婚約破棄を言い渡された悪役令嬢は酔った勢いで年下騎士と一夜を共にしたいから~恋人のピンチ!潜入調査先はまさかの怪しい仮面パーティー!?~
「どうしたら、お酒に強くなるのかな」
「いきなり如何したんですか?シェリー様」
「うぅ……だって、お酒に強いって何だか大人っぽいし、それにロイと飲んでいられるじゃない」
私は、目の前のカクテルを眺めながらそう呟いた。
最近は、私も少し飲めるようになったけどそれでもすぐに顔が赤くなるし、酔ってしまうしで自分で抑えているところもある。
そんな私とは違って、隣に座る年下の護衛騎士兼恋人であるロブロイ・グランドスラムことロイはお酒にとても強い。彼は、悪魔と人間のクォーターだからお酒に強いんだとか言うけれど、実際の所どうか分からない。ただ、身体能力は人よりかは高く体力もそりゃあ凄くあるわけで。
私が酔いつぶれてしまっても彼は平然としている程には強いのだ。
ロイは少し考えるような素振りを見せた後、「俺は」と自分の意見を述べる。
「お酒に強いから格好いいとか、俺に合わせて飲もうとかはしなくていいです。今のままでシェリー様は格好いいですし、お酒はあまり身体に良くないので適当な量を飲むのがちょうど良いんですよ」
シェリー様には長生きして欲しいですし、とロイはバーボンのロックを飲み干すと私の方を向いて微笑む。
その笑顔を見たら胸がきゅんとして、ああ矢っ張り好きだなぁと何度でも思ってしまう。
私は、彼に惚れすぎだと思う。こんなにも好きな気持ちが大きくなっていつか爆発してしまうんじゃないかと思うぐらいには好きでたまらない。それと同時に彼を失ってしまったらきっと私は……
「シェリー様、なんでそんな不安そうな顔……してるんですか?」
「えっ、あ……ううん、何でもないの。ただ……」
「ただ?」
首を傾げるロイを見て、私は言葉を続けるべきか迷った。だけど、彼が私を心配してくれていることが嬉しくてつい口を開いてしまう。
けれど、恐ろしくて開いた口は開きっぱなしになってしまい言葉が詰まる。すると、ロイは私の手をぎゅっと握ると大丈夫ですから、と優しく私に微笑んでくれた。
彼の手は大きくて温かくて安心する。そうして、落ち着いた私はやっと動くようになった口をゆっくりと動かしぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
「ロイのこと、爆発しちゃうぐらい好きで、大好きで……だから、もしロイがいなくなっちゃったら、私生きていけないなって思っちゃって……ああ、ごめんね!こんな話あれだよね」
「俺は、死にません」
「……ロイ」
ロイは強く真剣な口調でそう言った。
そして、私の目をじっと見つめた後ふわりと優しい笑みを浮かべる。それは、まるで愛しいものを見るかのような表情だった。
心臓がどきりと跳ね上がる。思わず息を呑んだ。ロイの顔が近付いてくる。
「不安そうな顔しないで下さい。シェリー様が生きている限り俺は死にませんし、貴方のそばを片時も離れない。シェリー様が手の届かないところにいってしまっても、俺はどんな手を使ってでも貴方の所へ行きます。生きるときも、死ぬときも一緒です」
そんな、大げさなと言いかけたが、彼が本気で言ってくれているんだと察し私は思わず涙が出てきそうになった。
それはまるでプロポーズみたいだったから。
ここで結婚して下さいなんて言われたらもうプロポーズみたいだな……と思ったが婚約はしているし、結婚式の日取りなどを決めるだけでもうすぐ私達は夫婦になる。恋人から夫婦……その響はとても感動的なもので思わず心の中がぎゅうぅっと温かくなる。
それから、ロイは私の頬に触れワインレッドの瞳で私をじっと見つめた後そっと唇を重ねた。
軽く触れるだけのキスだったがそれでも幸せだと感じるには十分過ぎるもので、私達はそんな甘く幸せな雰囲気のままバーを出た。
外は少し肌寒く、風の音も耳ではっきりと聞き取れ空は分厚い黒い雲で覆われていた。これから雨が降ってくると予想され、降られる前に帰ろうとロイは私の手を引いた。
