私服で至福な雌伏の時
戦闘を終えてゴルムド入りした教導戦闘車大隊は、中隊長を集めて今回の戦闘の反省会を行うことにした。
「えー、日本軍の騎兵第12連隊からはしこたま怒られたが、どの中隊も被害なく今回の戦いを終えることができて本当に良かった」
無論、チベット教導戦闘車大隊が怒られた原因は、戦闘車第1中隊が走り回りすぎて射線に割り込んできたことである。
「それに関しては本当に申し訳ありませんでした……」
「ツェダも人間なんだなーって思ったけど」
「おまえな……」
怒られた原因の第1中隊長であるツェダはとても申し訳なさそうにしている。第2中隊長のラモがからかうと、自走砲中隊長のサンポが頭を抱えた。
「中隊長と小隊長を兼任させると、指揮に支障が出るというのはちょくちょく言われていたことだからな。そのうち編成を変えてくれるだろう」
テンジン・タシはツェダを慰めた。自分も先任や上官にどやされながらここまで来たのである。命に係わるとはいえ、叱責する気にはならなかった。
「さて、今回の戦いを総括すると、豆戦車の機動力を可能な限り発揮し、ガルムまで迅速に進撃するという作戦目標は達成できたということで間違いないな」
「……我々の実力を考えれば妥当でしょう」
テンタが確認すると、ツェダが難しい顔をしながらコメントする。
「さっきまでアルチン山脈で戦っていた先輩たちなら、もう少しうまくやったと思いますけどね」
ツェダの言いたそうなことを察してラモが付け加えた。アルチン山脈とは、チベットのツァイダム盆地と、新疆のタリム盆地を隔てる山々で、チベットの油田地帯をめぐって激戦が繰り広げられた場所である。中華民国との戦線から抽出された戦闘車部隊も、ゴルムドに到着次第ここの防衛に投入されていた。
「まあ彼らなら、峠道に築かれていた新彊軍陣地攻略の時も、うまいこと直接参戦して日本軍を助けた気はするがな」
彼らは山がちな甘粛省や四川省西部のあたりを主戦場にしていたこともあって、戦車を使った山岳戦なら世界を相手に戦える実力を持っている。
そもそも、山岳地帯で戦車を使おうとする国がほとんどいないことに突っ込んではいけないが。
「せっかく今度から同じ部隊になることですし、ご指導ご鞭撻を希いたいところです」
「それにしても、我が国もついに機動旅団を持てるんですね。あまりにも楽しみで思わず編成表を書いてみたんですけど、こんな感じであってますか?」
ラモはそういうといつの間にやらメモ書きしたらしい編成表を机の上に置いて見せた。
「……さすがにここまで豪勢な部隊を運用する力は我が国はないぞ」
ラモの書いた妄想では、120両以上の十年式戦闘車と三年式突撃車、ジムニーテクニカルを装備し、総勢5000人をこえる3単位制の諸兵科連合旅団が書かれていた。装備だけ見れば日本軍の1個騎兵師団に匹敵する戦力であり、とてもアジアの途上国が運用する部隊ではない。
「そんなー」
まるで出荷される豚のようにラモはしょぼくれてしまった。
「今度編成される機動旅団は、1個戦闘車連隊と1個機動連隊を基幹とする編制になっている。戦闘車は多ければいいって代物ではないし、大規模な部隊は小回りもきかないから、こんなもんだろう」
「意固地になって3単位制編制にするわけではないんですね。ようやくすっきりしました」
テンタの示した解答にサンポが納得する。この話題はやはりみんな気になっていたのか、勝手にいろいろ考えて一喜一憂していたようだ。
「みんな気になるのはわかるが、話を戻すぞ。俺は後方に居たから、正直前線の君たちが何を考え、感じていたのか言われなければわからない。それを包み隠さず教えてほしい」
テンタが仕切りなおして反省会を再開する。こうした丁寧な取り組みが、まだ未熟さが目立つ彼女たちを強くしていくのだった。
それから、部隊全体でみると1か月以上の休養がミカたちに与えられた。アルチン山脈の戦いに投入された者もいれば、道なき道を進み、ミカたちよりも後にようやくゴルムドに辿り着いた者もいて、誰も彼も疲弊していたからである。その間に、再編成に必要な作業や手続きも進めなければならない。
「娑婆に出るなんていつぶりだったかな~」
「一応長期休暇のたびに家に帰ってたでしょ、キャロちゃん」
