14歳①
遥か昔のこの国で。人々は狩猟採集で食糧を確保し、竪穴式住居で生活していた。当時の人々の使っていた土器に縄の模様がついていたことから、われわれはその時代を「縄文時代」と呼んでいる。
2400年ほど前、渡来人が稲作の文化を日本列島へと持ち込んだ。それ以降、弥生時代と呼ばれる農耕文化へと移行していく。
この話は縄文時代から弥生時代への過渡期に生まれたひとりの天才と、その友達の話である。
主人公の名前はソラ。生まれてから14回目の冬を越えた。
「おい、ドングリ。なんか嫌なことあっただろ」ソラが話しかける。
「・・・なんで誰もオラのすごさをわからねえんだろうな?」答えたのは友達のドングリ。
縄文時代に、物語はあったのだろうか?
文字を持たなかった人たちの話は何一つ残っていない。しかし、そこには確かに人が暮らしていた。社会があった。世界が、人が、人生があった。そして、歴史には残らなかったいくつもの物語があった。
季節は秋。ソラと、同じ年のドングリは森にクリを拾いに来て、疲れて枯れた草の上に寝ころんでいた。目の前には赤とんぼの群れ。ソラの投げた石を空中で器用にかわし、角度を変えて飛んでいる。
縄文時代の少年たちの顔は現代とは違う。ケモノの血が残っている。人間はまだケモノの一種だった。ソラは瞳に不思議な光を持った美少年だ。14歳という若さは残酷さと情熱を歪な形のまま内包させている。その不完全さが人の目を引きもし、また苛立たせもしていた。一方のドングリの顔は冴えない。もっさりとした眉と、焦点の定まらない小さな目、でかい鼻。見るからに頭が悪そうだったし、実際頭が悪かった。
美少年とブサイクのコンビは、見た目には、ある種、滑稽でもあったが、それでも、ソラとドングリは不思議と二人でいることが多い。気難しいソラ、小さいことにこだわらないドングリ。お互い一緒にいて気が楽なのかもしれない。
「またあれか?あの飛んでくる石を木の棒で打つってやつ」ソラが聞く。
「ああ、本当にすげえんだぞう。手のひらで握れるくらいの丸い石をな、腕と同じくらいの大きさの棒で打つんだ。こうやってな」ドングリは実際に石を打つジェスチャーをして見せた。
「オラ、どんなに早く飛んできた石だって打てる。オラが打つと本当に遠くまで飛ぶ。あの山までだって届く。コ、コツはな。手で打つんじゃあなくて、腰で打つんだ。体全部の力を木の棒に乗せて打つんだ」そう言ってドングリはまた、石を打つ仕草をして見せる。
「たぶん世の中でオラくらい遠くまで石を飛ばせるやつはいねえ。オラが世の中で一番すげえんだ」
ソラもドングリが木の棒で丸い石を打つのをよく見る。確かに言うだけあって遠くまで飛ぶし、特別な才能があるんだと感じる。しかし、ドングリがどんなに必死になってもいつも言われることは同じだ。
「それが一体何の役に立つ?」
いつのころからかドングリはみなに「うすらバカ」と呼ばれるようになった。
「お前は本当にバカだな」
ソラはいつものようにドングリのことを鼻で笑う。
「ソラの考えることだって同じようなもんだろ」ドングリにも言い分がある。確かにムラで白い目で見られているのはドングリだけではない。
「ふざけるな。オレの考えはすげえんだ」
「わけがわからねえだけさ」
「すごすぎてわからねえんだ。今考えてるやつは本当にすげえぞ」
「何だよ」
「オレたちが話していることをな。書くんだよ」
は?と一言言って、ドングリはソラを覗きこむ。ソラの考えを聞かせると決まってこうだ。でも、それは、別にドングリに限った事ではない。ソラは誰も理解できないようなことを考える。そして話しては、やっぱり誰にも理解されずにイライラしていた。それが常だった。それでも、考えは頭に浮かんで来る。
考えが頭に浮かぶと何とかして形にしたくてたまらない。
「それだけじゃねえ。起こったこととか、いい考えを書くんだよ。たとえば、木とか石に書くだろ。書いたことは残るんだ。あとな。声は遠くまでは届かねえけどな。書いたものを遠くまで持っていく。するとな。遠くにいるやつにもオレが言いたいことを伝えられるんだ。オレはこれをモンジって名前にしようと思ってる」
「書いたものを持っていくならそいつがしゃべればいいじゃねえか」
やっぱりだ。ソラの考えは理解されない。
「お前じゃこのすごさはわからねえ。本当にすげえことなんだ」
「じゃあ、誰がわかるんだよ。ソラはやっぱりイカれてるな。何がすげえのか全くわからねえ。それでもまたオサに話しに行くのか?」
「決まりだからな」
「『暮らしを勝手に変えるな。変える時はワシに話して、ワシがいいと言ってから』」
「あのしわくちゃスルメジジイが」
ドングリは思わず噴き出した。「たしかにしわくちゃスルメジジイだな。うまいこと言う」
「工夫するから、いろいろ変えるからみんなが豊かになるんだよ。あいつは全く何もわかってねえ。腐ってる。あいつがこのムラを腐らしてるんだ」
「そう思ってるのはソラだけだけどな。まあ頑張れよ。イカれソラ」
そう。いろいろなことを考えては話しているうちにソラについたあだ名は「イカれソラ」だった。




