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「あかん、ヤバいヤバい」
俺はそうつぶやきながら、厩舎に向けてバイクを走らせる。とはいっても、栗東トレセンの構内は馬優先だから、もちろんそんな高速で移動できるわけじゃない。
「なんで二度寝したんや、俺」
俺は自分にそうつぶやく。
まさかベッドの上でそのまま寝オチしてしまうとは――。
おまけにスマートフォンの電池は、充電したものの残り一ケタしかない。
そして俺は安全運転を心がけ、厩舎のそばにバイクを止めた。
「おはようございます」
俺は馬房の中に入ってからそう言おうと思ったが、馬房の前ではもうすでに、調教を行う馬の乗り運動が始まろうとしていた。
そこには茨木さんと、芥川先生の姿があった。
俺はその二人に見つからないように、調教用のゼッケンと鞍を乗せたデウスエクスマキナの影に隠れる。俺はそのままバレないように、馬房の中のロッカーまで動いていく。
すると突然、マキナが俺のいる方向に振り向いた。
あ、ヤバい。マキナと目が合っちまった。
「どしたん、マキナ」
そんな声が聞こえたと同時に、茨木さんも俺のいる方向に振り向いた。
「おう、風早。おはようさん」
茨木さんは俺に大きな声でそう言うと、
「風早?」
と、芥川先生の声が聞こえてきた。
――うん、死んだな。俺。
直後、芥川先生が俺に近づく足音が聞こえてきた。
このままだと俺は先生に殺される。でも逃げたら、確実に息の根を止められる。
どのみち俺が無事ですむはずがなかった。
「颯也、今何時か言うてみい」
芥川先生は中腰状態の俺を見下しながらそう尋ねた。
「……だいたい五時二十分、ですよね」
俺は先生となるべく視線を合わせないようにそうつぶやくと、
「何遅刻しとんねん。今日は美浦からウチの馬に乗りに来たヤツもおるんやぞ。それがお前のせいでスケジュール狂う寸前やったわ。それなのにお前、あいさつも謝罪もなしか」
と、先生は俺に諭すようにそう言った。
「いやあ、あのですね。スマホの充電が切れててアラームが鳴らなかったと言いますか、なんと言いますか……」
俺がどもりながらそう言うと、
「言い訳するヒマがあんならさっさと調教の準備してこいや」
と、先生は声を荒らげて俺にそう言った。
「すみませんでした」
と、俺は思わず叫びながら馬房のロッカーを目指して走る。
最悪な一日の始まりだった。