「あの、あのね、ロイ……帰ったら……」
寒いから暖めてとかムードある誘い方が出来たら良かっただろうか。それでも、これが今の私には精一杯なわけで。
私は、ロイの反応を確かめるべく顔を上げる。しかし、そこには険しい表情のロイがおり私を庇うように抱き込むとすみません、と小さく呟いた。
そして、次の瞬間私とロイに向かって走ってきた黒い何かはギラリと光る銀色のナイフをロイの背中に突き立てた。
それは一瞬のことで、私は瞬きすら出来なかった。その一瞬で、私の瞳には鮮血が舞い散る様子が映る。
「――――ロイッ……!」
「シェリー……さま、は、だいじょう、ぶですか?」
私にもたれ掛るように前へと倒れるのを必死に堪えたロイは、その美しい顔を苦痛に歪めながら掠れた声でそう言う。
だが、その後すぐにそのワインレッドの瞳を閉じ力なくその場に崩れ落ちてしまう。
ロイは、地面に倒れたまま動かない。それどころか、呼吸をしているのかも分からない。
ドクンドクンと心臓の音が煩くて、頭が痛くなり吐き気がした。どうして、どうして、こんなことになったのだろう。
歪み霞む視界、それは降り出した雨によるものだったか、涙だったか分からず私は声がかれるまでずっとロイの名前を叫び続けた。寒い、寒い、暗い雨の夜に私の声が虚しくこだましていた。
***
「傷口は思ってより浅いけど……これは、毒だね。ある程度は中和して、進行を遅らせているけどどうなることやら」
「そ、そんな!ロイは……ッ!」
遠方から駆けつけてくれた赤髪の魔女カーディナルは、ベッドで死んだように横たわるロイを見て首を横に振った。
あれからどのようにして屋敷に帰ったのかは分からない。
酷く雨に降られていたのは覚えている。そのせいで、私も二日寝込んでしまい、その間もロイが死ぬんじゃないかという悪夢に魘され生きている心地がしなかった。
そんな私とロイの話を聞きつけ、カーディナルはわざわざ様子を見に来てくれロイの診療もしてくれた。今は脈は安定しているもののいつ目覚めるか分からない状況らしい。もしかすると、毒の周りが早くなり死ぬ可能性もあるのだとか。何にしろ結論づけることは出来ず、毒も解毒薬がないらしく魔法では進行を遅らせる程度しか出来ないと。
「まあ、ロブロイの身体は普通の人間よりかは丈夫だからすぐに死ぬことはないだろうけど……この状況が続くとどうなるか」
「助ける方法はっ、助ける方法はないんですか!」
と、私はカーディナルの服を掴み必死に叫んだ。
しかし、彼女は目を伏せると申し訳なさそうに眉を下げて首を振るだけだった。
私は、力が抜け膝から崩れ落ちる。
そんな、嘘でしょ?なんで、どうして、ロイがこんな目に……?
絶望感が胸に広がる。呼吸器が上手く動かなくなり、ひゅうひゅう……と口からは変な息が漏れ出た。
私は、ただ呆然と涙を流すことしか出来なくて。そんな私を見てお父様は優しく肩を抱いてくれた。この年になってこんなに泣くことが出来たのかと、それと同時に悔しくて苦しくて胸が張り裂けそうになった。
「ロイ君を襲った奴に心当たりはないのか?」
と、お父様は口を開き、カーディナルに尋ねた。
するとカーディナルはそうだね。と顎に手を当てながら考え込みぽつりぽつりと話し始める。
「心当たりはあるよ。というか、ロイを刺したあの短剣に家紋が刻まれていたからね……おそらく、ロイの一族を毛嫌いしているキューバリブレ伯爵の差し金だろう」
「キューバリブレ伯爵か……あまり、良い噂は聞かないな」
「ど、どういうことですか?」
お父様とカーディナルはそのキューバリブレ伯爵とやらを知っているようで、頭を抱えていた。
悪い噂とは何かとお父様に尋ねれば、お父様は口ごもった後、麻薬の密売や人身売買その他汚い裏取引などを行っている家らしい。だが、それはあくまで噂で証拠がつかめていない以上、捕まえることは出来ないのだとか。
「そのキューバリブレ伯爵に会えば、解毒薬が手に入るんですかッ!?」
「可能性は、ない……とは言い切れないね。いや、この際それに賭けるしかないかも」
