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運命は狐を駆り立てた

戦場までいけませんでした……楽しみにしていたらごめんなさい

「楊増新、新彊の未来のため、死ん……うぶっ!?」

「おやおや、殺生はいけませんよ漢人諸君」


 1928年7月7日、新彊一帯を統治し、中華民国中央に干渉されることもなく鎖国的な統治をしていた楊増新が、部下の部下である樊耀南らに襲撃された。


「貴様らは何……ぎゃっ」

「名乗る程の者ではございません。しがない托鉢僧にございます」


 この暗殺はチベットの諜報部隊によって辛くも阻止されたが、楊増新は新彊からチベットへの亡命を余儀なくされ、代わって金樹仁が新疆軍の支配権を握ることとなった。


「中隊長、大変です!新疆の連中が我が軍に攻撃を仕掛けてきています!」

「なんだと!?」


 このクーデターに前後し、新彊軍は突如としてチベットを攻撃。上述の通り暗殺事件の発生を察知していた上層部が密かに兵力を集めていたため、資源地帯であるツァイダム盆地の防衛には成功した。しかし、それ以外の国境は突破され、特にナクチュ方面に進撃する一団は非常に進撃が素早く、チベット側は敵軍の位置を正確に把握できないでいる。


「ラクダとトラックを使った電撃的進撃かあ」

「これ明らかに新疆軍単独の作戦じゃないよね」


昼食休憩中、キャロとミカは本当に起きてしまった新疆軍からの攻撃について、意見交換をしていた。


「お察しの通り、ロシアが裏を引いているみたいだぞ」

「ツェダ先輩」

「ご一緒させてもらってもいいかな」


士官学校四年生のキナー・ツェテン・ダワである。戦車を使った合同教練で、何故かミカやキャロのいる車両の車長役をよくつとめる先輩であり、冷静沈着に的確な判断を下す優秀な生徒である。


「アッハイ」

「それでは失礼して……」


特に断る理由もないミカが了承すると、ツェダはミカの隣に座った。


「しかし、まさか楊増新が失脚するとは思いませんでした」

「彼はたしかに安定をもたらしたが、あまりにも保守的だったんだ。急速に近代化をすすめ、力をつけていく我々に感化され、対抗しようとする派閥ができてもおかしくない」

「そこにロシアがあることないこと吹き込んだ、ということでしょうね」


 彼の内政は清朝の時と大差がなく、漢人とウイグル人の対立防止にこそ心を砕いていたものの、それ以外は特に革新的なものはない。血みどろの自滅はないが、輝かしい未来もまた見えないものであった。


「今回の攻撃に我が軍は対抗できるのでしょうか」

「できるかどうかではなく、しなければならん。だが、単独では厳しいだろうな……」

「正規軍の戦力が対民国戦線に集中していて、これを戻すのがたぶん間に合わないからですね」


 この時のチベットは東側にいる軍閥「四川軍」及びそれを吸収し、直接支配に乗り出した中華民国との領土紛争に集中しており、新疆との国境線沿いはガラガラの状態であった。その後ろにはチベット自前の予備兵力もなく、険しい地形と劣悪なインフラによる進軍遅延を祈るような状態である。


「そのとおりだ。まったく困ったもんだよ」

「うちに高地戦訓練に来ている日英の師団が、義勇兵になってくれて本当によかったです」


 そんなことになっているのも、チベットには日英の歩兵計2個師団が、高地戦訓練のために常駐しており、彼らに防衛を頼む当てがあったからであった。まあ、楊増新という人物を過信していたというのもあったし、今でも彼をまた元の場所に戻すべく、チベット領内で保護しているのであるが。


「お陰でラサ-シガツェ-ガリの線はなんとか守れそうだ。ここが持ってくれれば、インドを経由した外国との交易ルートが維持できる」


 主にゴルムド周辺で採掘された資源を運搬するため、ゴルムドから、ナクチュ-ラサ-シガツェ-ガリを経由して、英領インド(現パキスタン)のギルギットに出る道路網が整備されている。他にもブータンやネパールを経由してチベット内に入るルートもあるが、どちらも道が険しく整備も行き届いていないため、利便性では前者に及ばなかった。


「戦車も修理はともかく、撃破されてしまうと補充は日本頼みですからね……」


 近代化を推し進めたとはいえ、まだチベットに自力で戦車を製造する力はない。特にパワートレインの交換部品は日本やイギリスに作ってもらうしかなく、たとえ日本にとっては「その場しのぎの豆戦車」であっても、チベットにとっては「虎の子の最強兵器」だったりするのである。


