このころのチベット情勢
イチャイチャするお話です
ミカたちが休養と再編成を行っている間、まずチベットの救援を理由に日本とイギリスが、続いて自国系民族の保護を名目としてドイツとオーストリアがロシアに対して宣戦を布告した。
「すごくいいタイミングで他の列強が参戦してくれたから、万全の状態で逆襲に出られるねキャロちゃん」
さしものロシアもほぼ全方位から戦争を仕掛けられてはさすがに新疆を積極的に支援する余裕はないようで、チベット側が一息入れている間に大規模な増援が送られた様子は見られない。
「でも新彊って暑いんだよね?私たち大丈夫かな」
「確かに、砂漠が広がってるんだよね。私なら冬の間に何とかしたいな」
チベットに比べ、新疆の地は全体的に厳しい気候である。タクラマカン砂漠やゴビ砂漠が広がり、夏は焼けるように熱いくせに冬もそれなりに寒い。
「それがいいかもしれない。戦闘車の中って結構暑いから……」
民間の乗用車にすらエアコンがない時代である。戦車にエアコンが付いているわけがない。しかも十年式戦闘車のエンジンは空冷で、エンジンルーム内に盛大に熱気をまき散らしている。乗務員区画との間にはグラスウールを薄い鉄板と金網でサンドイッチした隔壁があるものの、エンジンの熱気が伝わるのは避けられない。
「チベット娘の蒸し焼きが出来上がっちゃいそう……」
ちなみに、冷却配管が車室内を縦断していた史実のカヴェナンター巡航戦車は、車室内の温度が40℃を越え「悪夢のメカニズム」と酷評されたことで有名である。車体後部に水冷エンジンがある自動車の場合も、カヴェナンターと同じように床下や屋根の上をラジエターホースが通ることになるのだが、作者の実体験によると、エアコンをつけなくても夏以外なら乗員が蒸し焼きになることはない。戦車がいかに大排気量かつ大発熱量のエンジンを積んでいるかと言うことの証左にもなろう。
「なんか漢人の金持ちが食べたがりそう……」
「うえー……」
漢民族に対するろくでもない誹謗中傷をしつつ、二人は話題を今のチベット情勢に戻した。
「それにしても、民国の方にはみんな宣戦しないんだね」
「その辺はなんか複雑な事情があるみたいだよ」
「あー、あのパイを切り分けるやつ」
キャロがアンリ・マイヤーの「中国のケーキ」の物まねをする。
「そう、それそれ。距離が近い分明らかに日本有利だし、日本は日本で大連以外中国大陸に領土を持ちたくないみたいだから、あくまで『中国内の問題に手を突っ込むロシアを誅する』と言うスタンスで行くという暗黙の了解が成立したみたい」
「漢人はとにかく数が多いうえに血気盛んだからねー。殺しても殺しても向ってくるから慣れないうちは寒気がするんだってさ」
中国分割は複雑怪奇、とでも言いたげな表情でミカが言うと、キャロはまるで怪談のように先輩の体験をおどろおどろしく話す。
「やだなあ、私だったらまたあの時みたいに滾っちゃいそう」
「そう?何度でも言うけど、あのときのミカ凄くかっこよかったんだけどな」
うんざりした様子でミカが答え、それをキャロがフォローした。
「うーん……」
「半分日本人の血が混じってるから、ミカちゃんは相手の名誉も重んじたいのかもしれないね」
キャロが軽い調子で適当なことを言う。
「あ、ちょっとピンときたかもしれない。『相手をおもちゃ扱いして楽しんで殺すのは実際失礼』って思ってる気がする」
古事記はもちろん、五輪書にも書いてなさそうなことをミカが言った。
「テキトーに言っただけなんだけど。というか、対等な立場での死闘を求めてるって、それはそれで戦争狂って奴じゃない?」
「キャロちゃんは私を勇気付けたいのか貶したいのかどっちなの」
「え、かっこいいじゃん、戦争狂」
怪訝な顔をする美香に対して、キャロは平然とそう言い放った。
「なんかさ、ヒトだけど人間じゃないような極悪人っているでしょ?逆に、まるで人間みたいに優しい馬とか犬とか猫とか居るじゃん。結局、人間っていうのは意志の生き物であって、その道を踏み外したら実際畜生と同じなんじゃないかって、私おもうんだ」
ため息つきながらミカが言う。
「まあ一理あるし、それがミカの生き方なら肯定するよ。でも、それはそれとして……」
そこまで言うとキャロは席を立ってミカの横に移動し
「私は今のミカって生き物が好きだな」
と囁いた。
「……!」
同性のはずなのに、思わずどきりとさせられてしまうミカ。
「おっと、そろそろ午後の演習じゃん。いこっ、ミカ」
そんな彼女をほほえましく思いながら、キャロは親友に手を差し伸べた。