悲しいけどこれ戦争なのよね
本当はもうちょっと違う話になると思ったんですが、思ったよりミカさんが獰猛で……
翌日、萱場親子とキャロリンは野戦病院へと向かった。彼女たちは特に負傷していなかったが、戦争を受け止めるために必要だと、主にミカが主張したのである。
「ドルマああああああ!」
「ごめんね……ごめんねニマ……」
野戦病院のなかで、死者をみとっている戦友たちの慟哭が響く。歴戦の男たちならこうはならないが、彼女たちはまだ士官学校も出ていないうら若き乙女たちなのだ。その様子を、日本人やイギリス人らしき人々が写真に撮っている。あとで新聞に載せてプロパガンダにでも使うのだろう。
「……」
「辛かったら帰っていいんだぞ」
結局、教導戦車大隊第1中隊の損耗は6両。定数は9両であるから、損害は7割近くに及ぶ。実際には撃破された車両の乗員の中にも脱出に成功した者がおり、乗員3名×6両=計18人全員が死亡したわけではないのだが。
「目に焼き付けておかないと。これが無力の代償だって」
「ミカ……」
「キャロちゃん……」
自分のほうを心配そうに見たキャロリンをミカは見つめ返し、その手を取る。
「強くなろう。みんなをこれ以上悲しませないために」
「それはまあ、そうなんだけどね、ミカちゃん。空気読まないこと言っていい……?」
おずおずとキャロリンが何かを言おうとした。
「いいけど……」
「なんか私たちのミスでみんなが死んじゃった流れにしてるけど、そういうことじゃないよね?」
今回、彼女たちの中隊に大きな被害が出た原因は、とにもかくにも戦力が足りなかったことである。強いて2つ目を挙げるなら、大隊司令部の配置ミス、あるいは第1中隊長萱場氏郎の実戦経験不足だろうか。
「うん。今回はそうだよ。でも、次の戦いは?次の次の戦いは?自分たちがあの娘たちの悲しみの原因にならない保証はどこにもないよね」
「それは、まあ、そう……」
どこか引っかかりを覚えつつ、キャロリンはミカに押し切られた。
「なあミカ候補生」
「何でしょうか教官」
萱場がミカに声をかける。
「戦場が楽しかったのを、もしかしてごまかそうとしていないか?」
「な、なにを……?戦場が、た、楽しいわけないじゃないですか。死ぬかも、知れないし……」
ミカは妙に動揺した様子で返答した。
「戦場のお前は、いつも以上に生き生きとしていて自由だった。それはお前自身が、戦場に身を置くことを楽しいと思ったからじゃないか?」
「!それは……」
事実であった。弾倉をリロードしすぎてヘロヘロにはなっていたが、頭は澄み渡って何でもできるような気がしていたし、味方に合流するため敵弾をかいくぐっているときは血がたぎっていた。
「別にそれ自体はどうでもいい。そういう奴はたまにいるし、むしろ利点ですらある。だが、その気持ちを偽ろうとするのは危険だ」
「……」
「大方、悲しみに暮れる先輩や同僚、戦友を見て、戦争への嫌悪感を得てみようとしたんだろ。でも、実際には『かわいそうだ』以上の感情を抱かなくて、それをごまかすためになんかいい感じの締め方をしたんじゃないか」
優しく諭すように萱場が語り掛ける。ミカはうつむいたまま動かない。
「……」
「ミカ、私、ミカが血に飢えた戦闘狂でも、ミカのこと嫌いにならないよ」
「キャロちゃん……」
今度はキャロリンがミカの手を持ち、強引に目を合わせて話す。
「私、ミカが根はいい子だって知ってるから。たとえ人殺しが楽しくても、楽しさのために闘争を求める人じゃないって知ってるから」
「……ありがと。キャロリンは優しいね」
なんとも申し訳なさそうな顔をして、ミカはキャロリンを見つめ返した。
「でもごめんね。私が私を許せないから。どんなに言いつくろったって、兵器は凶器。戦闘は殺人行為。それを楽しむなんて、あってはいけないことのような気がするから」
「その殺人行為で、もっと多くの人間が助かるとしてもか」
「それとこれとは話が別。これからも私はみんなを守るために戦うし、そこに忌避感はないよ。さっき言った『戦友を悲しませないために強くなりたい』っていうのも嘘じゃないって誓える」
現実の殺し合いを楽しいと思う。その事に、魂が無根拠な警鐘を鳴らしているのである。
「自分でもよくわからないんだけど……なんでなんだろうね……これは……ほんと、なんなんだろう……」
「ミカ……」
転生者である鷹司耀子なら、「無意識に刷り込まれた現代人の価値観に苦しめられている」とあたりを付けるだろうが、この場にそれがわかるものはいない。
「戦場以外でならいつでも相談に乗ってやる。戦いを楽しいと思えるのは一種の才能だから、軍人としてはうらやましいとしか言えないが……もしお前がそれを苦しいと思うのなら、うまく折り合いをつけてこそ強い軍人だ」
「……はい」
カヤバ・ミカ・サカダワの初陣は、まだ、終わりそうにない。
戦いになると高ぶってしまう自分が嫌なミカさん。とりあえずの目標として、自分の気持ちと折り合いをつけることになりました。
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