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ファンファーレ  作者: 菅原諒大
第一章 メイクデビュー
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1-18

 昨日の夜から冷えきらない朝の空気が、じわりと肌にまとわりつく。身体中から蒸発を始めた塩水が、べっとりと皮膚から滑り落ちていた。それでも、風になっている時はむしろ涼しいと感じるくらいだから、それがとても不思議だった。

 八月六日、金曜日。『メイクデビュー新潟』の前日、僕はロッキーと調教を行っていた。一六〇〇メートルを一周させて様子を確かめたけれど、どうやら本調子を取り戻したようだった。そして今はクールダウンも兼ねて、厩舎までの道を歩かせている。

 あの後、ロッキーはわずか一か月で完全に回復した。試しに調教をさせてみても、充分走れるようだった。併せ馬を行っても申し分ない。病み上がりなのでタイムは以前ほど伸びていなかったが、それでも一着を狙えることに変わりはなかった。

 そんなロッキーとの兼ね合いも考え、デビュー戦を八月七日の『メイクデビュー新潟』に変更。それに合わせて段階的な調教を再開し、ロッキーはそれらをそつなくこなしていった。

 厩舎まで到着すると、神さんと難波さん、それから清水さんが厩舎の入り口で待ってくれていた。僕はロッキーを止め、清水さんがリードをつけたことを確認してから下馬する。

「お疲れ」と、神さんが右手を軽く挙げながら近付いてきた。

「いよいよ明日やな」と、難波さんが僕に言う。

「新潟に行くための準備はもう出来てるか」

 神さんが続けてそう言うと、僕は「はい」と返事をした。「よろしい」と、神さんと難波さんはほぼ同時に笑顔でそんなことを言ってくれた。いつもとは違う雰囲気を察したのか、ロッキーは清水さんに優しく撫でられながら、こちらをじっと見つめている。

 騎手はレース前日、午後九時までに各競馬場、トレーニングセンターにある調整ルームに入室する必要がある。レースに対するコンディションを高めるため、そして外部との接触を避けるためだ。だから騎手は入室後、スマートフォンやゲーム機などの通信機器の使用を制限される。

 だが騎手の居室や食堂の他に、娯楽室やトレーニングルーム、体重調整のサウナも完備されているので、暇を持て余すことはない。

 そして今回、僕は新潟競馬場の調整ルームに向かう予定になっている。

 すると、ロッキーが急に僕に顔を押し付けてきた。そして上目遣いでこちらを見る。

 しばらく僕と別れることを察しているのだろうか。とはいえ、明日になれば新潟で会えるのだけれど。

 僕はそんなロッキーが愛おしくなり、思わず顔を両手で覆ってしばらく撫でていた。神さんや難波さん、清水さんが僕たちを、慈愛に満ちたような微笑みで見守ってくれていた。

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