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ロッキーはこう見えて執念深い。
厩舎で調教を繰り返すうちに、僕はロッキーの走り方の癖が何となく分かってきた。そしてそれは、執念深さに関係している。
ロッキーは必ず、標的をたった一頭に絞り込む。そして狙いを定めた馬に対して、執拗につきまといながら追走する。そして相手がそれから逃げようとして、体力が尽きかけた頃に一気に加速。そうやって、まるで狩りで獲物を追い込むかのように他を置き去りにする方法が得意だった。
そしてそれは、距離が延びれば伸びるほど効果を発揮する。並大抵の馬なら、それに身体が追いつかないことがほとんどだが、ロッキーにはそのための持久力がある。長距離血統であるとはいえ、それは並外れたものだと僕は思う。
じゃあ、そんなロッキーの癖を活かすには、どうすればいいか。
それを考えるのが僕の仕事だった。
まず、狙いを定めるのは上位人気を得そうな馬だ。上位人気になることはつまり、最後の直線での勝負力が強いとされていることを表わしている。逃げ馬は最後の直線で馬群に沈む可能性が高いので、なるべく視野に入れない方がいい。
そして、そうするために適した位置は先行集団だ。後方ではそもそも標的を追い込むには遠すぎるし、中団だと最後の直線で交わしきれる自信がない。先頭で逃げてしまっては、元も子もないので論外だ。
何よりロッキーは、闘争心と冷静さを絶妙なバランスで併せ持っている。だからぎりぎりまで足を貯めて、最後にそのエネルギーを爆発させることができるはずだ。それにどれだけ前に出ようと思っても、ロッキーなら下手に仕掛けようとはしないと思う。だから、仕掛けるとしたら第三コーナーから、第四コーナーにかけてだろう。そうすればあとは、最後の直線で勝手に交わしてくれる。
ファンファーレが鳴り響いた。ゲート後方で周回していた二歳馬たちが、一頭ずつゲートへと誘導されていく。最初に奇数番、そして偶数番の馬が枠入りすることになっていた。
案の定というべきか、ゲートを嫌がってなかなかゲートに入らない馬が何頭かいた。それでも、しばらく経って渋々ゲートに入っていく。そしてロッキーの番になり、係員にリードを引かれて、ロッキーの枠入りはすんなりと終わった。
前後左右が区切られたゲート内で、僕はゆっくりと鼻から息を吸い込み、一秒以上かけて口から吐き出す。そして僕は、ちらりと左を見た。
7番、シノノメアルファ。ロッキーとは同じ4枠で、直前の単勝オッズは二・一倍。今回の一番人気だ。
そして、今回の僕らの標的でもある。
最後の一頭、18番がゲートに入り、係員が離れる。各馬出走準備が整った。
そしてゲートが開かれた。
「スタートしました」という実況とともに、十八頭の二歳馬が一斉に走り出す。新潟競馬場第五レース、芝コース一六〇〇メートル外回り、『メイクデビュー新潟』の火蓋が今、切って落とされた。
「ほとんど揃った形となりました。17番スーパーチャージャがやや出遅れたか。最後方からのスタートです」
そんな実況が響く中、僕はロッキーを7番の後ろにつける。ロッキーはそれで、狙うべき標的を理解したのだろう。相手の真後ろではなく、外寄りの斜め後ろに陣取った。あえて姿を見せた方が、精神的な圧力になる。
出だし良好。いい感じだ。
「さあ先頭に飛び出したのは11番アナザーヴィジョン。一馬身半ほど差をつけまして、その後ろには先行集団が早くも縦長の展開。
大外から18番ヘブンリーフライト。内には2番ユニオンスクエアがいまして、真ん中を通りましては13番ダイナモテスラ。
その後ろからは7番シノノメアルファがこれを追走。二分の一馬身差、10番ファストゴールドと6番のユウショウメテオが内で並んでいる。その後ろからは一馬身離れて8番ロッキーロード。内から5番ホライズンアークが並びかける」
