彷徨える湖
こうやって小粒な話を毎日更新するのと、ある程度まとめて更新するの、どっちの方がいいんですかね
アルチン山脈の新疆軍は重装備が乏しく、士気も低かったため、いくらかの陣地を突破して分断包囲したところ、次々と降伏していった。その隙にロシア軍は死ぬなり撤退するなりしており、そもそも両軍ともに数が少なかったため、おそらく時間稼ぎの捨て石にされたものと思われる。
アルチン山脈を突破した日蔵軍はウルムチの手前にある都市トルファン……ではなく、その西側にあるコルラに向けて進軍した。あわせて、他の対新疆戦線でも英領インド軍が大攻勢を実施し、前線を崑崙山脈とアルチン山脈のラインまで押し上げにかかっている。
「あつい……」
「あついな……」
「あついね……」
国境を150kmほど突破したところで、あまりの暑さにチベット兵たちが参ってしまったため、偶然発見したオアシスで早めの小休止を取ることになった。我らがカヤバ・ミカ・サカダワ一行も、ごらんのとおりグデグデになっている。
「なんでやまをこえたとたんにこんなあつくなるの」
テントの中で寝転がりながらミカがキャロリンに話しかけた。
「わたしにきかないでミカ、いまなにもかんがえたくないの」
キャロリンが辛そうに答える。
「アルチンさんみゃくがかんきをせきとめてるからじゃないのか、しらんが」
ツェダも完全にへばっていた。
「チベットは涼しいもんなあ……はい、バター茶しかないけど、いいかな?」
「えー……」
日本の衛生兵がテントを訪ねると、ミカがだるそうに声を上げる。
「ただでさえ暑いのに、さらに体を温めてどうするんですか……」
「氷を入れて冷たくしてあるよ。日本軍では冷製スープみたいって結構好評なんだけど」
この世界線の日本軍は、日露戦争のときせっかく輸送した食料が腐ってしまった経験から、保冷車の開発に力を注いでいた。現代で一般的なコンプレッサー式ではなく、スターリングクーラーによって冷やす仕組みである。絶対的な冷却能力ではコンプレッサー式に劣るものの、製造が容易でより低い温度まで下げることができるのが特徴だ。
「じゃあせっかく入れていただいたので」
「いただきます……」
「すみません……」
3人のチベット娘が冷製バター茶を受け取って飲む。
「……なにこれ!すごくおいしい!」
「こんなおいしいジャはそうそうないよ!」
にわかに興奮しだす3人。チベット語なので衛生兵はきちんと理解してはいないものの、内容の想像は付く。それ故に表情が曇った。
「……あぶなかったですねみなさん。多分熱中症でしたよ」
「熱中症……嗚呼、暑さでたおれるやつですね」
「実は、今皆さんに渡したジャは、とっても薄く作っているんです。いつもの皆さんなら、たとえジャを飲みなれていても変な味だと思ったでしょう。でも、おいしかったんですよね?それ……」
心配そうな表情の衛生兵がミカに味をどう感じたか確認する。
「はい、私達はみんな美味しいって言ってましたよ」
「それは汗をかきすぎて体内の塩分が不足していたからなんです。良かった、下手するともう少しで死ぬところだったかもしれませんね」
要は経口補水液がおいしく飲めてしまう状態だったということだ。チベットは冷涼な気候であるため、寒さ対策については十分な知見があるものの、暑さ対策については日本軍の方に分がある。
「どうりで……」
やけに意識がもうろうとしていたわけだと思い、ミカは戦慄した。
「このジャと言う飲み物は良いですね。寒いときはヤクバターの熱量で体が温まりますし、少量の塩が入っているので、うまく作れば夏場の熱中症対策にも使えるということが今回わかりました。ジャを美味しく飲む方法については皆さんの方が詳しいと思いますので、今度からは暑い時も積極的にジャを飲むようにしてくださいね」
「わかりました。ありがとうございます」
ミカたちに限らず、熱中症で倒れそうになっているチベット兵はあちこちに居たのである。これを機に、チベット軍は砂漠戦装備を急いで策定することになったのだった。
なお、ミカたちが小休止を取ったオアシスは、その存在をめぐって様々な議論が行われていた「ロプノール」だったのだが、それが判明するのはもう少し後の事である。
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