太陽の水先案内人
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
ついに、2作品の主人公が対面します。
「日本からのお客様の案内?」
1931年12月、農民正月の休暇で実家に帰っていたミカは、チベット王立士官学校教官であり、実の父である萱場氏郎からそんな話を持ち掛けられた。
「ああ。ミカに是非やってほしいという話があってな」
「なんで私? まずどんなお客様がどういう用件で来るの?」
いくら有名人とはいえ、彼女はついこの前中尉にスピード昇進した程度の一士官でしかない。軍が出張る必要がある程の来賓であれば、もっと階級の高い人間の方が適任なはずだ。
「鳥類学者の山階芳麿さんと、その妻で帝国人造繊維社長の山階耀子さん、そしてその随員数人だ。主目的はチベット高原での鳥類観察とのことだから、警察ではなく、野外活動に慣れている軍の方に話が回ってきた」
「帝国人造繊維……ああ、十年式とかのエンジンを作っている会社か。そういえば確かにあそこの社長さん女の人だった気がする。でも旦那さんの研究についてくる必要はないんじゃない?」
事情を知らない人間からすると至極まっとうな質問をミカがする。
「耀子さんはスケッチが得意らしくて、これまでも可能な限り芳麿さんのフィールドワークに同行して鳥の絵を描いてきたそうだ。ついでに、ゴルムドにある自社の工場も視察したいらしい」
「鳥類観察にスケッチが必要なの?」
「今の写真は白黒だし、じっとしていない野生動物を鮮明に撮影するのは難しいだろう。一応写真機は持ち込むらしいが、スケッチの方が主力になるらしいぞ」
「それで、女性の来賓だから、私に白羽の矢が立ったというわけか……」
話を聞く限り、自分が選ばれるのもおかしくはないとミカは思った。チベット語も日本語も不自由なく扱うことができ、人口密度が低すぎて悪党すらほぼいないチベット高原なら、本職の歩兵でなくても護衛の任務を果たせるはずである。なにより、重要な護衛対象に女性が含まれているのだから、同じ女性で護衛したほうが都合のいいことも多いはずだ。
「受けてくれるか? ミカ」
「うん。むしろ私以上の適任はいないような気がするし、引き受けるよ」
「わかった。それじゃ、その旨で軍には返事をしておくから、また具体的な日程が決まったら連絡する」
「了解父さん」
学者先生はたぶん自由に行動したいだろうし、あれこれ世話を焼く必要はないだろう。自分は周辺警戒に徹していればいい。このときはそう思っていた。
そうして時は過ぎ、2月になったころ。ミカは帝国人造繊維ゴルムド工場で耀子たちを待っていた。
(予定を見ると、会社の飛行機でガルムに来てから、2時間ぐらいでここの工場を視察することになっているのよね。自分の会社の工場なのに、せっかく来たからついでに見ていくか、ぐらいの感じなんだなあ)
これほどの大工場をいくつも持っているという女社長ですら、夫には逆らえないものなのかと思っていると、待合室になっていた休憩所の扉が開く。
「すみません、お待たせしてしまって……」
おずおずと帝国人繊の制服を着た女性を先頭に、わらわらと人が入ってきた。子供も2人ほどいる。
「いえいえ。時間通りですし、お気になさらず」
当たり障りのない返事をしつつ、ミカは山階家御一行の容姿を改めて頭に叩き込んだ。しっかりとした護衛任務なら事前に顔写真などを支給されるようだが、経費削減や襲撃の危険が低いことなどから、そういったものはなかったのである。
「……流暢な日本語ですね。ずいぶん苦労されたのではないですか?」
「いえ、父が日本人なので、幼いころから日本語に触れる機会があっただけですね」
「あーなるほど……って、先に自己紹介したほうがいいですね。私……じゃなくて、芳麿さん、そっちからお願いします」
そういうと女性は一歩下がって、隣の男性に発言を促した。
「はじめまして。鳥類学者で侯爵の山階芳麿と申します。これから一週間ほど、よろしくお願いします」
「機動第1旅団のカヤバ・ミカ・サカダワ中尉です。名前のミカ、もしくは苗字のカヤバで呼んでいただけると助かります。こちらこそよろしくお願いします」
芳麿の自己紹介を受け、ミカも簡単に挨拶を行う。
「よろしくお願いします。今回の調査に同行する者を紹介させてください。隣から順に、妻の耀子……」
続いて芳麿が今回の調査旅行(染色体の研究で疲れた彼を、野鳥観察で癒すためのフィールドワークなのだから、旅行と称してもいいだろう)のメンバーを紹介する。
「……といった具合で、お察しの通り調査といっても本格的なものではないのですが、どうかよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
芳麿に続いて、耀子達も頭を下げた。それを見たミカも一緒にお辞儀をする。
「よろしくお願いします。今回の調査を安心して進めることができるように、私も全力を尽くさせていただきます」
もちろん、内心は普段の訓練や任務よりも緩くてラッキーと思っていたのだが、そんなことはおくびにも出さずミカはそう宣言した。
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