蚊帳の外
珍しくキャラが自分で動いてくれました。
ナクチュとゴルムドの間に存在する美しい高原地帯「蒼い峰」を、自転車歩兵と豆戦車の一群が駆け抜けていくのは、それはそれは壮観であった。
「この雄大な自然を見てると、人間同士争ってるのがばかばかしくなってくるな」
キューポラから頭を出しているツェダがそんなことを言う。
「多分ここ通った人みんなそれおもってますよ」
「だから前々回の新疆軍は隙だらけだったんだろうね~」
のほほんとした様子でミカとキャロリンが適当なことを言った。ナクチュを出発してから既に丸二日が経過し、300km以上を突進しているが、今度はチベット側が敵と遭遇していないのである。そんな時だった。
≪進路上に敵歩兵あり!こちらを待ち伏せている模様!≫
先遣隊から、敵歩兵を発見したとの報告がもたらされる。
≪場所は!?≫
≪沱沱河を越えた先の峠です!地形を利用して陣地を築いています!≫
≪戦闘車部隊は進軍速度を落とせ!歩兵を先行させろ!≫
第12師団司令部は歩兵で敵陣地を排除することを決心し、豆戦車たちの進軍を意図的に遅らせるよう命じた。
≪自走砲中隊より大隊本部へ。我々は戦闘車部隊より先行し、日本軍歩兵部隊を火力支援しようと考えている。許可を請う≫
≪許可する。君たちはこれが初陣だったな。機動力を最大限に生かし、頻繁に射撃位置を移動せよ。対砲兵射撃で撃破されたら、ここまで来た苦労が水の泡だからな≫
教導戦闘車大隊本部は自走砲中隊の提案を許可し、ついでに助言を与える。
≪了解。ご配慮に感謝します≫
≪貴隊の指揮権は……いや、こちらで持っておこう。まだ日本語で指示を受けるのきついだろうからな≫
≪お恥ずかしながらその通りですので、そうしていただけると助かります……≫
そんなやり取りの後、速度を落とした豆戦車たちを、9両の自走三八式野砲が追い抜いて行った。
「日本軍のお手並み拝見と言ったところか」
しばらく仕事がなさそうなため、高みの見物を決めようとするツェダ。
「この前見たばっかりじゃないですか車長。十分強いですよ、あの人たち」
「私たちの初陣についてきてくれたのは、歩兵第24連隊の人たちの一部ですよ」
当然、歩兵第24連隊は、第12師団隷下の歩兵第24旅団隷下にある部隊である。
「そういえばそうか。いや、あのときは自分のことに精一杯で、落ち着いて周囲を観察する余裕がなくってな」
「あら意外。ツェダ先輩はもっと冷静に戦っていたのかと」
恥ずかしそうにするツェダをキャロリンが茶化した。
「私だって人の子だぞ。まったく、満場一致で中隊長などに推薦して、私はそんな立派な人間ではないのだがな……」
ツェダは自分の初陣の内容に不満があるらしく、ふてくされてしまう。
「ツェダ先輩は普段からクールで親切なイメージがありますから、いざというときも冷静に対処してくれると思ってるんですよ」
そんな彼女に対し、ミカが中隊員の気持ちを代弁した。キナー・ツェテン・ダワは、霊峰の麓にあるキナー村の豪族の家の子で、幼い頃から人の上に立つことを意識して育てられている。このため、学校生活の中では取り乱したことがほとんどなく、何か困っている者を見かけたら手をさしのべることが多かった。
「私がいつも冷静だなんて……あのときの私は緊張のあまり萱場教官にしょうもないことばかり報告して……いや、君たちはあの無線を聞いてないのか」
恥ずかしい思い出がよみがえってきたのか、がっくりと肩を落とすツェダ。しかし、初陣で無線を聞いていた他の車長も結局彼女を中隊長に推しているところをみるに、むしろ「この状況で話ができるツェダはすごい」となっている可能性が高い。
「話を戻すと、連携がおざなりになっている戦闘車とうまく協働しながら、失策らしい失策をしなかったあの人達って、やっぱり相当なものですよね」
「前回も今回も、彼らにおんぶにだっこといったありさまで、私達は戦場に立っているというわけか……」
これは別に彼らがまだ新兵だからと言うだけではない。先ほどキャロリンも言っていたように、戦車は視界が悪く、歩兵を随伴させて視界を取らないと容易に奇襲を受け撃破されてしまう。映像作品に例えるなら、戦車はどこまで行っても大道具や特殊効果、VFXでしかなく、俳優の代わりにはならないということだ。
だからといって、出演者の演技力だけでハリウッド映画に対抗しようというのもまた蛮勇ではあるのだが。
「まあ、もしかしたら『山越えて側面から奇襲をかけろ』みたいな指示が出るかもしれないですし、出撃準備だけしておきましょう」
キャロリンが自分達にも出番があるかもといった趣旨の発言で会話を締めた。
「……つよく、なりたいな」
若い狐の夢は、まだかないそうにない。
結局、発見された新疆軍陣地は翌日までに排除されたものの、ここから先も峠に沿ってあと2線の防御陣地が築かれていることがわかり、日蔵の戦車部隊はすっかり蚊帳の外に追いやられてしまった。
「なんだかなー」
「気合い入れてたのがバカらしくなるね」
両軍の砲声をBGMに、ミカとキャロリンは烹炊部隊の手伝いをしている。
「結構強行軍したから、プティ達は大忙しみたいだけど」
「本当は大体給油一回ごとに色々点検しないといけないんだっけ?」
戦車というのはわりと無理な力がかかりやすい構造をしており、この当時はあちこち故障しやすかった。このため、頻繁に停車して点検整備を行う必要があり、最高速度のわりに行軍速度が遅くなる原因になっている。
「そうそう。これが面倒だから、日本人の機動師団なんかは戦車を運ぶための積載車を大量に持ってるらしいよ」
「やっぱお金ある国は違うなあ」
当事者達が聞いたら全力で否定しそうな言葉であるが、チベットからすれば大英帝国だろうと大日本帝国だろうと米帝国だろうと列強は金持ちなのだ。
「それをカバーするために、各小隊に専属整備兵が居るとは聞いてるけど」
チベット軍では整備部隊が独立しておらず、1個小隊に2名前後の専属整備兵がいて、彼女たちが車両のメンテナンスを担当している。
「私もいまいち恩恵がよくわからなかったんだけど、今日日本軍の騎兵第12連隊見て理解した。あの人達、操縦手が定期点検と整備をしてる」
「うそお」
大体の国において、軽整備くらいまでは操縦手の仕事になっていた。このためわりと休む暇がないということで、日常の雑務は免除されることが多かったと言われている。
「ここだけはうちの方が日本より優れてるんだろうね」
「一般庶民が車を買えなくて、わざわざ教えないと車の整備ができないからって気もするけど……」
とはいえ、この時代の壊れやすく手間のかかる乗り物を維持するには、運転手の片手間整備ではなく、専門家による念入りな手入れの方がよいのは確かである。加えて、役割を細分化し、一人当たりの教育すべき要素を低減したほうが、使い物になるまでの時間が短くて済むということもあった。教育制度の整備が十分でないチベットにとっては無視できないメリットである。
「さて、じゃあこの握りたてほかほかのおにぎりを、前線で戦ってる歩兵さんたちに渡してこようか」
この、戦場後方に豆戦車で乗り付けて、女性たちが糧食を配ってくれるサービスは、日本軍からも好評だったと伝えられている。
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