砂狐
というわけでタイトル回収です。
ミカがストーキング趣味を暴露する一幕はあったものの、その後の取材は無事に終了し、数日後には「チベットミラー」誌の号外──ここ最近戦乱が続いているため、発行されるのが常態化している──が発売された。されたのは良いのだが……
「お、"砂狐"じゃん!調子はどうだい」
「プティまで……」
ミカたちの取材記事に「チベットを守る砂狐達!コルラの戦いの立役者の素顔とは!?」などの書かれてしまい、すっかり「砂狐」があだ名として定着してしまったのだ。
「あだ名がついてるのってかっこいいじゃん?」
「foxyって基本的にいいニュアンスで使われる、smartとかの類義語なんだけどなあ」
プティとキャロリンが不思議そうにミカの方を見る。
「なんか恥ずかしいというか……痛々しい?」
「痛々しいって……ミカ時々変な表現するよね。天才は感性も人と違うなあ」
ミカの言葉遣いが時々おかしいのは現代日本人由来の魂がそうさせているからなのだが、そんなこととはつゆ知らないキャロリンがミカを冷やかした。
「キャロちゃんがそれ言う……?」
「うちにいわせりゃどっちもどっちなんだが。整備する側の身にもなってくれ」
ミカはミカで自分より操縦技術に長けるキャロリンを素直にすごいと思っているし、プティはプティでどっちも化け物だと思っている。
「正直すまんかった」
「反省してまーす」
「……まあ、君たちが思う存分戦えるように整備するのがうちらの仕事なんで、別にいいんだけどね、うん」
まったく反省してなさそうな二人に、プティはため息をついた。
「ところで、無事にコルラは制圧できたし、インド人達も砂漠を越えて新疆軍と対峙しているようだけど、これからどうするんだ?」
「私達は西進することになるんじゃない?」
「山越えした後に市街戦とか。何のための機動旅団なのかさっぱりだし」
コルラからは山を越えて北に進み、一直線にウルムチを攻めるルートと、砂漠を西進してタリム盆地のふちにある諸都市を制圧してロシア国境に進出するルートがある。
「正直お互い攻勢限界点って感じもするしね」
「せめてガルムから軽便鉄道でも引かないと補給がきついから……」
チベット国内のインフラが、10年程の努力にもかかわらず貧弱なのは周知の事実であるが、実は新疆側の補給事情も芳しくない。
「新疆も新疆でシベリア鉄道から遠いし、新疆自体の工業力はチベットとは比べ物にならないくらい低いからね」
「これはつまり、鉄道の建設合戦になる……って、コト!?」
史実でも、補給のために泥縄式に鉄道を建設した事例がある。日本で有名なのは、過酷な労働環境で多数の死者を出した泰緬鉄道だろうか。
「これ何とかならないかなあ」
「また都合よくクーデターでも起こればいいんだけど」
何とも他力本願な話であるが、これこそが中小国の悲哀とでも言うものであった。
だが、別にこの願望はそこまで突拍子もない話でもない。
「徳庵様、やはり屠畜税の導入はやめた方がいいかと……」
「国家が存亡の危機にある今に至ってそんなことを言う奴がいるのか?」
楊増新を暗殺しようとした部下を逮捕し、なし崩し的に新疆軍の政府主席となった金樹仁(字は徳庵)は、諫言した側近をにらみつけた。
「……!い、いえそのような……」
「そうだよな、だからその通りにするんだ。取るべきところからとらなければ、軍を養えんのだぞ」
「は、はい……」
側近は何か言いたげであったが、そのまま何も言い返せずに退室した。
「くそっ、どいつもこいつも使えやしない。楊増新の時は唯々諾々としたがってたくせに」
金樹仁は気づいていないが、新疆もまた、漢人と現地民のテュルク系民族であるウイグル人との間の微妙なバランスで成り立っている土地である。楊増新はこのバランスを保つことにかけては天才的であり、そのために17年もの間この地を安定して治めてこれたのだ。
「新疆がこれまで発展できなかったのは、あの耄碌したクソ爺が古い政治をいつまで続けてきたからだ。ロシアの力を借りてこれを改革し、その原資として油断していたチベット人どもから油田を奪えば、すべてうまくいくはずだったのに……!」
金樹仁は中国本土で養成された漢人の官僚を要職につけ、ウイグル人郡王家の持っていた自治権をはく奪するなど、強力な中央集権体制を作ろうとした。理屈の上では、確かにそうするのが近道であったが、先述した新彊という土地の特性を無視したやり方である。
「今に見てろ西戎どもめ。俺は一国一城の主になるんだ。この程度の逆境ぐらい撥ね返せるはずだ」
ことこの状況においてもなお理想に凝り固まり、現実が見えていないことが、果たして不幸なことなのかどうかは誰にもわからなかった。
もしよろしければブックマークと評価をお願いします。
また、筆者はいつも皆様からの感想を楽しみにしていますので、お気軽に書き込んでいただければ幸いです。