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24歳⑥

 その日の夜中。ドングリはひとり空き家に寝かされていた。数時間前に袋叩きにあった傷が熱を持って苦しかった。意識はもうろうとし、寝たり起きたりを繰り返す。どうやら外ではソラたちが今日の勝利を祝うための宴会をしているらしかった。

 その時、ひとりの男が家に入ってきた。イシコロだった。イシコロは左手に持った火を囲炉裏に入れて、右手にもった茶碗をドングリの口に運んでくれた。茶碗の中には水。ドングリはがぶがぶと飲んだ。体に染み込んでいくようでひどくうまい。

「ドングリ。お前大丈夫か?」

 イシコロがドングリを気遣いながら言う。

「見ての通り。大丈夫じゃねえさ。でも死ぬってほどじゃあねえ」

 確かにそうとう痛むのだろう。寝ている状態から上体を起こすのも苦しそうだ。

「お前は・・・すげえよ・・・」ぼろ雑巾のようなドングリを見ながらイシコロが言った。

「何がだ?」

「あの時・・・実はオレも全員殺すことはねえと思った。でもソラが、みなが怖くて言えなかった。オレは恐ろしかったんだ」

「オラだって恐ろしかったさ。今でも恐ろしいよ」

 会話はそこで途切れる。間をつなぐようにイシコロは言った。

「確かにお前の言う通りかもな」

「何がだよ?」

「オレたちはだんだん狂っていっている。今になってやっとそのことがわかってきた」

「ソラがそうさせてる」

「オレたち、このまま狂っていったらどうなると思う?」

 ドングリは何も答えない。沈黙が二人を包む。少ししてイシコロが言った。

「さっきソラの考えを聞いた。ソラは今回勝ったことで気を良くしている。まずは、戦う男のいなくなった隣のムラに行ってコメを奪ってくるつもりらしい。そして、隣のムラの女や子供はオレたちのコメを作らせるために働かせて、来年からは自分たちで働かなくともコメを作れるようにするって話だ」

 ドングリは驚いたが、頭の芯がしびれて、そのひどさをうまく実感することができない。

「そしたら、オラたちはすることがなくなっちまうな。狩りもしねえ。コメ作りも他のやつらにやらせるじゃあ」

「いや。オレたちにはちゃんとすることがある」

「何をするんだ?」

「戦うんだ」

「誰と?」

「他のムラの男たちと。ソラは言った。他のムラを順番に攻めていって、コメと働く人間をどんどん増やしていく。そして、どのムラにも負けないでっかいでっかいムラを作るって。ソラはそのムラのオサになるって」

「ばかな。また今日みたいなことをするのか?しかも今度はわざわざこっちから殺しに行って」

「そうだ」

「ばかだ。完全に狂っている。他のやつらはなんて言っている?」

「ソラに従うだけだ。やつらソラの言うことならなんでも聞く。たしかに気持はわからないでもない。ソラは確かにすげえ。ただの人間じゃないみたいに見える。今日戦っている時、そう見えた。なんというかあいつ自体が神様になっちまったみたいな」

「そんなバカなことがあるか。オラはあいつとはガキのころから一緒だ。あいつも切れば血が出る。ただの人間だ。オラと一緒だ。昔からおかしなやつだったが、最近は特におかしくなっているだけだ」

「ああ。おかしくなってるな。オレもそう思う。できればこれ以上殺しなんてやりたくねえ」

 そこでまた二人は黙りこんだ。二人ともどうしたらいいか考えているんだろう。しばらく黙ったあと、口を開いたのはドングリだった。

「誰かが止めるしかねえか・・・」

「ソラをか?」

「・・・やるとしたらオラだろうな」ドングリの眼には決意がある。イシコロはそんな眼は見たことがない。狩りをする時の研ぎ澄まされたまなざしとも違う。しかし・・・

 無謀だ。ソラを敵に回すということは、ムラの全員を敵にするってことだ。

「やめとけ。殺されるぞ。ムラの連中はソラの言うことならなんだってやる。今日わかっただろう。次は袋叩きじゃすまねえ」

「ソラの命令で人を殺すよりは、殺されたほうがまだましだ」

「でも、無理だ。ソラを止めるなんて」

「無理じゃあねえさ。オラにしかできねえやり方がある」

 イシコロはドングリをじっと見た。そして、少し子供のころを思い出した。そういえば、こいつはガキの頃、みんなにうすらバカって呼ばれてたな。それが今、オレは完全にこいつに頼っている。ソラを止めてくれ。おかしくなっているこのムラを元に戻してくれ。


 次の朝、ドングリはみなが起きる前に火をおこして、コメの保管してある高床式倉庫に行った。倉庫からコメをかつげるだけ引っ張り出して、地面に放ったあと、貴重なコメに火をつけた。枯れ草と一緒にされたコメは燃えだす。準備が整った。

