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「いやあ、にしても見事やったなあ、風花ちゃん。流石馬場君のところで鍛えられてる騎手は違うわ」
口取り式からの帰り道、加古川社長は私にそう言った。六十代後半ほどの、恰幅の良い気さくな馬主だ。窮屈そうな丸い銀縁の眼鏡を掛けており、レンズの向こう側の眼はいつもにこにこと笑っている。「カコノ」という冠名が付く競走馬は全て加古川社長の所有馬であり、カコノローレル以外にも名馬を何頭も所有している。
「勿体無い程のお言葉、感謝致します」
私は加古川社長に、小さく礼をしながら言う。検量室前で、カコノローレルを囲むように加古川社長、私、それから馬場先生が立ち、ローレルの左隣にはリードを持った優介さんが立っている。
「うちのローレルがクラシック制覇を期待されるなんて、これも風花ちゃんのおかげやな。何だか夢のような気分や」
加古川社長は私にそう言った。
「社長の相馬眼の賜物ですよ」
私は加古川社長に言う。
「いやいや、風花ちゃんもよいしょが上手やな」
加古川社長は大声で笑いながら私にそう言った。私はただ、本当に思ったことを言っただけだ。
「まだ油断してはいけませんよ、社長。今はまだ、『皐月賞』に王手をかけただけに過ぎません。最初の一冠すら制覇出来ていないのですから、喜ぶにはまだ早いと思います」
馬場先生が加古川社長にそう言った。先生は細い眼をしているせいで、普段から怒っているような顰めっ面に見えてしまう。
「お、おう。せやな」
加古川社長は苦笑いをしながらそう返事をした。
「それから風花、お前はこの後のレースにも出走するんだ。あまり浮かれ過ぎるなよ」
「はい、気を付けます」
私は馬場先生にそう返事をする。私はふと、加古川社長と目が合う。加古川社長は、私に対して微笑とも苦笑ともつかない笑みを向けていた。
「先生、そろそろ次のレースの時間です」
優介さんがふと馬場先生にそう言った。馬場先生は左腕につけた腕時計を確認する。
「風花、そろそろ検量室で準備をして来い。優介はそのままローレルを厩舎まで返すように。俺は武部社長に挨拶して来る」
馬場先生は私と優介さんにそれぞれそう言った。
「はい」
私と優介さんは同時に返事をする。馬場先生は、私が次のレースで騎乗するスノーファンタジアの馬主のところへ向かうつもりだ。
「ほな、俺もそろそろお暇するで」
加古川社長は私たちにそう言った。そして社長は私の方に振り向き、にこにことした表情になる。
「頑張ってな、風花ちゃん」
加古川社長は私にそう言った。
「はい。ありがとうございます」
私は加古川社長にそう返事をする。そして私は小さく礼をしてから検量室の中へと向かった。