そうカーディナルは言うと、お父様と目配せし私の方を向き直った。
お父様はそれはもう苦しそうな顔をして、私を抱きしめたが私はどんな方法を使ってでもどんな危険を冒してでもロイを救う今年か頭になくカーディナルを真っ直ぐとみた。
「危険だよ?アタシはついていってあげるけど本当に……」
「それでもいいです。危険でも!ロイが助かる方法があるのなら、私は」
「そうかい……ということだよ。公爵様。アンタの娘はアタシがこの身を持って守るから、キューバリブレ伯爵の所に行かせてくれ」
カーディナルは深々とお父様に頭を下げると、私も一緒に頭を深く下げた。
すると、お父様は小さくため息をつくと分かった。と了承してくれた。
「ただし、私の娘に万が一のことがあれば、帝国の英雄とも言われる魔女とは言えただではすまないと思え」
「分かったよ。娘思いの良いお父さんだ」
そうカーディナルは呟き、私の手を引きロイを部屋に残し作戦を話すと部屋を移動することとなった。
「……行かないで、シェリー様」
ぽつりと消えるような声で呟いたロイの声は誰の耳にも届かず消えていった。
***
「本パーティーでは、仮面を付けての入場となっております。また、皆さまにお願いがございます。決して、この会場内では身分を明かさないようにお願いします」
と、案内係の男は言った。
私とカーディナルは目元だけが隠れる仮面をし、案内係の男の後を遅れないように追う。
「か、カーディナルさん!潜入先って本当にここなんですか!」
「言ってたじゃない、キューバリブレ伯爵はこういうのが好みなんだって。地下でパーティーを開いてはいろんな取引やらなんやらをしてるのよ」
こそっとカーディナルは耳打ちし、そういえばそうだったと私は思い出す。
だが、本当にここにキューバリブレ伯爵が、解毒薬があるのだろうかと私は不安になってきた。しかし、今はカーディナルの情報を彼女を信じるしかないと思った。これも、すべてロイの為……でも――――
「こ、このドレスには何の意味が!?め、目立ちすぎなのでは!?」
「大丈夫よ。中にはもっと凄い人達で溢れているだろうから。質素なドレスだったら逆に悪目立ちしちゃう」
「それをいうなら、このドレスの方が……」
私が着ているのは、真っ赤な薔薇のようなドレスで胸元と背中ががっつり開いており、正直とても恥ずかしかった。
しかも、スカート部分はスリットが入っているのか歩く度に足が見えてしまい、これじゃあ角度によっては下着が見えるのでは?と羞恥心が込み上げてくる。
これは果たして、公爵家の公女が着ていても良いものなのだろうか?
いつもならこんなドレス絶対に着ないのにと、カーディナルを見るがカーディナルもカーディナルで、黒を基調とした露出度の高いドレスを身に纏っていた。私より着こなしている。スタイルも良いし、その美しいくびれとすらっと長くほどよい肉付きの足には女性である私でも思わず二度見してしまうほどだ。
そんな私を見てカーディナルはくすりと笑い、私の肩に手を置いた。
「大丈夫、シェリーちゃんとっても似合ってるから。それよりも、前見たときよりも胸が大きくなって。ロブロイに育てて貰ったのかな?」
「い、言わないで下さいッ!セクハラですよ!」
そして、耳元で囁かれた言葉に私は頬を赤く染めてしまう。
自分でも最近肩がこるなあと思っており前よりもドレスがきつくなっている……太ったとかではなく胸あたりがと思っていたので、カーディナルの言葉につい反応してしまった。
だって、多分確かにその通りだから。
すると、カーディナルはくすりと笑うと、私から離れていく。私はというと、胸を両手で隠しながらカーディナルを追いかけた。
そして、暫く階段を降りていくと大きな扉が見えてき、案内係の男はその前で立ち止まると、私たちに向かってどうぞ。と中に入るように促した。
中に入ると、そこは煌びやかな世界が広がっていた。
