西蔵門戸
長い間放置してしまい申し訳ありません。今回の更新はスピンオフ元の方で掲載した話を加筆修正したものです。
スピンオフ元の「鷹司耀子の帝都転生」が書籍版発売中です。詳しくは活動報告をご覧ください。よろしくお願いします。
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新彊軍を脱落させた後、チベットは中華民国戦線に全力を注いでいた。それはチベット民族が住む地域(彼らの言うところの"旧領")を支配下に置きたいというのもそうだし、対中国では列強の支援を得られないため、全く手を抜けないという意味もあった。
「これが十二年式……!」
「おうとも! 正真正銘、日本からようやく輸入できた1ロットらしいぜ!」
感動するミカに対して、整備兵のプティが自慢げに本日受領した新車両を紹介する。
陸軍技術本部 十二年式中戦闘車 1型乙
全長4.9m
全幅2.5m
全高2.4m
戦闘重量:14.2t
乗員数:4名(運転手、車長兼無線手、砲手、装填手)
主砲:八四式車載砲
口径:75mm
砲身長:2.3m(31口径)
砲口初速:510m/s
装甲貫通力
破甲榴弾:66mm/90°@100m、59mm/90°@500m
九一式徹甲弾:70mm/90°@100m、63mm/90°@500m
装甲
砲塔正面:75mm
砲塔側面:25~40mm
砲塔天蓋:10mm
砲塔背面:25mm
車体正面
上部:25mm30°
下部:25mm35°
車体側面:25mm90°
車体背面:10mm90°
車体上面:10mm
車体下面:10mm
エンジン:帝国人造繊維"A080C" 強制掃気2ストローク強制空冷水平対向8気筒
最高出力:240hp/3000rpm
最大トルク:70.4kgm/1400rpm
最高速度:42km/h
「すごい……十年式よりも大きいし、強そうでカッコいい……」
「ミカは戦闘車好きだね、ほんと」
幼少期から装甲戦闘車両に執着するミカを知っているキャロリンは、この歳になってもまだ変わらないのかと呆れていた。
「噂には聞いてたけど、実車を見るのは初めてなんだもの。ねえプティ、これ乗っていい? いいよね?」
「あ、うん。もううちの部隊の物だし、まずはミカ達中隊長車に割り当てるらしいから、中入ってもいいよ」
狂気的ともいえる様子で迫るミカに対して、困惑しながらプティは許可を出す。
「それじゃあ失礼して……おお、広ーい。広いけど、中にあるもの自体は十年式とあまり変わらないなあ」
設計チームの事実上のリーダーである鷹司信煕は、妹の山階耀子に対して良く設計上の助言を求めている。このため、日本軍の車両はできる限り部品を使いまわせるようになっており、車体の規模が違っても似たような雰囲気の車内になるのであった。
「まあ、主砲はミカ達が乗ってきた十年式改とおなじ三八式野砲の改造品だしな」
「あー確かにそうか。車体との比率が違いすぎて、別の砲を積んでるのかとおもっちゃった」
「火力としては十年式改と変わらないのか。装甲は大分厚くなっているが」
新型とはいえ、思ったより強くはないのか? と、ツェダが疑問を呈する。
「専業の装填手が乗るようになるから、砲弾の再装填は大分早くなると思うぞ。つまり、火力も向上すると思っていいんじゃないか」
「これいちいち状況に応じて役割を変えなくてもよくなったね、ミカ、ツェダさん」
「そうだな。装填手を車長がやったり、砲手がやったりと忙しかったから……」
「装填作業、やっぱり大変だからね。専業の人がついてくれるのは心強いよ」
ツェダとミカが新疆との戦いを思い出して苦笑した。
「それでツェダさん、私達はこの新型車に乗ってどこに行くんですか?」