「キャロちゃんと一緒に、私たちも前線で戦うなんてことになるかも、なんて言ってたんですけど、日本とイギリスの師団が参戦してくれるなら何とかなりますよね?」

「あー、確かに、基本的に士官学校3年生はまだ出撃しないことになっているんだが、その……」

「え、まさか、四年生は本当に戦場に出るんですか」


 驚いた様子でキャロが尋ねると、ツェダは無言で頷いた。


「え、えーと、バンザーイ?」

「ミカちゃん、ここチベット、日本じゃないよ」


 なんと言っていいかわからず、とりあえず万歳三唱をしようとしたミカと、それを止めるキャロ。


「いや、戦場に行くのはやぶさかではないんだ。私は金が欲しくて軍に志願したわけではないからな。ただ、生き残るすべを完璧に身につけたとは言えない今この時に、命のやり取りをしに行くというのは、な……」

「そうですよね……お国のために立ちたいといっても、犬死したいわけじゃないですから」

「むしろ長生きしていっぱい戦功を立てたいですよね。煩悩が強すぎるかもしれませんが」


 ツェダが何とも言えない心中を吐露すると、ミカは同情し、キャロは軽口を叩いた。それを聞いたツェダが苦笑する。


「はは……そうだな、確かにそうだ。お国のためには、こんなところで死ぬわけにはいかないよな。ありがとう、少し気が晴れた気がするよ」


 その後の三人は歳相応の雑談をしながら昼食を食べ終え、片づけをしてからツェダと別れた。残りの昼休みをどう過ごそうかと、他愛もない話をしながらミカとキャロがぶらついていると、自分たちがよく知る教官から声を掛けられる。


「ミカ候補生、キャロリン候補生、少し話があるんだが、来てくれないか」

お父さん(きょうかん)」「おじさん(きょうかん)


 カヤバ・ミカ・サカダワの父であり、チベット王立士官学校戦車科の教官「萱場氏郎」その人であった。彼は二人を連れて小会議室に入ると、席に座るように促す。


「さて、もしかしたら誰かから聞いたかもしれないが、本校の士官学校4年生と一部の教官、そして予備役で独立混成教導連隊を編成し、ナクチュ方面からラサへ南下してくる敵軍を迎撃する」

「連隊……?この学校にそんな人数いましたか?」


 萱場の言葉にミカが反応する。


「大隊を指揮下に入れているから連隊と呼ぶだけみたいだ。実情は2個大隊ぐらいの戦力だと思った方がいい」

「……気弱な発言になってしまいますが、そんな部隊を送り出さなければいけないほど、我が国は追い詰められているということでしょうか」


 キャロリンの発言を萱場が無言で頷き、肯定した。


「そこで、君たちに頼みたいのは……俺と一緒に戦場に出てくれないかということだ」

「「!」」


 萱場の発言に二人は息をのむ。


「無理にとは言わない。だが、教え子たちに車両を割り振っていたら、俺一人だけ余ってしまってな。君たちは3年生の中でも飛びぬけて優秀だし、俺と同じ車両ならば、直接自分が面倒を見ることができる。一緒に、戦場に出てもらえないだろうか」


 そう言い切ると、萱場は二人に向かって頭を下げた。


「……行かせてください、教官」

「ミカ!?」


 少し考えるそぶりを見せた後、ミカは萱場の要請を承諾し、キャロは驚きの声をあげた。


「お父さんも、久しぶりの戦場でしょう?それなのに、とりあえず戦うことができる自分が、実の父親を見殺しにすることなんて、できないじゃないですか」


 ミカはまっすぐに萱場を見つめながら、真剣な面持ちで理由を説明する。


「俺と一緒に死ぬことはないんだぞ?」

「お父さん……いえ、教官に死ぬつもりなんてさらさらないでしょう?だったら私も安全です」

「……かなわねえな……」


 全幅の信頼を寄せる娘に、父は額に手を当ててため息をついた。


「そ、そこまで言われたら、私も行かないわけにはいかないじゃないですか。オールコック・キャロリン・トーギャー士官候補生も、萱場教官車に搭乗させていただきます!」

「さすがねキャロ。それでこそ私の親友よ」


 腹をくくったキャロリンも萱場の要請を了承し、ミカは不敵な笑みを浮かべながらそれをほめる。


「そうか……ありがとう、二人とも」


 年端も行かない娘とその友達まで戦場に連れていく罪悪感を覚えながら、萱場はもう一度頭を下げた。

連載開始直後の今が大事な時期だと思っています。

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この作品はスピンオフです。本編に当たる作品はこちら

鷹は瑞穂の空を飛ぶ~プラスチックの専門家が華族の娘に転生したので日本は化学立国になります~ 

よろしければご覧ください。
― 新着の感想 ―
[良い点] まずは面白そうな設定で、期待が持てます。 なぜなら、辛亥革命で清朝が滅び、各地が独立していく歴史の分岐点がいくつもある時代で、実際に、チベットは事実上独立し、ウイグルには短期間に2回、東ト…
[良い点] はじめまして。作品拝見させていただきました。 戦間期を舞台にチベットで戦車戦は面白いですねえ。 第一話の1930年なんてソ連のBT戦車すら出来てないから、40mm積んで時速40km以上で走…
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