シャンデリアは白ではなくどことなく赤いようなピンクいようなどことなくエロチックで、甘い匂いが充満していた。床は大理石のようにつるりとしており、靴音が響き渡る。まるで舞踏会のようだと私は思った。地下にこんな場所があったなんて。
会場にはカーディナルの言ったとおり私達よりも派手で煌びやかなドレスを着た女性もいれば、燕尾服を着た男性もおり、そして何故か猫の被り物をした人もいて。異様な光景だった。
そこにはたくさんの仮面をつけた男女がおり、みな一様に楽しそうに会話をしていた。
「うっ……」
「シェリーちゃん、あまり深く吸いこまないでね。お酒の匂いじゃなくてドラッグかも知れない」
「え……カーディナルさんは大丈夫なんですか?」
私は口元を手で覆い、深呼吸するのをやめると心配そうにカーディナルを見た。
カーディナルは私と違って特に顔色を変えることもなく平然としており、私の腰を抱いて守るように歩いてくれる。頼れる姉御という感じがしてときめいてしまう自分がいる。
やはり彼女のような魅力的で強い女性になりたい。
私はそんなことを考えていると、会場の奥の方から一人の男性が近づいてきた。
男は仮面をつけており、顔は見えないが背が高く、細身だが筋肉はしっかりついているようで、恐らく私よりも年上だろう。
「このパーティーには初めて出席されるのですか?」
「ええ、以前から気になっていましたの」
と、カーディナルは偽物の笑みを貼り付けて男性に微笑みかけた。男性は、一見紳士かと思っていたがカーディナルの身体を舐めるような目で見ており、確実に下心があるなと私は判断し、私は仮面で顔が見えないことを良いことに男性を睨み付けた。
すると、それに気づいたのかはたまたただ視線に気づいただけなのか仮面を付けた男性は私に話しかけてきた。
「失礼、レディ。貴女の美しさに見惚れていました」
「あ、ありがとうございます」
私はその言葉に内心舌打ちをした。
この男は美しさに見惚れていたと言ったが実際胸やら尻やらしか見ていない。今すぐにでも変態!と叫んで平手打ちをかましてやりたかったがグッと堪え私もカーディナルと同様に笑みを貼り付ける。ねっとりとした視線に耐えきれず私は俯いてしまう。
「この後、ダンスが始まるのですがよければ一緒に踊りませんか?」
「ごめんなさい、私ダンスは苦手で」
「では、その後二人きりでお話しをしましょう」
「すみません、これから用事がありまして」
「そんなこと言わずに、少しだけでも。さぁ、こちらへ」
と、男は私の腰を掴もうと手を伸ばした瞬間すかさずカーディナルが男の腕を掴んだ。
「アタシでいいなら、相手するよ?ダンスでも勿論、飲み比べでも」
そうカーディナルは甘いようなでも何処か棘のあるような声で男に囁くと、男は満足したようににんまりと笑い、そして私達にウインクを飛ばして去っていった。
私は思わずほっとする。あの男の相手をするのは嫌だったから助かった。
すると、カーディナルは私に耳打ちをする。
「目立たないようにするために、一曲誰かと踊ってきな。それから、会場を抜けて廊下に出るんだ。後は作戦通りに、ね?」
「え、え、一曲誰かと踊らないといけない……んですか?」
と、私が不安げに聞くとカーディナルは私の頭を撫でて安心させる。
そして、カーディナルは私の背中を押して早く行きなと急かす。先ほどの男はカーディナルが相手をしてくれるらしく、私は仕方なく他の男性を探すことにする。といっても、どの男性も女性に向ける目は下心見え見えのもので正直言って気持ちが悪かった。他に見るところがあるだろ!と言いたいが、生憎このパーティーは仮面で顔をかくし見えるところと言ったら胸やら尻だろうし、こんな所でない面を見てくださいなんてとてもじゃないけど言えないし、それを別にここの人達は求めていないだろうと思った。
「どうしよう……でも、踊らないと怪しまれる」
そんな風に会場内をうろうろとしていると複数の男性が私の方へ寄ってきて、一人の男性に肩を抱かれると強引に引っ張られた。
私は慌てて抵抗するが、力が強く振りほどけない。
私は助けを求めようと周りを見るが誰も助けてくれず、それが当たり前であるかのように私を無視しお酒を飲んだり会話をしたりしている。
