2-10
僕は鞍を胸の前で両腕に抱えて、そのままデジタル式の計量秤の上に乗った。
五五・〇キログラム。
制限重量に過不足なし。そのまま僕は、検量室前で待つ神さんと五十嵐さん、それから清水さんとロッキーの元へと向かおうとした。
「矢吹」と、僕を呼ぶ声が聞こえる。振り返ると、僕の前に後検量を済ませた風早が、こちらに近付いてきた。文句でも言いたくなったのかと思っていると、風早はきらきらと目を輝かせながら、僕にこんなことを言ってきた。
「お前のロッキー、すっごいな。なんちゅうか、末脚がこう、ぐわあって」
「え」と、僕は思わず口から声を漏らした。まさか、こんな形でロッキーのことを褒められるとは、思ってもいなかった。そのことに驚きつつも、僕は風早に「ありがとう」と言う。
「でも、風早のダンスだってすごかったじゃん。あんなに速い追い込み、初めて見たよ」
僕がそう言うと風早は「せやろせやろ」と、嬉しそうに笑いながら僕の背中をたたく。その勢いに、僕は思わずのけぞった。そんな僕の右肩に、風早は自分の腕を乗っけてくる。
「何だよ」と僕が言おうとした瞬間、風早が僕の方を見てにかっと笑った。その笑顔につられて、僕も思わず笑っていた。
「改めて、一着おめでとう、矢吹。今日のお前、いつもよりかっこ良かったで」
そう言って、風早は僕の右肩を抱き、二、三回ほど軽くゆすった。
「ありがとう。風早も格好良かったよ」と、僕は風早に言う。僕は僕自身を、格好いいとは思えないけれど。
「てなわけで、明日の焼肉は矢吹が奢りやな」
「は?」という声が僕の口からあふれた。「いや、聞いてない聞いてない」
「当たり前や。だって俺、言うてへんから」
一瞬、僕の思考が停止した。
「どういうこと」と、僕はやっと言葉を絞り出して風早に尋ねる。すると風早は、にやにやと笑いながら僕にこんなことを言ってきた。
「お前、勝手に負けた方が奢りや思てたやろ。でも残念。『どっちが奢るか決める』とは言うたけどな、『負けた方が奢る』とは一度も言うてへんで、俺。つまりお前が勝っても負けても、俺はどうとでも言い訳してお前に奢らせることができるってことですわ。いやあ、まんまと引っかかりましたねえ、お兄さん」
この野郎。
そう言いたい気持ちをぐっとこらえて、僕は一度口から息を吐きだす。そして僕は仕方がないと思いながら、「分かったよ」と風早に言う。
「え、ほんまにええんか」と、風早は僕の言葉に反応した。「それじゃあ、ごちになります」
そう言う風早は、今日一番の笑顔になっていた。その笑顔につられて、僕はまた思わず笑ってしまった。
第三章へ続く




