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「いやあ、しかしすごいな、早乙女。三十三期生の中で初の三〇〇勝やで」
「本当、強い勝ち方だったよ。おめでとう、早乙女」
風早と僕が順番にそう言うと、早乙女は「ありがとうございます」と言って、何度もぺこりと頭を下げた。
早乙女 風花。
僕と風早の同期の一人で、数少ない女性騎手の一人だ。デビューからわずか二週間で初勝利を挙げており、若手騎手の中でも一、二を争うほどの人気騎手になっていた。
僕と風早はそんな早乙女の三〇〇勝記念式典に参加し、「三〇〇勝」と書かれたプラカードを持ったり、一緒に写真を撮ったりしてきた。今はそれも終わり、こうして喋りながら、調整ルームまでの帰路を辿っていた。
「お二人にそう言ってもらえると、私にとっても励みになります。お二人の期待に応えるためにも、まだまだ精進しなければなりませんね」
早乙女は冷静な妖艶さを孕ませた声でそう言った。早乙女の声を聞いていると、なぜか落ち着く僕がいる。
「それは僕も同じだよ。GⅠ騎手になれるように、僕もまだまだ頑張らないと」
僕がそう言うと、今度は風早がこう言った。
「俺だって、今のままじゃお前ら二人にはついて行けん。せやから、いつかお前ら二人を越えるくらいに強くなってやる。覚悟しとけよ」
「望むところだよ」と僕が言うと、早乙女は「ええ。三人で一緒に戦える日を、私も楽しみにしています」と言った。
「ようし、そうと決まれば、明日の夜はたんと飲んで語ろうぜ」
そう風早が言った直後、「あ、すみません。そのことなんですけど……」と言って、早乙女が決まりの悪そうな顔をした。
「ん、どしたん?」と、風早が早乙女に尋ねると、早乙女は僕と風早に頭を下げながら謝ってきた。
「すみません、明日の誕生日会、行けなくなってしまいました」
「え」と、僕と風早は思わず口から声を漏らした。
「何、どしたん急に」と、風早は少し焦っているのか、いつもより早口になってそう言った。
「実は、阪神にいる平坂先輩が落馬で怪我をしてしまったらしいです。それで明日、乗り替わりとして私が阪神のレースに騎乗することになりました」
「そ、そんなあ」と、風早は悲嘆の声をあげた。「せっかく三人分予約したんやで」
「すみません」と、早乙女は呟くようにそう言った。
「ちょっと待って。誕生日会って、誰の?」
僕はふと、誰に尋ねるでもなくそう呟いていた。
「あ」と、風早と早乙女が同時に声を漏らす。しばらく沈黙が流れた後で、風早は長いため息を吐いてから、「そう言えば、矢吹には秘密にしとったんやった」と言って、僕にこんなことを言った。
「実はな、俺と早乙女の二人で、矢吹の一日遅れの誕生日会を計画してたんや。でもせっかくならサプライズの方がええやん。せやから矢吹にばれへんように、店の予約まで済ませてたんやけど……」
そこまで言うと、風早は声を小さくしながら黙り込んだ。風早は気まずそうに、早乙女とちらちらと見合っている。
「そっか」と、僕は思わず呟いた。「ありがとう。僕のためにそこまでしてくれて」
「でもどないしよ。もう三人で予約してもうたで?」
風早がそう言うと、「あ、それなら」と言って、早乙女が提案をしてきた。
「お二人だけで楽しんでください。私はお土産話を楽しみにしてますから」
「え、いいの?」と、僕は思わず尋ねていた。
「はい」と、早乙女は微笑みを浮かべながら返事をする。「どうぞ、私の分まで楽しんできてください」
「そっか、ありがとう」
僕は思わずそう言っていた。
「ほんまにすまんな、早乙女」と、風早が言った。「ほな、明日のレースが終わったらすぐ電話をかけないかんな」
「早乙女も、気を付けて行ってきてね」
「はい」と、早乙女は返事をする。「来年のクラシックで会えたらいいですね」