「離してください!」
「まあまあ、そう怒らずに。君、名前は?」
「名前なんて貴方には関係ないでしょう!?」
「あるさ、君の事が気に入った。僕と付き合ってくれれば一生不自由させない」
と、私の意見を無視しその男性は私に言い寄る。
ここは我慢して一曲踊るべきかと思ったがその男性の手が私の太ももに触れようとした時「すみません」と男性の後ろから声が聞こえ、男性は振返る。
そこには狐のような仮面を付けた男性がおりその仮面越しでも、私を掴んでいる男性を殺さんとばかりの鋭い目で睨み付けていることが分かった。男性はその狐仮面の男に怖じ気づく。
「彼女は俺と踊る約束をしていたんです。俺が目を離した隙にはぐれてしまって」
ですよね?と狐仮面の男は同意を求めるように私に聞いてくる。
そんな覚えもないし、この男性とは今あったばかりだしとぐるぐると思考は巡りに巡っていたが、この人なら信頼できる。と別に何か根拠があるわけでもないのに私は、コクリと頷く。
「そんなの早い者勝ちだろ!」
と、男性は食い下がる。しかし、狐仮面の男は怯むことなく、むしろ威圧感を出しながら男性を睨み付ける。
男性はその迫力に負けて、私を手放すと逃げるようにその場を去った。
私はほっと息をつく。
すると、狐仮面の男は大丈夫ですか?と優しい声色で私の顔をのぞき込むように腰を曲げた。
「あ、ああ、えっと大丈夫です。助けてくれてありがとうございました!」
私は慌ててお礼を言い頭を下げる。
この人は悪い人では無いと思う。けれど、このパーティーに出席している以上はただ者ではないと思う。私はお辞儀をしてすぐに離れようとするが腕を引っ張られ引き留められる。
私はびっくりして思わず声を上げそうになるが、それは目の前にいる男によって阻止される。
「レディ、俺と踊ってくれませんか?」
「え、えっと……」
私はちらりと横を見ると男は微笑んでいて、私はどうしたらいいのか分からず困ってしまう。
でも、何処か懐かしいようなこの雰囲気というか空気を知っているようななんとも言えない気持ちになり私は男性を見た。仮面の奥で覗く瞳は色さえうかがえなかったが熱を帯びているようで、やはりその視線というか向けられている感情は私のよく知っているものな気がした。
(どこかであった気がするんだけど……気のせい?)
確かに、この男ならさっきの男性よりかは信用できるかもしれない。それに、踊りたいと思っていたし、丁度いい機会だ。
(これも、ロイの為よ……!ううぅん、でもごめんね、ロイ!)
私は心の中でロイに謝りつつ男性の手を取った。すると、タイミング良く曲が流れ初め、私は誘われるがままに踊り始める。
ダンスなんて久々だったけど意外と体が覚えていて、私は男性の動きに合わせて動く。
違う、男性が私をリードしてくれているんだ。
(私のリズムに合わせてくれている……?そんなこと、出来るの?)
「……そんな熱烈な視線を送られたら、期待してしまいますよ」
「あ、いやごめんなさい。そういうつもりじゃ」
「分かってますよ。でも、恋人がいるのならこんな所に来ちゃダメです。今すぐに帰るべきですよ……貴方の恋人が嫉妬してしまう」
と、仮面の男は優しいながらに少し強い口調で言った。
だが、私も目的がありここに来たからそれは聞けない相談だと聞き流す。そうしてダンスも終わり、私は逃げるように仮面の男から離れた。
それでも、握られた手の感触とか匂いとか。それら全てはやはりよく知っているものな気がして私は少しモヤモヤとした気持ちを抱えながら廊下に出た。
(気のせいよ。だって、彼は……)
***
廊下に出、カーディナルに教えて貰った部屋を探し、慎重にその部屋のドアを開け中に入ることに成功した。
部屋の中はホテルの個室といった感じでソファーやテーブルなどが置いてあり、どうやら休憩室として使われているようだ。
私は辺りを見渡してから、仮面を外すと大きなため息を吐いた。
(やっと、落ち着ける……でも、もう時間がないわ。急がなくっちゃ!)
