラは20家族、100人ほどで構成され、直径100メートルほどの円状の溝の中に20家族分の竪穴式住居があり、ムラの中に一つだけ高床式倉庫もある。そこに、秋に採れるクリやドングリ、わずかに栽培しているヒエやアワなどを保管している。小集団なので社会の秩序はいたってシンプルで、一番偉いのはオサ、オサは前のオサが死ぬとみなに選ばれた人間がなる。ムラの重要事項はすべてオサが決めるので、一番知恵のあるものが選ばれる。今のオサはすでに35回冬を越していた。当時の平均寿命は30歳くらいなので35歳と言えばすでに老人である。


「オサ。話がある」ソラは鼻息荒く、オサの暮らす竪穴式住居に入った。昼間なので家族はみな、クリ拾いや土器づくりに外に出ている。

「ソラ。また来たのか?今度はなんだ?また何か考えたのか?」オサは囲炉裏に薪をくべながらソラの目を見ずに言った。迷惑そうである。

「そうだ。今度のはすげえぞ」

 ソラの瞳にはちょっとした狂気がある。新しい思いつきを話す時はいつもこうだ。しかし、オサは取り合わない。

「やめとけ。考えたってろくなことはない。この前のも、何だったか・・・」

「クルマだ」

「そう。クルマ。あれも全く役に立たない考えだ」

「何を言っている。クルマはすげえんだ」

 数日前にも新しい考えをオサに話した。そして、否定されたばかりだ。

「確かに、板の横に輪をつけて物を乗せて運ぶと・・・」

「手で持ったり、背負うよりもずっと楽にたくさん運べる。実際に小さいやつを作って見せただろう」

「ああ。でもあれをどこで使うんだ?森か?この狭いムラの中か?」

「いや、もっと平らで広いところで使うんだ」

「そんなところがどこにある。まあいい。その話はこの前さんざんした。それで今度は何を考えてきた?」

「モンジだ」

「モンジ?」

「モンジってのはな。声を書くんだ」

「どういうことだ?」

「簡単だ。俺たちが話していることとか、起こったことを書くんだ。声ってのはな、世の中に50個くらいしかないんだ。知っていたか?」

「いや、そんなこと考えたこともなかった」

「たとえば、オサは「オ」と「サ」の組み合わせ。ソラは「ソ」と「ラ」の組み合わせ。どんなに長い言葉でも話でも、50個の組み合わせなんだ。そのひとつひとつに絵をつける。そうすれば声を書くことができる」

 オサは、ほう、と言ってあごをさする。「またおかしなことを考えたな。ソラらしい。それでだ・・・書いてどうする?」

「いろいろさ。ムラの決まりを書いておいてもいいし、遠くにいるやつにこのムラのことを書いて教えてやってもいい」

「ムラの決まりはみんな知っとるぞ。10回冬を越したら親が子に話すことになってるからな。遠くにいるやつにこのムラのことを伝える必要はないし、もし伝えるなら歩いていったやつが口で言えば済む」

 やっぱり理解されない。

「オサ。それじゃあ、うすらバカのドングリと言ってることが同じだぜ」呆れた気持ちと、負け惜しみが混ざってつい毒を吐く。

「それじゃあ、みんなそう言うってことだ。なあ、ソラ。ワシはお前の考えには感心するよ。誰も思いつかないようなことばかり考える。どれも役に立たないことばかりだが。そのお前の考える力は狩りや栗拾いに生かせ」

「狩りや栗拾いじゃ暮らしは変わらねえ」

「ああ。それでいい。むしろ何故お前が暮らしを変えたいかがワシにはわからん。何故変えることにそうまでこだわる」

 オサにはひとつの哲学がある。それは、変化は悪であるということだ。何故、変化が悪であるのかはソラには理解できない。ソラは誰に教えられるでもなく、変化していくことこそがいいことだと信じている。人間を豊かにしていくものだと信じている。信じているもの、目指しているものがもともと違うのでソラとオサの議論は常に平行線をたどる。そして、現在の権力者であるオサが勝利する。