「それはだな……」
そう言ってツェダは、今度の自分たちの行先を告げた。
「あそこが雅安……」
「西蔵門戸とも言われる茶葉の名産地だな」
「バター茶に欠かせない茶葉はチベット平原で栽培できないから、ガンデンポタンはぜひともここを獲りたいだろうね」
眼下の雅安の街並みを見ながら、チベット陸軍の女性戦車兵であるミカ、ツェテン・ダワ、キャロリンは各々の感想を述べた。新疆戦では士官学校生だった彼女たちは晴れて少尉に任官され、今や各々が1両の戦車を預かる車長になっている。しかもそれが日本から導入したばかりの十二年式中戦闘車1型乙だというから、軍部の期待と目論見がうかがい知れるというものだ。
「雅安を奪取したら、成都はもう目と鼻の先です。あっちも取ることになるのでしょうか」
「そうなる前に停戦するつもりで政府は動いているらしいが、異民族に対する蔑視もあって、どうなるかは不透明だ」
日本軍がシベリア鉄道を爆撃した結果、ロシアから中華民国やモンゴルへの支援も途絶した。その結果、長年チベットと争い続けて体力をそがれていた中華民国は、ついに財政が破綻しつつある。それでもなお「異民族如きに譲歩するなど末代までの恥だ!」と叫ぶ強硬派が居るのだから始末に負えない。
「誇りで飯は食べられないのに、酷い話」
くだらない理由でずるずると戦を引き延ばしている中華民国政府をキャロリンが皮肉る。前線では給料の支払いが遅れ始めており、彼らの士気が低かったのも、チベット軍が前線を押し上げることができた一因であった。
「それなら奴らの誇りとやらをぺしゃんこにしてやるまでさ。そうだろう?ミカ、キャロ」
「……そうですね。私、今度こそちゃんとした休暇が欲しいところだったんです」
「ミカに賛成。こっちも歩兵不足が深刻化しつつあるし、ここらで圧勝して奴らの鼻っ柱をへし折ってやる必要があると思う」
三人は決意を固めた後、自分の小隊に戻っていった。
準備の完了したチベット軍は、まず南側から雅安を攻撃する。十二年式中戦車を正面に押し立てて、広いとは言えない戦闘正面を兵器の性能差でじりじりと押し上げていった。
「まだかな……」
キャロたちは雅安の北側にある蒙頂山で待機している。南側を主攻と思わせて、中国軍が引き寄せられたところを後ろから殴りつけるためだ。
「……頃合いだな。全車戦闘準備。蒙頂山を駆け下りて町と町の間を抜けるぞ!」
山頂から戦況を観察していた旅団首脳部から出撃命令が下る。各車両の運転手がエンジンを始動し、一帯はにわかに2ストエンジン特有の爆音に包まれた。
≪全車突撃!敵軍の背後を蹂躙し、退路を遮断せよ!≫
≪了解!≫
≪了解!≫
≪了解!≫
無線で指示が飛ぶや否や、各車長がやかましく応答し、自車を突撃させていく。
「私達も突撃します!前進!」
ミカも自車を走らせ、山を駆け下りていった。
「砲手!まずは一発前方の敵歩兵陣地に砲撃!弾種榴弾!躍進射!」
「遠すぎないですか!?」
「同士討ちさえしなければいいから!」
砲手が驚愕するが、周囲の僚車も似たようなことを考えていたらしい。敵軍の頭を下げさせるため、テキトーな狙いで敵陣を砲撃している。
「操縦手、一旦停止! 砲手は動揺が収まり次第射撃して!」
「ええいままよ!」
ミカ車の砲手も覚悟を決めて適当な目標に向けて砲撃した。案の定狙いからは外れたが、目標が大きかったので敵陣地自体には命中したようだ。
「次は正面の機銃陣地!弾種榴弾!躍進射!」
「激しくぶれてて分かりません!」
高速で機動しているため、砲手がうまく指示に従えていない。90式以降の日本戦車のようにスタビライザーはついていないので、こんなものだろう。
「多分方位002ぐらい!」
