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「私、競馬学校に行きたい」
私が両親にそう打ち明けたのは、中学校三年生になったばかりの時だった。両親とは言っても、私と本当に血が繋がっている訳ではない。私が早乙女家の養子だからだ。どうやら私は、父親の弟の娘だったらしい。ところがどういう訳か、その人は私のことを育児放棄していた。本当の私の母親は、私を生んだ直後に息を引き取っている。だから私は、今の家に引き取られた。今の母親からは、そういう経緯だと聞いている。
「風ちゃん、あなたまでそんな危険な所行かなくていいのに。確かにうちは代々騎手の家系だけど、隼人がもう騎手になったんだから、それでいいじゃない。それに、競馬学校に入学するのって大変なのよ。雷人だってもう三回も落ちてるんだから」
母は私にそう言った。母は男兄弟しかいない家に出来た一人娘の私を、過保護と言ってもいい程に可愛がってくれた。だからこそ母は、私を騎手にしたくなかったのだろう。
「ありがとう、お母さん。でも、ごめんなさい。私もう、決めたから」
私は母にそう返事をする。
「風花は、どうして競馬学校に入りたいんだ」
父は私にそう尋ねた。父はいつもにこにことしている人だが、この時の表情は真剣そのものだった。
「どうしてって、それはお父さんみたいな騎手になりたくて……」
私は父にそう言いかける。
「それはつまり、どういう騎手だ」
父はすぐさま私にそう尋ねた。
「えっと」
私はそう呟く。父の質問に対して、すぐに答えることが出来なかった。ただ、これに答えられなければ、父は私を競馬学校に入れるつもりはないだろう。私は直感的にそう思った。
「一流の騎手になりたい。お父さんみたいに騎乗数も多くて、ファンの人達にも応えることが出来て、そして出会う馬一頭一頭と向き合って、一緒に最高の走りを実現出来る、そんな騎手になりたい」
私は父に、長い熟考の末にそう答える。
「口でそう言うのは簡単かも知れない。でも、本当にそうなるためには人一倍の努力をしてもまだ足りないのが事実だ。『一流』になるためには、何をすればいいか解るか」
父は私にそう尋ねた。私は束の間逡巡する。
「今はまだ、私にそれは解らない。でも、それが何なのかを知るためにも競馬学校に行きたい。色んな先生や色んな馬から教わって、色んな同期と戦っていく中で、私はそれが何なのかを知っていきたい。だからお願いします。私を競馬学校に行かせて下さい」
その直後、私は中山競馬場の調整ルームで目を覚ました。周りには、父も母も誰もいない。
「夢か」
私はそう呟く。時計は午前二時を指し示していた。




