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ファンファーレ  作者: 菅原諒大
第七章 逆襲
89/100

7-3

 初めて競馬場に行った日のことを、俺は今でも鮮明に覚えている。

 しかもそれは阪神競馬場でも京都競馬場でもなく、『日本ダービー』当日の東京競馬場だった。

「はあ、やっと座れる思たのに、こんなに人おるんか」

 東京競馬場の最寄り駅、京王線の府中競馬正門前駅から帰りの電車に乗ったお袋が、ふとそんなことを言った。

「は? ダルいて」

 姉貴がそう呟いたちょうどそのとき、電車のドアが閉まり、それからゆっくりと発車した。

 まだ若かったお袋と、まだ小学生だった俺と姉貴は、そのまま電車にゆられながら、ドアの近くによりかかった。

「それにしても、父ちゃんも人使いが荒いよなあ。仕事なんは分かるけど、だからって代わりに競馬見てきてほしいって」

 お袋がそう言うと、

「てか、競馬なんて父さんの趣味やろ。なんで無関係なウチらが巻き込まれなあかんねん。せっかくの東京旅行が半日台無しやわ」

 と、姉貴が不満をもらした。

 親父は普段、大阪を中心に活動しているのだが、今日は東京の方でテレビ番組の収録があり、どうしても抜け出せない用事だった、と後でお袋から聞いた。

 それがたまたま『日本ダービー』とかぶってしまい、ダービーを録画してきてほしいと親父に頼まれ、俺たちは一台のビデオカメラと交換用の電池、それから三人分の入場券を親父から渡されたのだった。

「とにかく、母さんちょっと座りたいわ。競馬場って自由席ないんやな」

「それより、なんでジョッキーって他の男よりチビなのが多いんやろ。顔はええのにもったいないわ」

 お袋と姉貴がそれぞれに愚痴をこぼしているとき、俺はただ黙って、ビデオカメラで撮った映像をひたすら眺めていた。

 それまで先頭を走っていた18番を、大外から覆いかぶさるように3番がそれを交わしていく。それが起こったのが、俺たちの立っていた場所の目の前だった。そして3番は、そのまま一着でゴールした。

 俺はその様子を、お袋にだっこされながらビデオカメラに収めていた。

「俺、ジョッキーになりたい」

 俺がビデオカメラの映像を見ながらそう言うと、

「は?」

 と、お袋と姉貴が同じタイミングでそう言った。

「どうしたん、急に。人でも変わったんか」

 お袋がそう言った直後、

「ウチは嫌やで、弟がチビになるの。チビでブサイクってなんの取り柄もないやん」

 と、姉貴が俺にそう言った。

「なんやねん、お前。失礼な」

 俺が姉貴にそう反論すると、

「やめなさい、聖奈(せいな)。弟にそんなこと言う子は大人になっても結婚できへんで」

 と、お袋が姉貴にそう叱った。そして今度は、

颯也(そうや)も、お姉ちゃんにお前なんて言わないの。そんなこと言うから女の子にモテないんやで」

 と、俺も叱られた。

 その直後、俺は目を覚ました。

「なんやねん、夢オチかい」

 俺はそうつぶやいて、ベッドから身体を起こす。俺は枕元においていたスマートフォンを手に取り、時間を確認しようとした。

「あ、充電切れとる」

 俺はそう言って、スマートフォンをベッドの上に放り投げる。そのまま俺はため息をついて、もう一度ベッドの上にボフッとたおれこむ。

 俺はそこで仰向けになりながら、両腕を頭の後ろに組んで、しばらく天井を見上げていた。

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