ミカは砲手をしていた時の感覚から砲手の方角を指示する。
「見えました!」
「装填は!?」
「終わってます!」
ミカ車は前転しないようにブレーキをかけたあとに発砲、目標を撃破し、再度前進を始めた。
≪敵特火点撲滅!≫
≪進めー!根性見せろー!≫
通信を聞く限り、味方もうまくやっているらしい。この後もミカ車を含むチベット機動第1連隊は、敵陣地やトーチカを撃破しながら進撃し、中国軍の防衛ラインを突破して雅安防衛部隊の後背に回り込むことに成功した。雅安市内を通って南東方向へ流れていく川「青衣江」沿いに布陣していた中国軍は、突然背後に現れたチベット軍戦車隊を見て恐慌状態に陥る。
「今だ!同士討ちに注意しつつ総攻撃!」
対岸のチベット歩兵第6旅団長が叫ぶ。危険なはずの渡河攻撃はあっさり成功し、機動第1連隊と歩兵第6旅団が宗家溝で握手したことで、雅安は完全に包囲されてしまった。
「皆さんクルマにつかまってください! 防御戦闘中の機動大隊のところまで送ります!」
初動の混乱から立ち直った中国軍が、案の定包囲を破ろうとミカ達戦闘車第1大隊の後詰めである機動第1大隊を攻撃している。このため、当初の計画通り一部の戦車に歩兵を戦車跨乗させて、必要な場所に送り届けることになった。
「おお、やっぱり新型はでかくて乗りやすいな」
「西蔵の砂狐に送ってもらえるなんて、俺たちはついてるぜ」
「あはは……」
もう色々と間違っている歩兵の皆さんのコメントに苦笑しながら、ミカは彼らを振り落とさないように慎重に戦車を走らせる。戦力の移動は問題なく間に合い、雅安守備隊は包囲環脱出に失敗した後すぐに降伏。凄惨な市街戦は回避された。
「お疲れミカ~」
「キャロちゃんもおつかれ~」
「ミカ、キャロ、二人とも生きてるな」
「ツェダさんも無事で何よりです」
戦闘終了後、3人はお互いの無事を確認しあっていた。
「思ったよりあっさり終わりましたね」
「やっぱ給料はちゃんと払わないとダメだよ。中国軍がもっとやる気にあふれてたら、だいぶてこずったはずなのに」
やれやれといった調子でキャロリンが中国軍の動きを批判する。
「まあまあ、『器用な嫁でも米がなくては粥を作れない』というだろう?我が国は運よく石油資源を輸出して外貨を稼ぐことができているが、向こうにはないからな」
「一歩間違えばああなるのは私達だったかもしれませんからね」
そういってツェダとミカがキャロをなだめた。
「それで、ミカ、ツェダさん、今回私達は『圧勝』できたと思う?」
「相変わらず我が軍からするとうらやましくなるくらいの人数が捕虜になっていますので、これで民国が諦めてくれるとありがたいですね」
「今までの戦場は山奥の寒村だったが、今回は曲がりなりにも里山の麓の町だったからな。駐屯していた兵力もそこそこだったし、後は蒋介石の判断次第と言ったところか」
「漢人はとにかく数が多いから、あんまり捕虜にした人数で物をはかるのは良くない気がするけどねー……」
とはいえ、質で明らかに優れているチベット軍が、中国の穀倉と言える成都に迫っていることの重大さを、蒋介石らはきちんと理解していた。ロシア以外の列強各国から、チベットの独立を認め、停戦することを条件とする経済支援を提案されていたこともあり、1929年の夏、ついに中華民国とチベットとの間で平和条約が締結される。ドイツからの大攻勢を必死に捌こうとしていたロシアにこれを何とかするすべはなく、ほぼ全世界を相手にしたロシアの戦いは、そこからそう時間が立たないうちのロシアの敗北をもって決着したのだった。
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