チベットの正月
ほとんど閑話みたいなものです
11月の終わりごろになってくると、日本軍が沿海州と朝鮮半島の戦線を片付け始めたため、主に日本本土防空を担当していた八七式戦闘機がゴルムドに飛来するようになった。
日本航空技術廠 八七式戦闘機1型甲 "長元坊"
機体構造:低翼単葉、引込脚
胴体:PBT系GFRPセミモノコック
翼:テーパー翼、PBT系GFRPセミモノコック
フラップ:鷹司=奈良原フラップ(ファウラーフラップ)
乗員:1
全長:8.0 m
翼幅:10.0 m
乾燥重量:1200 kg
全備重量:1800 kg
動力:帝国人造繊維 "C222B" ターンフロー式強制掃気2ストローク空冷星型複列18気筒 ×1
離昇出力:950hp
公称出力:850hp
最大速度:510 km/h
航続距離:1850 km
実用上昇限度: 9500 m
武装:八年式9.3mm航空機銃×4(機首固定×2、翼内固定×2)
この史実における一式戦闘機を一回り小さくした様な機体は、同世代機と隔絶した性能を持っている。その名はすでに極東戦線から全世界に轟いており、それが配備されるとなったガルム航空基地の士気はにわかに向上していた。
「……こんなに歓迎されると、なんだかこそばゆいな」
長元坊のパイロットたちは、ガルム航空基地の隊員たちから熱烈な歓迎を受け、困惑気味の様子である。
「すみません、我々はそろそろ正月なので、浮かれています」
服装を見るにチベット軍の女性パイロットだろうか。頑張って日本語で話しかけてきている。
「正月?気が早いんじゃないか?」
「チベットでは、だいたい12月の最初に、正月『ロサー』を祝います」
日本軍のパイロットが疑問を呈すと、チベット軍のパイロットが首を振った。
「12月に祝うとなると、欧米のクリスマスみたいなもんなのか」
「うーん……クリスマスについては詳しくないのですが、違うかもしれません。ロサーの目的は、その年の収穫に感謝し、次の年に向けて厄を落とすことです。ええっと、日本の新嘗祭と正月が一緒になったような、そんな行事です」
チベット軍パイロットが一生懸命説明してくれる。日本人とチベット人は顔つきこそそっくりである──それこそ中国人や朝鮮人よりも似ているし、遺伝子的にも系統が近い──が、その言語も文化も大きく異なっており、日本軍パイロットたちに話しかけるのは勇気が必要だっただろう。
「成程、それは確かに正月のほうが近そうだ」
「しかし、12月に正月を祝うということは、1月は特に何もしないのか?」
もっともなことを一人の日本軍パイロットが聞いた。
「いえ、1月は1月でロサーを祝います。12月のロサーが農民正月で、1月のロサーが王侯正月です。ただ……」
「ただ……?」
チベット軍パイロットは含むような言い方をする。
「王侯正月は確かに正月なのですが、色々な準備や催しがある農民正月と違って平民は豪族の家に行ってごちそうにあずかるだけなんです」
「なんだいそりゃ」
日本軍パイロットたちはずっこけた。これでは花見にかこつけて酒を飲んでいる飲んだくれのようなものである。
「私も何故農民正月があるのに王侯正月もあるのかはよく知らないのです。ただ、昔からそうしてきているので……」
一応、チベット文化研究者の間では、本来の正月が農民正月であり、王侯正月は王侯貴族が自分たちの権力を庶民に誇示し、庶民はそれに恭順の意を示す行事に、中国から暦と一緒に導入された正月が変形した物であるという説が出されていることを補足しておく。
「なるほどな……ところで、ソナム・ロサーでは何をするんだ?」
「とりあえず準備としては、麦の若芽が生えた鉢植えを用意したり、旗竿用の先端に青葉が付いた柳の枝を切りに行ったり、正月に食べるカプセーをつくったり……月末には大掃除をして占い用のすいとんを作って……」
チベット軍パイロットが指を追ってやることを数え始める。
「成程、どこの正月も大変なのはよくわかった」
「何か必要なことがあったら声をかけてくれ。女手の多いこの基地じゃ大変だろ」
陸と同じく、空の方も、女性の比率が高いのがチベット軍の内部事情であった。
「ありがとうございます。軍務もありますのでくつろいでくれとは言えませんが、こちらからも何かできることがあれば遠慮なくお声がけください」
今年のガルムの正月は、どうやらいつもと違う雰囲気になりそうである。
付け焼刃の知識で申し訳ないですが、頑張って書かせていただきますのでよろしくお願いします。以前一度だけ本編の方の感想欄でお見かけした有識者の方はお元気かしら……