「良くしたいのさ。ちょっとずつよくしていけば病気もなくなるかもしれない。飢えもなくなるかもしれない」

「ヒカリのことか・・・」

 ヒカリという名前に、ソラは呼吸を忘れてしまったかのように黙り込む。ソラの胸の奥で静かにカチリという音がした。オサは気づかずに続ける。

「お前の気持もわからないではないが、人の生死は森の神様が決めることだ。ワシらがどうするものでもない。ワシらは森の神様の教えに従って何も変えずにジジイのジジイのそのまたジジイの時から暮らして来た。そしてこれからもそうだ。森の神様は命を授けてくれる。ワシらが間違っている時は命を奪いもする。すべては必要だからそうすることだ」

 オサとソラは宗教感も大きく異なっている。オサが、そして、ムラの皆が森を神聖視し、森に宿る人外の力が人間を支配していると考えているのに対し、ソラはムラで唯一全くの無神教だった。ソラは自分の目で見たもの、理屈で説明できることしか信じない。大人達は、生も死も、森の神様が定めているという。でも、そんなはずはないんだ。ソラにはそれが痛いほどわかっている。何故、オサは、大人達は、森の神様なんてお伽噺を信じる。

「ふざけるな。ヒカリが何をした」スイッチの入ってしまったソラは、我慢できず声を荒げる。すでに議論できるような精神状態ではない。しかし、オサはあくまで冷静だ。

「それはわからん。何かしたのはヒカリではないのかも知れん。お前たちの先祖かあるいは子孫か、あるいはヒカリが生きていたら間違ったことをしたのかも知れん。だが、ワシらはわからずとも森の神様は知っておったのだ。だからヒカリの命を奪った」

「オレはそんな糞神様信じねえ。神様なんて会ったこともねえ。オサは会ったことあんのか?」

「ワシは会ったことがある。お前が会えないのは信じないから会えないんだ」

「もういい。糞ったれ。オサと話してても埒があかねえ。いつもそうだ。暮らしは変えるな。森の神様が決めてる。いっつもそうやってごまかされる。神様もそれを信じているムラのやつらもみんなくだらねえ。オレは絶対にそんなもん信じないからな」

 いつも、最後には平行線に苛立って爆発してしまう。ソラはこうしてムラの中で孤立してしまう。

 そして、ソラは「ヒカリが何をした」と言ったが、実はヒカリが潔白でないことはソラが一番わかっていた。ヒカリは罪を犯した。そして、その罪は自分が原因で生まれたものだ。生きていたころのヒカリは、ムラの誰よりも美しかった。物静かな佇まい。霧を突き抜ける陽ざしのような白い肌。光る黒髪。しかし、全てが生まれたての世界のような儚さに覆われていた。その未成熟な美しさには、時として神々しささえも宿るようだった。だが、ヒカリの心には誰にも見せない闇があった。思春期を迎えたソラはいつの間にか実の姉であるヒカリを、女として崇拝するようになっていた。いや、それは崇拝よりも欲望に近い感情だったかも知れない。たとえケモノの道に堕ちてもいい。血縁が超えてはならない一線を超えたい。そう強く思い出していた。そして、何故そうしたのかはわからないが、ヒカリはソラの求めに一度だけ応じた。そのことは誰にも話さなかったし、その後、二人の間で話題になることもなかった。それは本当にたった一度きりの過ちだったのだ。縄文社会でも、近親相姦はタブー。だが、二人は確信犯的にタブーを犯した。しかし、そうであるならば何故、ヒカリだけが連れて行かれる。何故、自分は裁かれない。本当に森の神様がいるのであれば、罪を犯した自分もヒカリと同様に罰を受けるべきなのだ。

 ヒカリの死因は何て事のない風邪だ。この前の冬に風邪をこじらせて簡単に死んでしまった。治療と言えば仕事を休んで寝ていたのと、祈祷師が祈ってくれただけだった。祈祷師の祈りなんてなんの意味もない。それでも他にできることはない。

ヒカリは最後に「生きたい」と言った。もっと生きていたいと。その言葉が今でも胸を締め付ける。オレだって生かしたい。でも、何もできはしない。

13歳のソラはあまりにも若く、己の、そして人間の無力さに絶望し、しかし絶望しても唇を噛むことしかできなかった。ソラが森の神様を心から捨て去り、自分の力で今の暮らしを変えたいと強く思うようになったのはそれからだった。


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