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中国では良くあること

 翌朝、初めての戦場で興奮して眠れたり、そうでもなかったりする教導戦闘車大隊のメンツは、新疆軍側の準備砲撃にさらされていた。


「……思ったより激しくないような」

「戦車の中にいるからそう思えるだけだぞ」

「……ふぁ~」


 時折、砲撃で巻き上げられた石や砲弾の破片などが装甲にあたって音を立てているが、いくら豆戦車といってもこの程度で抜かれる装甲ではないらしい。昨日寝付けなかったらしいミカはあくびすらしていた。


「……炸裂音から察するに、砲弾は75mm級だけに聞こえます。重装備は置いてきたってことっすかね」

「うちが運用する程度の軽戦闘車なら、向こうの75mm野砲の直射で十分撃破できるからな」


 新疆がロシア式の編制をとっているのなら、75mm野砲及び連隊砲のほかに107mmカノン砲と152mm榴弾砲が居るはずである。それが出てこないということは、速度を優先して重砲の到着を待たずに攻撃を始めたと考えるのが普通である。


「単に持ってないだけじゃないのキャロちゃん。うちだって、だいたいの旅団は三八式野砲と四一式山砲しか持ってないし」


 ただ、ここはインフラの劣悪な中国大陸の奥地。榴弾砲やカノン砲といった重砲はぜいたく品であるし、そもそも運用できる地形が多くない。このため、チベットのようにそもそも「野砲と山砲しかない」というケースすらある。

 まあチベットの場合、日本がちょうど一次大戦後に野戦砲の大量更新を行ったせいで、だぶついた三八式野砲を安価で売却し(おしつけ)てきたというのもあるのだが。


「まあ両方だろう。向こうはシベリア鉄道からも、首都ウルムチからも補給線が伸び切っている。重砲のような金食い虫の運用はできんだろうな」


 のんきに構えているが、状況はそこまでよくない。砲撃にさらされているので、随伴歩兵が昨日の夕方に掘った壕の中に引っ込んでしまっている。昨日のように敵の偵察隊を悠々と狩るのは難しいだろう。戦車隊も、直射を食らえば撃破されてしまうため、うかつに動くことはできない。


「……向こうが動いたか。微速前進」

「あいさー」

「砲手、正面で敵歩兵が前進してきている。照準が合い次第1弾倉撃ち切るんだ」

「了解」


 稜線から砲塔だけを出して止まり、撃って、下がる。日本軍の伝統芸にして、その弟子を自称するチベット軍が必死に磨いてきた必殺技「躍進射」である。


「よい……しょっ!装填完了!」

「前進微速」

「ヤボール!」

「それ英語でも日本語でもないぞ……放てぇ!」


 近づけさせたら終わりである。ハッチから手りゅう弾を投げ込まれて、一部の好事家しか喜ばないスナッフフィルムの一場面が出来上がってしまうのだ。


≪おいメト!勝手に持ち場を離れ……!?≫

≪退かせてやれ。車と操縦手だけでも生還させられるならその方がいい≫


 運の悪い車両が、砲塔正面に直撃弾を受けてしまったらしい。無線に応答がないことから、車長、砲手、無線機のいずれか、またはどれもが()()()()されてしまったのだろう。砲身が少し歪んでいるように見えるから、どのみち戦闘行動はとれそうにない。


≪大隊本部、こちら第1中隊。敵軍の圧力が強い。防衛線を1段下げる許可をくれ≫


 衆寡敵せず、敵の進撃を抑えられないと判断した萱場は、大隊本部に撤退の許可を申請した。


≪こちら大隊本部、撤退を許可する≫

≪感謝する。第1中隊、敵との距離が500を切ったら第2防衛線に下がるぞ。準備しておけよ≫


 長い長い、ミカたちの1日は、まだ始まったばかりである。




「放てぇ!」


 もう何度敵軍に40mmをお見舞いしてやっただろうか。太陽はてっぺんを過ぎたのに、敵はあきらめずに突っ込んでくる。


「……装填、完了!」

「よし、再攻撃だ、微速前進!」


 稜線から顔を出しては撃って下がる。もう自分たち1両で何百人殺しただろうか。


「……装填、完、了!」

「砲手、大丈夫か」


 戦場の雰囲気にあてられている以上、今のところは精神に異常をきたすことはない。問題は肉体的なもので、5kgもある弾倉をいちいち再装填するのは砲手であるミカの仕事である。しかも砲塔バスケットではないので、戦闘中の砲手は立ちっぱなしだ。


「ミカ、また交代しよう。その方がいいよ」

「ごめんキャロ……そうさせてもらうね」


 狭い車内で砲手と操縦手を交代する。キャロも一通りの教育を受けているため、砲手もできないことはないのだ。


「配置につきました」


 二人が位置を交代したとき、車外の歩兵から急報が来る。


≪背後に敵歩兵が出現しました!こちらで足止めしますのですぐに引いてください!≫

「くそっ、やはり山を登って迂回してきたか」≪了解!≫


 背面は戦車の弱点である。十年式軽戦闘車の場合、ただでさえ薄い装甲が背面では7mmしかない。


≪撤退は許可できない。第2中隊と第3中隊に救援させる≫

≪!?それでは大隊丸ごと包囲されませんか!?≫


 第2中隊、第3中隊は、第1中隊の側面を守っていたはずの部隊である。それらの間隙をぬって敵兵は浸透してきているのだから、彼らを第1中隊の近くへよこしたら、彼らが守っていた側面をまた別の部隊に浸透されて包囲されると萱場は考えた。


≪すでに日本軍の後づめが続々と到着してくれている。本当は貴隊も撤退させるべきだったのだが、案の定新疆軍が砂漠を越えて攻撃してきたのでそちらを気にしている余裕がなくなってしまっていた。すまない≫

≪裏を返せば、引いたところで我々の身は安全にはならない。だから下手に我々を動かして火線にさらすより、2中隊と3中隊を使って救援する方が安全というわけですか。了解しました≫


地形をつかってよくわからないところから敵味方がわいてくるのは、中国では良くあることである。


≪諸君!敵歩兵が山を越えて後方に浸透してきた!1、3、4号車はこのまま敵正面を押さえ、5、7、9号車は随伴歩兵を支援して我々の後背を脅かす敵歩兵を撃滅せよ≫

≪それは独力で解囲しろということですか教官!≫


必死な声で9号車のツェダが確認すると、萱場は冗談混じりに補足した。


≪2中隊と3中隊が救援に向かってくれている!うっかり包囲を突破して、同士討ちしないように注意しろよ!≫

≪りょ、了解!≫


いつもは冷静なツェダも、今はずいぶん参ってしまっているらしい。


(少々刺激が強すぎる初陣になっちまったな……)


そもそも、もう少し実戦経験ある指揮官なら、野生の勘で包囲される前に後退していただろう。己の能力不足を悔いる萱場であった。

名前が呼ばれなかった車両がいるということは、つまりそういうことです。


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この作品はスピンオフです。本編に当たる作品はこちら

鷹は瑞穂の空を飛ぶ~プラスチックの専門家が華族の娘に転生したので日本は化学立国になります~ 

よろしければご覧ください。
― 新着の感想 ―
[一言] 戦車線でも軽戦車の描写は大変ですよね しかも対歩兵戦とは ロシアから虎の子が出てこないのを祈るばかりでするー
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