激戦と幕引き
映像作品だったらかっこいい戦車戦の映像が延々と流されてるんでしょうけど、文学作品だと同じ文字列がひたすら続くだけなので……
「方位290!突車!」
「距離1500!ギリギリ抜けると思いますが、どうしますか!?」
ツェダの指示に対してミカが怒鳴り返す。
「あくまで目的は突撃中の40mm装備車の側面を突かれないことだ!」≪大隊長!75mm装備車全車を500mほど前進させたい!許可を!≫
≪よろしい!75mm装備車は500mほど前進せよ!≫
75mm装備車は中隊長車が多く、砲塔旋回や再装填が遅くて機動戦に向かないため、あまり前の方に配置したくはない。しかし、同じ連隊の戦闘車第1大隊と戦闘車第2大隊は別正面で戦闘中であり、援護は望めなかった。
「車長!この辺でどうかな!?」
「車体を隠せるいいクレーターだ!砲手、方位010の突車、撃て……」
「ごめん!走り出そうとしてたからもう撃った!」
ミカはツェダの指示を待たずに射撃し、1両を撃破した。これを皮切りに僚車も射撃を開始し、数両のT-14を落伍させる。しかし、ロシア歩兵戦闘車の増援部隊はミカ達を無視し、格闘戦の真っ最中である十年式軽戦闘車に攻撃を続けている。
「止まらないだと!」
「我々も突撃しましょう!」
驚愕するツェダに対し、ミカが間髪入れずに提案した。しかしツェダはそれを拒絶する。
「だめだ!ミカはともかく、他の車両の砲手は弾を当てられん!操縦手、観測を代わってくれ!装填手をやる!」
「Mam yes mam!」
75mm車での突撃は味方が付いてこれないと判断し、ツェダは自分が装填を代行することで1発でも多く射撃することを選択した。
≪敵突車爆散!≫
≪よくやった!あいつもあれでおしまいだ!≫
≪すみませんエンジン壊しました……≫
≪またお前かペッツィ!せめて死ぬんじゃねえぞ!≫
無線から聞こえてくる限りでは、味方はそこまで押されていないようである。しかし、何らかの理由で車長が即死していると、離脱報告は当然なされない。実際、撃破されて黒煙を上げている車両の中には、相当数の十年式軽戦闘車が混ざっていた。
「方位340!」
「照準ヨシ!撃つよ!」
もはやキャロリンは目標がなんであるかを話さず、ミカも指示を待たずに勝手に射撃している。そしてツェダが悪態をつきながら砲弾を装填し、無線からは悲喜こもごもな叫び声が流れてくる。さらには態勢を立て直したインド人歩兵がロシア突撃車に近接攻撃を仕掛け、戦場をひっかきまわす。そんな地獄のような時間が過ぎていった。
「……勝ったか」
「勝ちましたね……」
「たぶん、きっと、おそらく、maybe」
永遠にも思えるような時間の果てに、チベット教導戦車大隊は勝利を手にした。ロシア機械化歩兵部隊を撃退し、イギリス軍は無事にクチャを占領したのである。
「損害は……?」
「突撃した40mm装備車の4割が撃破された。現在集計中だが、戦死者・負傷者も相応の数になるだろう。少なくとも我が中隊は4両が撃破され、6人が負傷、6人が行方不明になっている」
ミカの質問にツェダが答えた。淡々とした口調には、己の無力感をかみしめるような悔しさがにじみ出ている。
「ミカ」
「ん?」
キャロリンが唐突にミカに対して声をかける。
「楽しかった?」
「……燃え尽きた感じがする」
疲れた声色でミカが答えた。
「ふーん」
「ひたすら力押しに力押しで対抗したから……正直楽しかったけど、それ以上に疲れちゃった。損害も大きいから、達成感もあまりないし」
ミカはそういうと大きなため息をつく。
「ロシア軍も許容できない損害を受けたというより、後方で反乱が発生したから撤退したって感じみたいだしね」
「何だその話はキャロリン」
唐突に新情報を提示されてツェダが食いついた。
「コルラで別れた日本軍の第12師団、あれがウルムチを落としたんです。そしたらウイグル人の間に政府に対する不平不満が渦巻いていたみたいで、ウイグル人兵士があちこちで反乱を起こしているんだとか」
ちょうどミカたちがクチャで死闘を繰り広げていたころ、日本軍第12師団は天山山脈の新疆軍防御陣地を突破し、熾烈な市街戦の末にウルムチを陥落させていた。
「トルファンを迂回して敵首府を陥落させる日本軍もすごいが、兵士が反乱するとはどれだけ不満がたまっていたんだ」
「金樹仁が漢人の基準をいっぱい押し付けていたみたいで、しかも税は重くなるし戦いは負けてばかりだし。そりゃあ反乱も起こるというものですよ」
「ウイグル人も不幸だな。上に立てる人材がいないというのは」
さっきまで殺しあっていた間ながら、ツェダはウイグル人の不幸に同情する。
「じゃあキャロちゃん、新疆軍との戦いはこれで終わり……?」
「新疆軍とは、ね。ロシアはまだ折れないんじゃない?」
「とはいえ、一息つけることには変わりないだろう。どうやら3月には、学校に戻って修了式を迎えられそうだな」
チベット視点では何の利益もないように見える新疆との戦争は、こうして一応の決着を見そうであった。
ミカたちが突撃していればもっと面白くかけたのかもしれませんが、狙撃を選択してしまったのでどうしようもありませんでした。すみません。