 ドングリは大声で叫んだ。

「ソラ。今からオラはムラのコメに火をつける。やめさせたければすぐに出てこい」

 ドングリは生涯最高の大声を張った。ドングリの声はムラ中に響き渡る。かつての頼りなげな姿はそこには見受けられない。大声にびっくりしたムラの連中がすぐに集まった。そして、大事なコメが燃えているのを見て、怒りと驚きの表情で固まった。その前に火のついたたいまつを右手に持って立ちつくしているドングリ。

「お前ら。そこから一歩も近づくな。近づいたら今度はこっちの倉庫に火をつける。倉庫が燃えたら蓄えているコメをが全部燃える。動くなよ。ソラはまだか?」

 その時、ソラは人垣を割って一番前に出てきた。その歩きはとてもゆったりしていた。しょせんはドングリが活きがって見せたところでたった一人だ。一人対、ムラの人間100人。一体何ができる?とうとう本当に頭がイカれちまったのか?憐れむような面白がるような笑みを浮かべていた。

 ソラはドングリを見ながらゆったりと冷たい声を発した。まるで山から吹く冷たい風だ。

「ドングリ。やめとけ」

「ソラ。話がある。」

「なんだ?」

「もう人を殺すなんてやめにしないか?昨日で十分だろう」

「そんなことか」どうせそんなことだろうと思った。こいつはいつまでそんなことを言い続けるつもりだ。本当に邪魔くせえ。

「駄目だ。うすらバカのお前には理解できねえだろうが、オレにはちゃんと考えがある。全部ムラを豊かにするためだ」

 それを聞いてドングリは下を向く。言っても無駄か。でも、ソラ。わかってくれ。でないと・・・オラは・・・

「なあ、昨日殺したやつらにも、トトがいて、カカがいた。子供がいるやつもいるだろう。友だちだっているだろう。好きな女だっているだろう。みんなオラたちと変わらねえはずだ。みんな生きていた。そんなやつらをどうして殺さなくちゃならない。お前にだっているだろう。大事に思っている人が」

 大事に思っている人だと?一瞬ヒカリとムラハチの顔が頭に浮かぶ。いや、やつらは行っちまった。オレが大切に思っても勝手に行っちまった。オレにはいない。もう誰ひとりいないんだ。

「そんなやついねえよ。ガキのころからそんなやつ一人だっていなかった。お前は大切な人間なんているのか?」

「オラか・・・オラにはいる」

「誰だ?」

「ガキのころからの友だちだ。たとえ、そいつがどんなふうになろうとも大切な友だちだ」

「だから誰だ?」

「お前だ・・・ソラ。ガキのころからずっと一緒だった」

 ソラの表情は変わらない。

「お前には振り回されたけど、オラはお前と一緒にいて楽しかった。お前がオサになるって言った時も、なんとしてもオラがお前をオサにしてやろうと思った。お前と一緒にコメ作りができて本当に嬉しかった。でも、コメを作りだしてからお前はだんだん変って行った。ムラのためといいながら、自分のことしか考えなくなった。そして、そんなお前を誰も止めようとしない。だから、お前を止めるのはオラの役目だ。お前の友だち、このオラがやらなくちゃいけないんだ」

 ドングリは泣いていた。泣きながら、しゃべった。ソラよ。何がお前をそうさせちまったんだ?昔みたいにいろんなことに文句を言いながらも楽しく暮らせばいいじゃねえか。なあ、ソラ。それでいいじゃねえか。それだけじゃだめなのか?人を殺して豊かになって、それで何の意味がある?食べるものがたくさんあってもみんなが狂っちまって、誰がうれしいと思う。

「話は終わりか?」ソラの顔には微笑が浮かんでいた。全てを受け入れるようでもあり、全てを拒絶するようでもある笑いだった。

「お前みたいなやつがいるとムラがおかしくなる。お前は死んでくれないか?」

 ソラは変わらない。心は動かない。冷たい目でドングリを見るだけだった。

 そうか、ソラ。それならば。さよならだ。それしかない。いいさ。それで。ドングリは覚悟を決めた。

「なあ、もう少し話をしないか?」

「何だ?まだ何かあるのか?」

「お前と話すのはこれが最後だからな」そう、もうこれで最後だ。

「なあ、こうしてお前と向き合っているとガキのころを思い出す。お前はあの頃、いろいろと考えていたな。暮らしを変えたい。ムラを豊かにしたいって言って、そして、しわくちゃスルメジジイに話しては、認めてもらえずすねてたな」