部屋は暗闇に包まれライトがなければ捜し物も探せないと思ったが、ここでライトを付ければバレてしまうのではないかと思い手探りで解毒薬を探すことにする。しかし、探し始めた途端部屋の扉がバタンとしまり誰かが入ってくる足音が聞えた。
「小さなネズミが入ってきたと思ったら、これは上物だ」
そう言って現れたのはこのパーティーの主催である人物で、ロイを襲った奴らの雇い主であるキューバリブレ伯爵だった。
私は咄嵯に仮面をつけようとしたが、その前に手を掴まれてしまい仮面を床に落としてしまった。
キューバリブレ伯爵は私を舐め回すように見ると、口角を上げて笑った。その表情は下卑たもので私は恐怖で震え上がる。
「これはこれは、アクダクト家のご令嬢様じゃないですか。確か名はシェリーといったか」
そう言ってキューバリブレ伯爵は私の手を掴み乱暴に近くにあったベッドへ投げると、そのまま馬乗りになって私を押さえつける。
私は必死に抵抗し、逃げようと試みるがびくともしない。
「それで、シェリー嬢は何故ここに?まかさ、私に会いに来たとでもいうのかい?」
「……解毒薬は」
私は睨み付けながら言うと、キューバリブレ伯爵は鼻で笑いながら私のドレスを捲る。
私はその行為に驚いて声を上げると、伯爵はニヤッと笑う。
「ああ、あの悪魔のことか。可哀相に、あの悪魔にすっかり騙されてしまっているんだね。大丈夫、私がその魔法を解いてあげるからね」
言っている意味が分からない。
「悪魔!?ロイはそんなんじゃないわよ。確かに、彼は悪魔と人間のクォーターかも知れないけど……でも、悪魔はこの帝国を救ったのよ。それを嫉んで追い詰めて」
「いい、いい。君は何も知らないんだ。騙されている。悪魔の血を引く人間は、私達人間を見下し嘲笑う。忌むべき存在だ」
そう言い、私の胸元に手を伸ばしてくる。私はそれを叩き落として叫ぶ。
すると、キューバリブレ伯爵は顔をしかめて私を見る。
「ふんっ、威勢が良いのはいいが、そろそろ観念したらどうだ。なあに、優しくしてやるさ。君のことは以前から気になっていたんだよ。皇太子殿下に婚約を破棄されて今は婚約者がいないそうじゃ無いか。私は、その穴を埋めてあげようとしているんだよ」
「私には将来を誓った婚約者がいるわ!それに、貴方だって奥さんがいるはず……!」
そう私は抗議するが、伯爵はまた私の服を捲ろうとする。
私は必死に抵抗するが、力の差がありすぎてどうすることも出来ない。
このままでは本当に犯されてしまうと思い、私は泣きそうになる。
「いやだ……助けて」
「フフ……誰も助けに来ないよ。君を助けたがる人なんていないんじゃ無いか?さあ、私のものになりなさい」
そう言われ、私は絶望する。
やっぱり、私なんかを助けてくれる人はいなくて、これから私はこの男に汚されるのかと思うと涙が出てくる。
「ロイ……」
私は目を閉じ、愛しの恋人の名前を呟き諦めた時だった。
バンっと大きな音を立てて部屋の扉が開かれ、真っ暗だった部屋にまばゆい光が差し込んだ。伯爵は何だと扉の方を向くと扉の方から一本のナイフが飛んでき、伯爵の肩に直撃した。
「ぐあああッ……!」
伯爵はそのままベッドから転がり落ち、床でのたうち回る。コツコツ、と誰かが部屋に入ってくる音が聞える。そして、その音がピタリと止み私は顔を上げる。
「その汚い手で俺の大切な人に触れないでください」
「ロイッ!」
その声を聞き、私は思わず涙が溢れた。
これは夢?と私が何度も瞬きをしていると、部屋に入ってきたロイは私に来ていた上着を被せてくれた。床にはあの狐のような仮面が落ちているのを見て、ああ矢っ張りと私は胸をなで下ろす。
そして、ロイは私の方を見て微笑みかけるとすぐに伯爵の元へ歩いていく。
私はそんなロイの後ろ姿を見ていると、伯爵が怒り狂って叫び出す。だが、ロイは動じず淡々と話し始める。その声は感情がこもっていないように思えたが、怒りや殺意を孕んでいるようで私の背筋はゾッとする。
「俺だけでは飽き足らず、俺の大切な人にまで手を出して……どういうつもりですか?」
「貴様あああ!汚れた血の化け物めッ……!強力な毒だったというのに、何故動けている……!?解毒薬はここに……」