位置取りとしては中団寄りの先行。十八頭いる中では悪くない。そして7番にきっちりマークもできている。あとは執拗に追い回すのみ。
「その後ろには15番のホリデーメモリーがいまして、おっと大外、17番のスーパーチャージャが中団に並んだ。これを交わして追い上げようといったところか」
新潟競馬場の外回りコースは直線が六〇〇メートル以上とかなり長い。つまり、それだけ最後の直線での競り合いが長くなるということだ。下手に競り合いを狙うよりは、今ここで仕掛けるべきと踏んだのか。それとも、ただ先頭で逃げたいだけなのか。
いずれにしろ、まだ仕掛ける時ではない。蹄が地面を蹴る音とともに、17番がロッキーの隣を駆け抜けていく。
僕はふと、ロッキーが自分から仕掛けようとしていないか不安になった。
でも、そんな気配は感じない。むしろ17番のことなど、気にかけようともしていない様子だった。
おそらく、ロッキーは7番のことしか考えていない。それ以外の馬のことなど、どうでもいいというような感じさえした。
「まもなく第三コーナーに差し掛かろうというところで、17番スーパーチャージャが先頭に躍り出た。11番アナザーヴィジョンが単独でそれを追いかける」
ここで目の前の7番が動いた。右に一発鞭が入る。直後に7番は大外から先行集団の先頭に並ぶ。その勢いのまま交わしていくと、そのまま先頭二頭を捉える格好になった。
よし、今だ。
手綱をしごくと同時に、待ってましたと言わんばかりの勢いで、ロッキーが加速を始める。その間もロッキーは、7番との差を詰めるでもなく離すでもなく、一定の距離をおいたままだった。
「各馬第四コーナーを曲がりまして、さあ最後の直線、残り六〇〇メートル。10番ファストゴールド内から来た。ファストゴールド内から狙っている。その外から7番シノノメアルファも来た。二頭が11番アナザーヴィジョンを交わす。さあそのまま17番スーパーチャージャを捉えるか」
直後、ロッキーも大外から11番を交わしていく。ほとんどの騎手がここで鞭を飛ばす中、僕は必死に手綱をしごき続けた。
「残り四〇〇。シノノメアルファが交わした。ここでシノノメ先頭。内からファストゴールドも来ている。スーパーチャージャと並んだ。そのまま交わした。先頭はシノノメ。その内からゴールドも来ている」
僕はさらに手綱を勢いよく振り上げ、素早くしごく。
ロッキーは現在三番手。
先頭二頭を捉える位置にいる。
内に10番、外には7番。ロッキーのことなど見ていない。
いける。
目標捕捉、追撃準備完了。二頭まとめて交わしてやる。
「残り二〇〇メートルを切った。さあシノノメアルファが依然先頭。しかしファストゴールドも食い下がる」
その時、僕らは風になった。
「大外からロッキーロードが迫ってきた。8番ロッキーロード、シノノメアルファと並んで今、ゴールイン。
ここでまさかの大波乱。シノノメアルファとファストゴールドの間に、割って入ってきたのはロッキーロード。八番人気が最後の最後、一番人気を相手に意地を見せました。
タイムは一分三十五秒七。最後の六〇〇メートルの通過タイムは三六秒六と表示されています。
さて気になるのはその着順。ロッキーロードの鞍上、矢吹 遥はJRA通算一〇〇勝がかかっておりますが、果たしてどちらが勝ったのか。リプレイでは8番ロッキーロードがやや優勢か。その次に7番のシノノメアルファと思われますが際どいところ。一、二着は写真判定となりました。もうしばらくお待ちください。
そして三着には10番ファストゴールド。四着入線は17番スーパーチャージャ。そして五着は11番アナザーヴィジョンとなりました。一、二着は写真判定の末お伝えいたします。お手持ちの勝馬投票券を捨てずにお待ちいただきますようお願いいたします。
以上、新潟競馬第五レース、二歳新馬戦『メイクデビュー新潟』の模様をお伝えいたしました」