「もう忘れちまったよ」ソラも面倒くさいと思いつつもこれで最後だと思い、付き合う。

「昨日、戦いで使ったクルマ」

「クルマがどうかしたか?」

「オラはてっきり暮らしを便利にするための道具なんだと思っていた」

「クルマの使い方はいろいろある」

「それから、あれはなんて言ったっけ?」

「何だ?」

「声を書くってやつだ。起こったこととか、言いたいことを書くのはなんて名前だった?」

「モンジか?」

「そう。モンジだ。今思うとあれが一番いい考えだったかもな?もう誰かに教えたか?」

「いや、まだだ」

「そりゃあ残念だ。できれば書いて、オラたちのガキのガキのそのまたガキまで伝えてほしかった」

「何をだ?」

「オラたちがコメを作ったこと。そして、ムラが変わっていったこと。隣のムラと戦ったこと。こうして、最後にソラとオラが話したこと」

「心配しないでもオレがいつか書く」

 思い出話もそろそろ終わる。終わらせなければ・・・

「なあ、ソラ。お前はけっこう可哀想なやつだよな。何でだろう?オラにはそれがわかるんだ」

「なんでオレが可哀想だ?可哀想なのはお前だろう。みんなにうすらバカと呼ばれて。そして、ここで命を落とす」

「ソラ。お前は本当はこんな人が少ない小さなムラに生まれるべきじゃなかったんだ。もっとたくさん人のいる、大きなムラか、それか、オラたちのガキのガキのそのまたガキが生まれるころになって、お前みたいな頭のいいやつが本当に必要とされる時になってから生まれるべきだったんだ」

「そうか?そうかもな。でも、お前は駄目だな。どんなところに、いつ生まれていたとしても結局うすらバカだ。そういう風にしか生きられないやつだ。なあ、話はもういいか?」

 ソラもそろそろ終わらそうと思った。

「最後にひとつだけだ。いろんなことをお前はモンジにして書くって言ったけど、そりゃ無理だ」

「なぜだ?」

「なぜならお前はここでオラと一緒に死ぬからだ」

 ソラはまた笑いが込み上げてきた。やっぱりこいつはうすらバカだ。冷静になって考えてみろ。

「この状況でオレが死ぬって言うのか?この100人に囲まれた状況でお前はオレを殺すっていうのか?何か武器でも使うのか?」

「オラの武器はこれだ。本当はこんなことに使いたくねえんだが・・・」

 ドングリは腕と同じくらいの長さのまっすぐな木の棒を取り出す。飛び道具でも用意しているのかと思ったら、攻撃範囲の狭い木の棒だ。投げたところで人は殺せない。殴りかかろうとしてもすぐに取り押さえられる。ソラはたまらず噴き出してしまった。

「やっぱりお前はうすらバカだ。そんな木の棒でオレを殺すのか?こんな人数に囲まれて、矢を構えているやつも、槍を向けてるやつもいるんだぞ。見えないのか?」

 ドングリはかまわず、静かに構えた。

「ソラ。次はもっとましなところに生まれろよ」

 その時、誰かがすごい勢いでドングリに石を投げた。石は手のひらで握れるサイズの丸い石だ。木の棒で打つのにちょうどいい。石はドングリの腹の前あたりをめがけてまっすぐに飛んでいく。ドングリはしっかりと石を見てタイミングをあわせるため、少し体を前のめりにして、足を踏み込んだ。


 ドングリの持つ棒が動き出すのを見ながら、ソラもようやく子供のころを思い出していた。そういえば、オレはガキのころいろいろ考えては誰にも理解されずに文句を言っていたっけな。腹が立ったし、認められないことが切なかった。オレの考えることが無駄なんて誰にも言わせたくなかった。そういえばドングリもオレと同じ気分を味わっていたっけな。なぜか、オレたちはいつも一緒にいて、みんなに理解されないで、それでも、自分のすることには何か意味があるんじゃないかって考えていた。あの時、ドングリと一緒にいると心が軽くなったんだ。憎まれ口を叩きつつもドングリだけがオレのことを理解してくれていた。そうだ。そうだった。オレだって、あの頃、ドングリのことを理解していた。大切な友だちだった。

あの頃、あいつがやってたことはなんだっけ?

「オラが飛んできた石を木の棒で打つと、すごい速さですごく遠くまで飛んで行くんだ。絶対に打ち損じたりはしないぞ」

 ドングリはいつも言っていた。

「それが一体なんの役に立つんだ?」

 オレはそう言ってバカにしていた

「そうなんだよ。オラもそれがわからねえんだ。でも本当にすげえんだ。コツはな手で打つんじゃあなく腰で打つんだ。体の力を全部のせて打つんだ」

 そうだ。確かにそう言っていた。


 ソラはドングリの木の棒が、飛んでくる石を正確にとらえるのを見た。次の瞬間、跳ね返った石はすごい速さで正確にソラの頭をめがけて飛んで来る。

 これはよけられそうにない。

 なるほど、このためのものだったのか。

 ソラは最後にそう思った。


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