「貴方には関係無いことです。はあ……煩いですね。その口切り落としましょうか?」
「……ひいいッ!」
そう言ってロイはどこからか取り出した短剣をチラつかせる。
伯爵はさっきの態度とは一変し、がたがたと震えだしナイフが刺さった肩を押さえなから後ずさりする。
「ゆ、許してくれ!」
「……それ、俺じゃなくてシェリー様に言って下さいよ。まあ、言ったところで俺が許さないので意味ないですけど」
ロイはそう言って私を強く抱きしめた。
抱きしめられただけで安堵し、その温もりにずっと浸っていたくなる。
ロイはそんな私を見て安心したのか伯爵に向き直り、ナイフの先端を伯爵に向けた。逃げ場を失った伯爵は懇願するように頭を床に擦る。
「何でもする、何でもするから許してくれ。ここに解毒薬だって!」
「何でもするなら、死んでくださいよ。不快です……ですが、貴方のやったことは死だけでは償えない」
と、ロイはナイフを握り伯爵を殺そうと振りかざしたが私は待ってとロイをとめた。
ロイは、何故?と言ったような表情で私を見る。しかし、そのワインレッドの瞳にはもはや殺意と怒りしかなく私でとめられるのかと不安になる。
だけど、私はロイが感情にまかせて人を殺すところを見たくない。
この人がどれだけの罪人であっても、法で裁かれるべきだと。
「殺しちゃダメ、ロイ」
「何故ですか?」
「……この人は法で裁かれるべき……だし、ロイが人を殺しているところ、見たくない」
そう私が言うと、ロイは下唇から血が滴るほどギュッとかみ、分かりました。とナイフをおろす。
それにほっとしたのか伯爵は顔を上げるが次の瞬間、ロイの蹴りが伯爵の顔面に直撃し、彼は壁へ強く打ち付けられた。
「……今回はこれで許します。もう、二度と俺たちの前に現われないでください」
と、ロイは言い放ち泡をふいて気絶してしまった伯爵を見下ろした。
いささか、これもやり過ぎなのでは?と思ったが、彼なりに抑えたのだろうと私は思い、ありがとうと感謝を述べようとしたとき、ロイはふらっと私を支えていた腕を放し横に倒れた。
「ろ、ロイッ!?」
倒れたロイに駆け寄ると、彼の額には汗が滲んでおり苦しそうな表情でうなだれていた。
もしかすると、無理をしてここに来たのかも知れない。と私は察し、会場にいたカーディナルを呼びロイを運びつつ警備隊を呼び、この会場にいた貴族達を全員取り押さえたのであった。
***
「……心配かけました」
「ほんとだよ、ロイ……私、私……ロイが死んじゃうのかと思って」
後日、解毒薬の効果もありすっかり良くなったロイは改めて私に頭を下げてきた。
今回の被害者はどちらかというとロイなのに、わざわざ私が安心するようにと頭を下げ謝罪の言葉を述べた。
でも、私からしたらそんな謝罪の言葉よりも彼が生きていてくれるだけで良いのだと伝えると、ロイは泣き出しそうな表情になり私を抱きしめた。
どうやらロイは、あの仮面パーティーに潜入することをもうろうとする意識の中聞いており慌てて私達の後を追ってきたという。カーディナルの魔法で毒が中和されていたとはいえ、まだ完全に回復したわけではなかったため、伯爵を蹴り飛ばした後倒れてしまったらしい。
全く無茶をすると私はロイをしかりつけたが、彼はシェリー様だって、とふて腐れたように言い返してきた。
「あんな無茶な真似もうしないで下さい……他の男に襲われたり、触られたり……あの会場にいた男全員の首が飛ぶところでしたよ?」
「怖いこと言わないでよ。だって、それぐらいロイを心配して……」
「あんなのカーディナル一人いれば十分解毒薬を持って帰ってこれた」
と、ロイはかなり怒った口調で言った。
曰く、カーディナルは恋人に試練はつきもの。と親指を立てていたとか。
そりゃ、帝国の英雄とも言われる魔女だ。思えば、簡単に解毒薬ぐらい持って帰ってこれそうなものだと私は今更ながらに思った。
そのせいで、私は怖い思いをしたわけだし……
(魅力的な女性ではあるし、目標ではあるけど、嘘つきな魔女なのね)
そう、私は心の中でカーディナルにブーイングを言いつつ改めてロイの顔を見た。
もうあの時のような死にそうな顔でも、殺意で満ちた恐ろしい理性のない獣の目をしているわけでもない。
