24歳②
そんな中、一応は順風満帆に見えたコメ作りだったが、ソラが想像もしなかった落とし穴が突然訪れた。
干ばつ。夏に全く雨が降らなかった。
「くそ、なんでこんなことに気がつかなかったんだ。水がなきゃあコメは作れねえ」ソラはひとりごちて悔しがったが、コメ作り初心者には仕方がないことだ。幸い、ムラには湧水が沸いていたため、飲む水には困らなかったが、稲を育てられるような量ではない。田んぼは徐々に干からび、稲はしおれた。ついにその年は全くコメがとれなかったがソラもムラの連中もただ指をくわえて見ているしかなかった。倉庫には一応去年のコメが残っている。だが、それも来年の秋までは持たない。せいぜいもって春までだ。
「狩りしかねえか・・・」ソラは倉庫のコメを見ながらつぶやいた。昔のように本格的に狩りをし、森の食べ物を採集すれば一応はみなを飢えさせずにすむ。倉庫からコメが少しずつ減っていくのはソラが今まで経験したことないような身を切られるような痛みだったが、それでも飢えで人が死ぬことを考えたらはるかにましだ。
悪い時には悪いことが重なるものだ。ある日、なんの前触れもなく隣村のオサであるサルがやってきた。それも若くたくましい男を5人引き連れて。
「どうしたサル?」ソラは嫌な予感を感じながら聞いた。
隣村と言っても歩いて丸一日かかるし、それぞれの村は経済が独立しているのでめったに行き来はない。だからサルがわざわざ、しかも、男を5人も連れてきているということの裏には何か重大な話があるはずだ。しかも、いい話ではない。サルが羽織るどす黒い熊の毛皮、首の下で揺れる熊の牙を見ながら、ソラはすでにそのことを悟っていた。
ソラの家に通されたサルはどすりと腰を落とし言った。
「わしらが教えてやった米作りは順調か?」
5人の男を連れているせいかサルは以前会った時よりもさらに偉そうになっている。落ち着いたしゃべりの中にも、矢の切っ先を向けられているような緊迫感があった。
「去年までは順調だった。だが今年は夏に雨が降らなかった。コメは一粒もできなかった」
ソラも負けないように気を張りながら答える。しかし、何故そんなことを知りたがる?
「そうか?お前のところもか・・・」言いながらサルはニヤリと笑う。
「ちなみに、倉庫にはどのくらいのコメを蓄えてる?」
「冬が越せるくらいだ。春にはなくなる」
警戒しながらもソラは正直に答えてしまう。
「実はな・・・」それを受けてサルが口元を引き締め重々しく言った。
「オレたちのムラは人が多い。コメは冬が終わるまでもたない。だから今日はお前のムラのコメをもらいにきた」
唐突。こいつ何をいいやがる。ソラはサルの言い草に、一気にはらわたが煮えくりかえった。なぜ、ただでさえ少ないコメをお前にやらなくちゃいけない。ふざけるな。
「コメはオレたちが作ったものだ。一粒もやらん。やるわけねえだろう」
しかし、そのくらいでサルは怯まない。
「コメの作り方を教えたのもコメの種をやったのもオレだ」
ばかを言え。
「お前じゃない。ムラハチだ。だいたい、お前らだってうちのムラのムラハチからコメ作りを教わったんだろうが。コメがなかったら狩りをしろ。栗を拾え」
「狩りはするさ。でもコメも食わないといかん」
「ばかか。お前は。あれはオレのコメだ。一粒もやらんぞ。さっさとそのガキどもを連れてお前の村へ帰れ」
「じゃあ勝手に持っていくだけだ」サルと男たちは立ち上がり倉庫へ向かった。
「誰かいるか?こいつらを止めろ」ソラは叫んだ。
そこにいたのは年の若いタカとイヌだった。
タカは人を呼んでくると言い、イヌはサルを止めようと掴みかかったが、男たちにはがいじめにされサルに殴り飛ばされた。巨漢のサルの拳は男にしては体の小さいイヌを2メートル吹っ飛ばした。
「さすがオサだ。」
「オサに一発もらったら立ち上がれねえだろう」取り巻きがはやし立て、地面にうずくまったイヌに蹴りを入れているその顔は鼻血に赤く染まっている。サルはその様を口の端を上げて満足そうに見下ろしていた。
その時、農作業をしていた仲間たちがタカに呼ばれ駆けてきた。ドングリ、イシコロを含む15人。ムラの中で戦うことができそうなたくましい男はこれで全員だ。全員、武器を構えてサルたちを取り囲む。
「こっちは全部で15人だ。お前たちは6人。コメを持っていくつもりならこの15人でお前らを殴り続けるぞ」ソラは鋭い眼光でサルをにらみつける。人のムラで好き勝手やりやがって。絶対に許せねえ。
しかし、この状況でもサルは微笑をやめない。そして、余裕たっぷりに言った。
「15人か?それで全部か?」
「15人相手に勝てると思っているのか?」
「確かに6人じゃあ難しいな。仕方ない。今日は帰ってやる。だがまた来るぞ。今度は50人で来る」
「50人?」ソラは思わず聞き返す。こいつらのムラには戦える男が50人もいるというのか?
「ああ、50人だ。そして、槍と矢を持ってくる。それでも戦うなら戦えばいい。ただオレも手荒なことはしたくない。次は大人しくコメを渡せ。そうすれば何もしない」そう言った、サルは巨体を揺らしながら「ぐわっはっは」と笑った。それは、大型肉食獣が獲物を前にほえるような、威嚇するような、空気を震わす笑い声だった。
その声を聞き、ソラは、折れそうになる気持ちを必死で立て直した。「何人来ようと何を持ってこようとコメは渡さねえ」そう。苦労して作ったコメだ。オレのコメだ。絶対に渡さない。
「お前が何を言おうと関係ないさ。オレたちは持っていく。3日後だ。用意しておけ。じゃあな」サルと5人の男はそう言って帰って行った。




