樛木(満ち足りた君子/嫉妬せぬ妃)
樛木 引用5件
夫の徳 甲斐性 幸福な暮らし 正妃の徳 不妬 王家の幸福
南有樛木 葛藟纍之
樂只君子 福履綏之
南の樹木は枝葉を垂れ、
蔦がまといつく。
楽しげな君子は、
幸福の中に心安らげる。
南有樛木 葛藟荒之
樂只君子 福履將之
南の樹木は枝葉を垂れ、
蔦が覆いかぶさる。
楽しげな君子の、
幸福はいや増してゆく。
南有樛木 葛藟縈之
樂只君子 福履成之
南の樹木は枝葉を垂れ、
蔦が周囲に巡る。
楽しげな君子の幸福は、
こうして成り立つのだ。
○国風 周南 樛木
だいたいの解釈は「君子の生活が満ち足りている」としておる。おそらくはこの詩についてはその方向なのだろう。立派な南の地の木に蔦がまとわりついているのを眺め、ハーレムを想起する。うむ、男の欲望が実に見事に表れていてすがすがしいな。
○儒家センセー のたまわく
「后妃逮下也。言能逮下,而無嫉妒之心焉。」
妃の徳が側妾たちにも及ぶさまを言う! すなわち王の妃たるもの、妾らに嫉妬することなくよく慰撫し、そして妾らも妃を敬慕する、というまこと素晴らしき王妃たちのありようを描いたものである! 君子の家庭が和楽に満ちておること、これこそが美徳であるといえよう!
○崔浩先生 更に余談す
儒の世界では「不妬」を妻の美徳として挙げることが非常に多い。君子の一夫多妻制が通常のことであったからである。これについて「男に都合よくシステムが組み上げられすぎ」といわれることも多いが、お待ちいただきたい。この時代は「絶対に戦争がある」。つまり、男はそれだけ戦争で死ぬリスクが大きい。二十一世紀でもいまだ女よりも男のほうが多く生まれているという統計が存在するくらい、「男はそれだけ死にやすかった」のである。少なくとも一夫多妻制のシステムは、当時の生存人口の不均衡を思えば、発生せざるを得ないものであったのであろう。
無論、そのシステムに由来して男が「女より偉い」と誤解するようになったのも間違いのないことと思うのだがな。
■皇帝の恩徳よ、どこまでも
晋書22 楽志下
『螽斯』弘慈惠,『樛木』逮幽微。徽音穆清風,高義邈不追。遺榮參日月,百世仰餘暉。
張華がものした皇室称揚の歌。「螽斯」が恵みを与えるとなれば、妃が子をなしてゆくこと、そしてこの詩の徳が「幽微」なる者に及ぶ、ともなれば、皇帝夫婦の恩徳が遠く民衆にまで及ぶことを願われた、とするのが良いのやも知れぬ。
■兄上陛下、忠誠を誓います!
三國志22 曹植
爰有樛木重陰匪息 雖有餱糧飢不遑食
曹植が皇帝となった兄、曹丕へ献上した詩の中の一節。一休みにちょうど良い木がありましたがそこで一休みすることもなく、また粗末な弁当も持ち合わせておりましたが、それを食べる暇すら惜しんで、あなた様のもとに駆け付けます、と言った内容である。また曹植にとっての「樛木」とは国の主、即ち曹丕であるから、兄上のもとでだらけたそぶりを見せるようには致しません、という含意をも拾えよう。
■神霊より授かる、親よりの業
漢書100.1 敍傳上
㩜葛藟而授余兮,眷峻谷曰勿隧。
葛緜緜於樛木兮,詠南風以為綏,蓋惴惴之臨深兮,乃二雅之所祗。
漢書の掉尾を飾る敍傳、すなわち「どのような立場の者の筆にてこの書は著されているか」を示す箇所における記述。早くに親を喪った班固が、やがて神霊より「ツタを授かる」夢を見た、と語る。すなわち「父よりの業が班固に受け継がれた」ことを語るのである。
■災いを救うのは陛下
後漢書52 崔駰
若夫紛塞路,凶虐播流,人有昏墊之戹,主有疇咨之憂,條垂藟蔓,上下相求。
昏墊之厄が尚書益稷、疇咨之憂が尚書堯典より。いずれも、要は災厄の話である。要は災厄が世にもたらされたときに「救いのツタ」が世に差し伸べられるべきである、と語られるのである。すなわち「君子よりの恵みがもたらされる」ことを期待する内容である、と言えよう。更に言えば後漢の時代であるなら、「皇帝よりの恵み」くらいの意味合いにすらなっておるようであるな。
……と言うか、壮絶に詩序がシカトされているのが見受けられて微笑ましいな。どの引用とてまったく詩序を反映しておる気配がない。素晴らしいな、何の意味に詩序は存在しておるのだ。
毛詩正義
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