いつもの、私を愛おしそうに見つめてくるロイだ。
私は、そう思うと安心して彼に寄りかかった。
「シェリー様」
「……良かった、本当に」
彼の心臓の音を聞いているだけでも涙が出そうなほどに私は安心している。
そんな私をロイは優しく抱きしめると、本当に優しい口調でゆっくりと言葉を紡いだ。
「言ったじゃないですか、生きるときも死ぬときも一緒だって。貴方を一人にしないって」
「ロイ……」
「俺はカーディナルじゃないんで、嘘はつきません。それに、俺が貴方の側にいたいから生きるんです。生きる理由があるんです」
と、ロイは何度も言った。
私が生きる理由だとか、一緒に生きるだとか。やっぱり、プロポーズなのではないかと思ってしまう。
何度も愛の言葉を囁かれたが、こう死ぬかも知れないという状況を乗り切ってからの言葉だと重みが違う。
私はロイの唇に指を当て、その形を確かめるように触れ、彼の唇に自分の唇を優しく押し当てた。それに答えるようロイは私の腰を抱き寄せてキスを深くする。
ああ、このまま溶けてしまいたい。
この人ならきっと私を置いていかないし、置いていったとしても追いかけてきそうだし……なんて思いながら私は彼に身をゆだねる。
だが、ロイの手が私のドレスの中に侵入しそうになったところで私はふと我に返る。
「ま、待って!」
「何でですか?そういう雰囲気だったじゃないですか」
「え、え、でも、だってロイは病み上がりだし!」
私はそう抗議するが、ロイはきょとんとした顔でダメですか?と私に訴えてくる。
また、耳がぺたんとなってる……と思いつつ、その可愛いおねだりをするような子犬の顔に私の母性はくすぐられる。が、ここで許してしまったら、彼は私を貪り尽くすだろう。
そう、まだ彼は病み上がり。またぶり返して身体に何かあったらそれこそたまったものじゃない。
「でも、合計で五日もシェリー様を抱けていないんです」
「それぐらい頻度を開けても良いんじゃない?それこそ、私が死んじゃうよ」
それは嫌ですけど。と、ロイは呟きながらまだ諦める様子はなく、ドレスに忍ばせた手を徐々に上下に動かしていく。
その手つきがあまりにもいやらしく、私までそういう気分になってきたためこれはいけないと彼の胸板を押す。だが、勿論びくともしない。
「シェリー様は俺の事欲しくないんですか?」
「そういうこと、じゃなくてっ……!」
さわさわと私の太ももを撫でるロイ。
もう、本当に完治しているんだと思うと安心はするが、今は別の意味で安心できない。
でも、私だってしたくないわけじゃないし、ロイが欲しくないわけでもない。寧ろ、欲しい……
(って、何考えてるの私ッ……!欲求不満みたいな!)
私はブンブンと首を横に振り、ロイを見上げた。
ロイはじっと熱の籠もったワインレッドの瞳で私を見つめている。そんな瞳で見つめられるとやはり流されやすい、彼というお酒に酔わされやすい私はこくりと首を縦に振ってしまう。
「よる……夜まで、待って。今はダメ」
「……分かりました。でも、今日は五日分抱かせて下さいね?」
と、ロイは不敵に笑う。
五日分なんて、矢っ張り私を殺す気なんじゃ!?と私は内心がたがた震えつつ、ほんの少し……いや少しだけ夜が楽しみだなあとか思ってしまうわけで。
そうして私達は再び口づけを交わし、生きていると実感しながら屋敷に戻るのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(略)泥酔悪役令嬢の番外編でした!
もしよろしければ、ブックマークと☆5評価、感想……レビューなど貰えると励みになります。
他にも、連載作品、完結作品、短編小説もいくつか出しているので是非。
今回は、ロイ君ピンチ!?という感じて書きましたが、ピンチだったのはシェリーちゃんの方でしたね……
さすがロイ君でした。
少し長めな回になりましたが、一応は1万文字前後で書けたらなあと思っています。
次回の第6弾も頑張って書き進めている最中です。
予告をすると、ロイ君にまたもやライバル登場!?です。
短編のシリーズ作品で、書いている私も楽しいのでまだまだ続く予定です。
そろそろ、マンドラゴラ達も書き進めなければ……
それでは、次回作でお会いしましょう。