2-8
ロッキーの艶ややかな馬体と、黒いゼッケンとが同化して、5番の文字が白く映えている。
黒いヘルメットを被ったスーツ姿の清水さんに引かれて、ロッキーはパドックを周回していた。僕はその様子を、騎手控室前から眺めている。レース前だというのに、ロッキーは相変わらず落ち着いていた。
「おう、矢吹」と、風早が声をかけながら駆け寄って来る。僕は風早の方に振り返り、軽く右手を何度か振った。
風早はオレンジ色のヘルメットを被り、赤地に黒の三本輪が描かれた勝負服を着ていた。袖は黒く、赤い三本輪が胴体と同じように並んでいる。
「何や、俺のダンスに見惚れとったんか」
風早はそう言いながら、僕にいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「違うよ」と僕が答えると、風早は「気持ちは分かるで」と一方的に言ってきた。
「何たって、うちのダンスはイケメンやからな」
「だから違うって」と、僕は思わず笑ってしまった。それにつられたのか、風早も少し笑っていた。
でも、確かにダンスもいい馬だと思う。馬体は大きいけれど大きすぎず、筋肉の付き方も程よい感じだ。艶やかな栗毛の馬体が、陽に照らされて輝いている。
「そういえば、ロッキーって5番やったよな?」
ふと風早が、僕にそんなことを尋ねてきた。
「そうだよ」と僕が答えると、風早はさらに僕に尋ねる。
「あれ引いてる厩務員、女の子よな?」
「そうだよ」
「しかもめっちゃ整った顔しとるよな?」
「日本とアメリカのハーフだからかも」
「許さん」
突然、風早がそんなことを呟いた気がした。
「え」と、僕は思わず口から声を漏らした。驚いて風早の方を見ると、風早が僕のことをすごい形相で睨んでいる。僕、何か変なことでも言っただろうか。
「そういやお前、検量室前でも黒髪ロングの美女と喋っとったよな?」と、風早がその剣幕のまま僕に問いつめてきた。もしかして、五十嵐さんのことだろうか。
「あれってロッキーの馬主さんよな?」
いきり立った風早を前に、僕は目線をそらしながら「そうだよ」と答える。
風早の堪忍袋の緒が切れた。
「何やお前、綺麗なお姉さんと可愛い女の子に囲まれやがって、ちきしょう。うちの厩舎ときたら男ばっかでむさ苦しいんやぞ。それなのに何やねん。お前だけええ思いしやがって、ふざけんな。俺と同じ若手のくせに、ええご身分やな、この女たらし」
「な」という声が僕の口からあふれた。「別に僕は女たらしじゃ……」
「黙らっしゃい」と、風早が僕の言葉をさえぎった。「ああ、もう。何か腹立ってしゃあないわ」
「止まあれえ」という、係員のこぶしを効かせた号令が突然かかった。パドックで周回していた出走馬たちが、ぴたりとその場に立ち止まる。騎手たちは観客たちに一礼をして、それぞれが騎乗する馬の方へと駆け寄った。その途中で、風早は僕にこんなことを言ってきた。
「ええか、矢吹。俺は絶対お前には負けへん。お前にばっかええ思いさせてたまるか」




