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ファンファーレ  作者: 菅原諒大
第一章 メイクデビュー
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1-1

※この物語はフィクションです。登場する人物、競走馬、団体名、施設名、および競走成績などは全て架空のものであり、実在するものとは一切関係ありませんのでご了承ください。

 そしてゲートが開かれた。

「スタートしました」という実況とともに、十六頭が一斉に走り出す。『宝塚記念』の火蓋が今、切って落とされた。僕はその出走馬の一頭、8枠16番ロッキーロードに騎乗している。

「あっと、大外ロッキーロード出遅れました。最後方からのスタートです」

 そんな実況が響く中、僕はロッキーをスローペースで走らせる。あの時の違和感が正しければ、今日の僕の役割はロッキーを一着にすることではなく、無事に厩舎まで帰らせることだ。自然と、手綱を握った両手にぎゅっと力が入る。

「さあ、まずは坂を上っていきまして、各馬第一コーナーへと向かっていきます」

 そのまま馬群は坂を上りきり、そのままゴール板の前を駆け抜けていく。しかしまだゴールではない。これから阪神の内回りコースを一周する必要がある。第一、第二コーナーを通過しながら、僕は先頭の様子をうかがった。

「各馬第一コーナーを回りまして、先頭は15番ダブルダッシュ、大外から逃げていく。その後ろから10番イコマレーザーが追走。並んで内から8番キャプテンポラリス。この三頭が先頭争い。

 二馬身ほど離れて先行集団、大外12番キタサトクロニクルが行きます。真ん中には7番エエジャナイカがいて、内には4番ダンガンストレイト。

 そして二番人気、1番ドラマツルギーはこの位置。それから真ん中には3番ネオストームがいて、その外11番ウォールブレイカーが迫ってきている。

 そのすぐ後ろに13番ソコンゴディバ、紅一点。三番人気の9番ドリームパレードは真ん中にいた。

 その内には5番シノノメホクトがいて、後方では外から14番ヤタノフィーバーが追いかける。その後ろには6番セトナイトフォース。2番ダイヤンペガサスが内で並んでいる。

 そして最後方、大外には16番、本日圧倒的一番人気となりましたロッキーロード。鞍上(あんじょう)は主戦騎手の矢吹(やぶき) (はるか)ジョッキーです」

 そうして馬群は第二コーナーを抜け、向こう正面の直線を駆け抜けていく。

 最後方の大外。ロッキーが追い上げるのに、これ以上不利な状況はなかった。

 でも、今はそれでも構わない。とにかく、何事もなくレースを終わらせなければ。

 そう思った直後、ロッキーがいきなり加速し始めた。

「おっと、ここでロッキーロード、大外から後方集団を交わしていく」

 まずい。このままじゃ脚がやられる。

 僕はそう思い、咄嗟に手綱を引っ張る。だが、ロッキーは止まらない。それどころか、そのまま勢いに乗って一気に中団を交わし、先行集団まで食らいつく。こんなにいうことを聞かないロッキーを、僕はこの時初めて見た。

「しかしこれは掛かっているか、ロッキーロード。矢吹ジョッキー、手綱を短く握っている」

 焦るな。無理に仕掛けるんじゃない。

 ロッキーに言い聞かせるように、僕は心の中でそう呟く。しかし止まらない。そのままロッキーは先行集団を捉え、これも一気に交わしていく。

「さあ各馬第三コーナーを回りまして、ドラマツルギーが先頭を捉えた。しかし外からロッキーロード。大外からツルギーを狙う形だ。ぐんぐん前に上がっていく。第四コーナー、残り六〇〇メートルの標識を通過」

 もしかして、いけるのか。

 そう思った直後、僕は短く持っていた手綱に勢いをつけ、素早くしごき始めていた。

「ここでロッキーロード仕掛けた。ツルギーとロッキー、二頭が並んで最後の直線に差し掛かった。ロッキーロード交わした。ロッキーロード、先頭三頭に食らいついていく」

 手綱をさらにしごく。それに応えるかのようにロッキーが加速していき、先頭三頭を狙いながら、じりじりとその差を詰めていく。

「ダブルダッシュ沈んだ。ダブルダッシュ後方に埋もれる。外からキャプテンポラリスが交わした。さらに大外イコマレーザーも来ている。しかしポラリス粘っている。二頭の激しい先頭争いだ」

 直後、ロッキーが沈んだ15番を外から交わしていく。

 目の前には、10番と8番の二頭だけ。ロッキーのことなど見ていない。

 絶好のチャンスだ。

「大外からロッキーロードが来た。ロッキー二番手。先頭二頭を捉えている。しかし内からドラマツルギー。二番手でも二頭が並んでいる」

 負けない。

 自然と手綱を握る手に力が入る。

 目標捕捉、追撃準備完了。内の1番ごと交わしてやる。

 突然、右側から聞き馴染みのあるアラームの音が聞こえてきた。同時に、今まで目の前に広がっていた景色が一瞬で消え去り、代わりに瞼の裏側が映し出される。僕は手探りで枕元のスマートフォンを手に取ると、その暗闇の世界を無理やりこじ開け、あるかも分からないほどのわずかな光を視界に取り入れてから、ようやくアラームを止めた。

 夢か。

「変な夢だったな」と、僕は頭を搔きながら独り言を呟いた。さっき開いたスマートフォンの画面をもう一度開き、日付と時刻を確認する。

 四月一日木曜日、午前四時二分。ほぼいつも通りの起床だった。

 僕は二、三回ほどあくびをしながら、寝起き直後の脳が動き出すのを待つ。五分くらい経って、ようやく完全に目が覚めたところで身体を上に伸ばし、ベッドから這い上がる。顔を洗い、歯を磨いてからデニムを履き、インナーの上から青と黒のジャンパーを着て、ファスナーを首元まで閉める。黒のキャップを被り、その後で僕はもう一度時刻を確認した。

 午前四時二十七分。これもほぼいつも通りだ。

 そして僕は若駒寮の自室から出て、調教のために厩舎へと向かう。まだ白み始めてもいない空の下、冷たいそよ風が吹く中で、僕は自転車を走らせた。

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