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崔浩先生の「元ネタとしての『詩経』」講座  作者: ヘツポツ斎
国風 鄭風

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風雨(立派な君子/救済を願う)

風雨ふうう 引用11件

雨 鶏 君子を思う 乱世の救済



風雨淒淒ふううせいせい 雞鳴喈喈けいめいかいかい

既見君子きけんくんし 云胡不夷うんこふい

 雨風がいかに凄かろうと、

 鶏は必ず、決まった時間に鳴く。

 あぁ、まさに君子のありよう。

 どうして喜ばずにおれようか。


風雨瀟瀟ふううしょうしょう 雞鳴膠膠けいめいびゅうびゅう

既見君子きけんくんし 云胡不瘳うんこふちゅう

 いきなり雨風に降り込められても、

 鶏はやはり、定時に鳴く。

 あぁ、まさに君子のありよう。

 どうして慰められずにおれようか。


風雨如晦ふううじょかい 雞鳴不已けいめいふい

既見君子きけんくんし 云胡不喜うんこふき

 風雨が天地を暗くしたとて、

 どうして鶏が鳴かずにあろうか。

 あぁ、まさに君子のありよう。

 歓喜はいかにも留めきれぬ。 



○国風 鄭風 風雨

鶏の筋の通しっぷり、まさしくサイキョー、という詩である。言われてみれば、たしかに鶏はやばいな……ヤバヤバであるな……。



○儒家センセー のたまわく

「思君子也。亂世則思君子,不改其度焉。」

風雨とはすなわち世が乱れていることを示す! その中にあって一本筋を通す、鶏のごときふるまいをする君子! 我らは偉大なる君子を求めておる! 斯様な存在がまれにしか現れぬからこそ、いざ出会ったときの喜びがいかばかりかを測りきれぬのである!



■おい孫皓てめーアホだろ

三國志61 陸凱

昔桀、紂滅由妖婦,幽、厲亂在嬖妾,先帝鑒之,以為身戒。故左右不置淫邪之色,後房無曠積之女。今中宮萬數,不備嬪嬙,外多鰥夫,女吟於中。風雨逆度,正由此起。


呉の末帝孫皓に対し、陸遜の親族である陸凱が事あるごとに口を酸っぱくして諫言していた。逆切れした孫皓が「お前の諫言は間違いだ!」と言い出したところ、「いーやアンタの方が間違っている!」とばかりに、二十のダメ出しを決める。その内の五つ目である。夏も殷も周も女で国を持ち崩したのにアンタは中宮に一万にものぼる女を召し上げてきて、外には妻を娶れず困っている男がいて、中の女もアンタのお手付きにならなきゃそれで終了だから嘆いてるし、で、風雨の中でなお鶏が鳴くのたー真逆じゃねえか、というのである。



■それでもお前が大事なんだ

晋書122 呂光

陵霜不凋者松柏也,臨難不移者君子也,何圖松柏凋於微霜,雞鳴已於風雨!


後涼を建てた呂光の晩年、重臣であった同族の楊軌が謀叛を起した。その勢力を削いだ後、改めて楊軌の懐柔を目論む呂光が送った手紙の中の一節である。松は霜が降りても葉を落とさぬし、君子も苦節にあっても節を曲げないもの。どうして霜の前に松が葉を落とし、風雨の前に鶏が鳴き止もうか! 言い換えれば、呂光に付き従わんとしていた想いをそれでも信じる、となろうか。結局離反され、失意のうちに呂光は死ぬのだが。



■歌会のお話

左伝 昭公16

鄭六卿餞宣子於郊。宣子曰。二三君子請皆賦。起亦以知鄭志。子齹賦野有蔓草。宣子曰。孺子善哉。吾有望矣。子產賦鄭之羔裘。宣子曰。起不堪也。子大叔賦褰裳。宣子曰。起在此。敢勤子。至於他人乎。子大叔拜。宣子曰。善哉。子之言。是不有是事。其能終乎。子游賦風雨。子旗賦有女同車。子柳賦蘀兮。


鄭の六卿が晋の大夫、韓宣子を見送る際の歌会における一幕である。日頃鄭を圧迫する立場の晋人である韓宣子より「鄭人の志を知りたい」と求められ、六卿がみな鄭風を歌う、と言うものである。ここで①子齹が『野有蔓草』にて友好関係の確認と晋への賛美を。②子産が『羔裘』にて韓宣子個人への賛美を。③子大叔が『褰裳』にて「鄭を守ると約束するなら行動を、さもなくば他国に頼る」と。④子游が『風雨』にて不安の募る中晋の保護を取り付けられて嬉しい、という意思表明を。⑤子旗が『有女同車』にて晋鄭の協調の美しさを。⑥子柳が『蘀兮』にて「鄭は晋に従う」という服従の意思を表明した、とされる。



■平らかだったり「平らにされた」り

夷という示は、古典上では「平ら」とされる。ここで「心が平ら」とさせることもあるのだが、「ぺしゃんこに潰す」用法も多い。どちらかというと後者の用法が多いのだが、ここではそちらはオミットし、前者の用法を拾い上げるべく努めた。ら、えらく少なくなった。ううむ。


・晋書37 司馬孚

不伊不周,不夷不惠,立身行道,終始若一。

・晋書71 熊遠

杜弢小豎,寇抄湘川,比年征討,經載不夷。

・後漢書61 黄琬

蓋君子謂伯夷隘,柳下惠不恭,故傳曰『不夷不惠,可否之閒』。



■病が癒えない

心の憂いが抜けきれない、という意味合いから転じて「身体の憂いが抜けきれない」となった印象もある。一般句と称するには用法が少ない印象であるのだが、医書等にあたればまた話も変わりそうである。


・左伝 昭公20

齊侯疥。遂痁。期而不瘳。諸侯之賓問疾者多在。

・後漢書1.2 光武帝下

飲之者固疾皆愈,惟眇、蹇者不瘳。

・後漢書37 丁鴻

如遂不瘳,永歸溝壑。

・漢書82 史丹

朕愍以官職之事久留將軍,使躬不瘳。



■おいでませ君子

魏書24 崔寬

父剖,字伯宗,每慷慨有懷東土,常歎曰:「風雨如晦,鷄鳴不已,吾所庶幾。」


崔寬の父である崔剖は五胡十六国真っ只中な時代の人士である。ともに北涼にはじめ仕えていた。当時の人士としても「今更晋が捲土重来を果たす」のが難しいと感じておったであろうが、それでもなお誰かに五胡勢力を駆逐してもらいたかった、のであろうかな。



毛詩正義

https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%AF%9B%E8%A9%A9%E6%AD%A3%E7%BE%A9/%E5%8D%B7%E5%9B%9B#%E3%80%8A%E9%A2%A8%E9%9B%A8%E3%80%8B

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