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ファンファーレ  作者: 菅原諒大
第五章 夢見る少女じゃいられない
68/100

5-9

 私と近江さんがローレルとスパークルに騎乗したまま厩舎に帰ると、優介さんと水川(みずかわ)さんが厩舎の前で待機していた。

「戻りましたあ」

 近江さんがそういうと同時に、優介さんと水川さんが馬銜(はみ)に掛けるリードを持って来た。優介さんと水川さんがローレルとスパークルにそれを掛ける。そして私はローレルから、近江さんはスパークルから下馬した。

「風花ちゃん、お疲れ。どうやった、調教の方は」

 水川さんはスパークルにリードを掛けながら、私にそう言った。

「どうやったも何も、やっぱローレルは化け物やで。また最初の二〇〇メートルで十一秒台出しよったわ」

 私の代わりに、近江さんがそう答えた。

「しかし、ローレルも牝馬なんやから、もっと気性が荒いもんやと思っとったけどな。よう風花ちゃんの言うこと聞くわ」

 優介さんが、リードを掛けたローレルを引っ張りながらそう言った。

「そりゃあお前、風花ちゃんが牝馬をも虜にする程のべっぴんさんやからやないか」

 水川さんが優介さんにそう言った。

「何すかそれ。まあ、俺も風花ちゃんの可愛さは認めますけど」

 優介さんが水川さんにそう言った。

「ローレルが聞き分けのいい賢い子ってだけですよ」

 私は優介さんと水川さんにそう言う。

「風花ちゃん、馬の乗り方上手だからね」

 ふと誰かがそう言う声がした。

「そうそう、俺も風花ちゃんに鞭で叩かれたい……ってフェラーリ、お前いつの間におったんや」

 水川さんは驚きながら、その声がした方に振り返った。私も振り返ると、そこにはフェラーリ先輩がいた。フェラーリ先輩はJRAの通年免許を取得した外国人騎手の一人だ。七年程前にイタリアからやって来たが、日本語が堪能で聞いていて違和感のない話し方をする。フリー騎手ではあるが、お手馬との関係上こうして度々馬場厩舎に顔を出していた。フェラーリ先輩の背の高さは私とほとんど変わらないが、それでも全体的に短く整えられた髪型が、ヨーロッパ人特有の鼻の高い顔によく似合っている。

「さあ、いつからだろうね」

 フェラーリ先輩は水川さんにそう言った。

「フェラーリさん、これから調教っすか」

 優介さんがローレルの顔を撫でながらそう尋ねた。

「調教っていうか、これからデートして来るんだ。風花ちゃんと」

 フェラーリ先輩が優介さんにそう答えた。

「え、フェラーリと風花ちゃんがデート? そ、それってどういう……」

 水川さんが動きを固くしながらそう呟いた。

「併せ馬のことや、馬鹿たれ」

 近江さんが水川さんにそう言った。

「そのデートに必要な白馬が二頭、まだ来ないんだよねえ」

 フェラーリ先輩は私に向かって、右目だけ瞬きをしながらそう言った。

「臭い台詞吐くなや、プレイボーイ」

 水川さんがふとそう呟いた。

「どうしたんすか、こんなに集まって」

 ふとそんな声がした。私が振り向くと、そこには辻本(つじもと)さんと駿介(しゅんすけ)さんの姿があった。フェラーリ先輩との併せ馬で騎乗するダイヤンフライヤーとコガラシイチゴウを引いて来ていた。

「水川が風花ちゃんに鞭で叩かれたいらしいわ」

 近江さんが水川さんを指差しながらそう言った。

「ちょ、近江さん」

 水川さんが動揺しながら近江さんにそう言った。

「うわ、セクハラっすね」

 辻本さんは水川さんにそう言った。

「妻子持ちがそんなん言っていいんすか」

 駿介さんは水川さんにそう言った。

「お前らじゃじゃ馬よろしく蹴っ飛ばしたろか」

 水川さんが辻本さんと駿介さんにそう言った。

「馬場先生に通報されたいんならどうぞ」

 駿介さんはそう言って、フライヤーをフェラーリ先輩の傍まで引いていく。辻本さんも、駿介さんに続いて私の傍にコガラシを引いて来た。

「ありがとう、優介君」

 フェラーリ先輩は駿介さんにそう言った。

「いや、俺は優介やなくて駿介です。何回目ですか、もう」

 駿介さんはフェラーリ先輩にそう言った。

「ごめんごめん。それじゃあ風花ちゃん、行こっか」

 フェラーリ先輩はそう言って、私の前で片膝を突いた。そして私の右手を手に取り、そのまま私の手の甲に口付けをする。

「ちょちょちょちょ、何しとんすかフェラーリさん」

 辻本さんはフェラーリ先輩にそう言った。

「おいバツイチ、調子こいてんちゃうぞ」

 水川さんはフェラーリ先輩にそう言った。

「おお、怖い怖い」

 フェラーリ先輩はそう呟く。私は新喜劇のようなそのやり取りに対応出来ず、ただそこに立っていることしか出来なかった。

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