今日はミカ達が休暇を取る日である。外出許可が下りたため、二人はゴルムドの町の中へと繰り出していた。
「それにしてもガルムってすっごいよね。石油を精製する時に出てくる可燃ガスを燃やして火力発電してるから電力が豊富だし、それを使う工場がいっぱい立ち並んでるのはチベットはおろか、中国でもそうないんじゃないかな」
石油をはじめとする希少資源を地産地消するために異次元の発展を遂げ、今のゴルムドは生産力なら成都をしのぐ大都市と化している。主な特産品は帝国人繊ゴルムド工場の化学繊維と、それを使った地元手工業者や鐘淵紡績ゴルムド工場による衣類、豊富な電力を使って近所のチャルハン塩湖からとれる塩を電解精錬したマグネシウム粉末や金属ナトリウムであった。
「電気自体はラサにも来てるけど、山がちで土地が狭いからこんな風に整然と立ち並んでる感じにならないし、何より工場の従業員を狙っていろんなお店が集まってるのもすごいよね。『中国のシドニー』っていう人がいるのもわかる気がする」
勿論、「中国のシドニー」と言うのは、首都よりも栄えている、と言うところまで込みの表現である。そのおかげか、ラサ周辺しか知らないミカたちにとって異国の都のような印象を与えていた。
「こうやって街を歩いてるだけでも、いろんなものが目に飛び込んできて、全部買いたくなっちゃうのはすごいよね」
「服屋の店頭に展示されてる服もおしゃれでセンスあるし、きらびやかでいつまでも居られそうな気がするよ」
先述の通り鐘淵紡績の工場が存在するため、そこで生産された服が店頭に並んでいる。一般的な普段着や上着のほか、中国系や日本系の民族衣装、変わったところでは大量のフリルがあしらわれたメイド服といったファンタジックなものまで、色々なものが展示されていた。
余談ではあるが、帝国人造繊維は鐘淵紡績と妙に仲が良く、帝国人繊のバックアップのもと化粧品分野に進出して利益を上げたり、帝国人繊が異形断面繊維を発明した時にいち早くサンプルを入手できたりと、様々な便宜を図ってもらっているらしい。
「……いっぱい歩いてたらお腹空いてきちゃったね」
「ちょうどいいところに食堂があるみたいだし、入ってみようよ」
二人は小さな料理屋を見つけて席に着いた。
「……この西蔵蒸し餃子と西蔵うどんが先頭に来ているおしながきを見ると、やっぱりここはチベットなんだなって実感するよ」
ミカがメニューを見ながらため息をつく。
「わかるよ。モモもトゥクパもおいしいもんね。特に今は中国からの小麦が途絶して長いから、なかなか食べられないし」
「この2つしかないところもあるから、西蔵揚げ餃子とか西蔵水餃子もあるだけまだましかな」
チベットにおいて小麦粉は貴重品である。そのため、モモもトゥクパも基本的にはハレの日に食べるごちそうで、普段は西蔵麦焦がしを西蔵ヤクバター茶等で練って食べている。
「……よかった、裏面にモンゴル料理のお品書きがあるよ」
「やっぱり、ガルムまで来たらモンゴル料理が食べたいよね」
ゴルムドはモンゴル語での名称である。今までずっと彼女たちがゴルムドを「ガルム」と呼んでいたのもこのためだ。
「すみません、注文良いですか?」
「はいよ」
人を呼ぶと、店主らしき人が注文を取りに来た。
「羊肉と野菜の石焼2つで」
「ホルホグ2つね。お前さんたち、この前ここを助けに来てくれたチベット軍の人かい?」
「ええ、まあ……」
照れくさそうにミカが反応する。
「君たちのおかげで助かったよ。ナクチュは新彊とロシアの連中に略奪されてひでえありさまだったんだろう?うちもああなるんじゃないかと心配だったんだが、チベット軍と日本軍が助けに来てくれて漸く安心できた。礼を言わせてくれ」
「ま、まあそれが仕事ですから……あはは……」
店主が頭を下げると、キャロが照れ隠しにそれらしいことを言った。
「じゃ、腕によりをかけて作るからしばらく待ってくれよな」
そう言って店主はキッチンに引っ込んでいく。
「……キャロちゃん」
「ん?」
ミカはキャロの方を見つめて声をかけた。
「これからも、一緒に頑張っていこうね」
「……うん」
この後出てきたホルホグが、特別美味しかったのは言うまでもないだろう。
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