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中山競馬場に存在する調整ルームの食堂では、騎手の夕食として豚の生姜焼きが提供されていた。私はそれを持って歩きながら、何となく左右に振り向く。矢吹さんと風早さんの姿がなかった。
「風花、どうしたの?」
私の後ろからふと誰かがそう聞いてきた。私はその声の方に振り向く。そこには平坂先輩がいた。頬から顎にかけての輪郭は細長くすっきりとした印象だが、決して面長という訳ではない。垂れ目の持ち主であるためか、周りには常にほんわかとした優しい雰囲気が漂っている。どこか抜けているような面はあるが、見た目通りの優しい人だ。
「平坂先輩、矢吹さんと風早さん知りませんか」
私は平坂先輩にそう尋ねる。
「ああ、あの二人なら、とっくに中京に行っちゃったよ」
平坂先輩はそう答えた。
「そうですか」
私はそう呟く。
「あ、そうだ。風花、よかったら夕飯俺と一緒に食べないか」
平坂先輩が私にそう尋ねた。
「はい、是非お願いします」
私は平坂先輩にそう返事をする。
「よっしゃ。じゃあ、席探そうか」
平坂先輩はそう言って、歩きながら周りを見回し始めた。私も平坂先輩についていく。
「しかし仲良しだよなあ、あの二人。同じ会場でレースする時はいつも一緒に行動してるよね」
平坂先輩がふとそんなことを言った。
「そうですね」
私は平坂先輩に相槌を打つ。
「あ、でもそれは風花も同じか」
平坂先輩は私にそう尋ねた。
「いえ、私はあの二人とは会場が別になる時の方が多いので」
私は平坂先輩にそう答える。
「そっか、何かごめんね」
平坂先輩は私にそう言った。
「いえ、お気になさらず」
私は平坂先輩にそう返事をする。確かに、私の知る限りでは矢吹さんと風早さんが喧嘩をしている場面を見たことがない。その関係性は競馬学校時代から変わらずに続いている。そんな矢吹さんと風早さんは、私にも笑顔で声を掛けてきてくれた。私のことを「友達」と呼んでくれたのも、矢吹さんと風早さんが最初だった。ただ、矢吹さんと風早さんが何故私に話し掛けてくれたのかは、私も未だに解らない。
「お、あった。風花、ここにしようよ」
平坂先輩がふと私にそう言った。
「いいですね。ここにしましょう」
私は平坂先輩にそう返事をする。ただ、何故かそこだけ蛍光灯の明かりが少し暗かった。




