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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

This Time Around

作者: 凪 朱鳥

冒頭から残酷と思われる描写が入ります。苦手な方はお引き返しください。

 怒号と悲鳴が飛び交い、交錯する城内。

 その騒動の最先端を、駆け抜けていく男たちがいる。

 革命軍の名乗りを上げ、今この騒ぎを起こしている張本人たちである。


 血に濡れた剣を手に、迷いなく廊下を駆け抜ける男の名は、アレクシス。金髪碧眼の、涼やかな美貌を持つ青年である。

 本来、華やかな場所が似合う筈の彼は今、貴族という立場を捨て、全身を返り血に染めながら、求めるただ一人がいる場所へと向かっていた。


 何人もの敵を斬り捨て、城の奥へ奥へと進み続ければ、一際豪奢な扉が見えてくる。その前に、守りを固めた騎士たちがいる。


 その奥には、望まれて王妃となり、そして悪行を尽くしてきたアレクシスの妹、クリスティーナがいる。

 彼女が逃げたという情報は入っていない。騎士がいるのも証拠になるだろう。


 この混乱の中でもこの部屋にこもっているとは。


 アレクシスの胸中に複雑な思いが過る。何度捨てようとしても、この思いだけは沸き上がってくるのだ。


 いつからか、人々の前に姿を見せなくなった王妃クリスティーナ。食事も何もかもこの部屋にひきこもって済ませるようになったという。

 会えるのは王家の一部の人間のみ。兄であるアレクシスでさえ、手紙のやり取りも許されなかった。


 彼女はそれからというもの、様々な要求をするようになった。調度品、嗜好品、あらゆるものの最上級を求め、王妃を愛する王はすべてを叶えた。結果としてそれが王政を傾け、国を腐敗させるに至った、と言われている。


 アレクシスの知るクリスティーナは、そんな事をするような性格ではなかった。穏やかで、慎ましやかで、優しい少女だった。そんなクリスティーナを、アレクシスは家族としてとても愛していたし、彼女もいつもその愛に応えてくれていた。


 何が彼女を変えたのか。知りたくとも、近づくことが許されない。

 日に日に、彼女の悪評ばかりが人々に語られるようになり、アレクシス自身も心が壊れそうだった。

 そんな時、彼は革命軍の指揮を取る男から声をかけられた。革命が成功すれば、諸悪の根元と言われる妹は彼らに処刑されるだろう。

 ならば、とアレクシスは彼らと共に進む事を決意した。

 愛する妹、クリスティーナには、兄である自分が手を下すべきだ、と。


「クリスティーナ!」


 騎士たちを退け、鍵を壊して豪奢な扉を開け放つ。

 そこは、とても静かだった。ここに至るまでの喧騒が嘘のような、静謐な空間。

 アレクシスは、自身の心臓の跳ねる音をやけに大きく感じた。

 室内は豪奢な扉に反してたったの一部屋しかなく、壁際に物がごちゃごちゃと置かれていて、中に踏み入れると床が埃で埋まっているのがわかる。

 おかしい。

 剣を握る手が震えるのを、もう一方の手で抑えながら、アレクシスは歩を進める。

 扉を開けた瞬間から感じていた違和感がますます大きくなっていく。

 ここは、悪政を招いた、王妃の部屋のはず。

 なのになぜ、こんなにも生活感がないのだろうか。

 視線は自然と、狭い部屋の中央に置かれた天蓋付きのベッドへ向けられた。


「アレク……」


 後ろから付いてきていた仲間の一人が、震える声で彼の名を呼ぶ。彼は、アレクシスよりも魔力操作が得意だ。何か気付いたのだろう。

 視線で問うと、彼はベッドの方を見て口を開いた。


「そこに、結界が張られている」

「……破れるか?」

「やってみよう」


 言うなり、ベッドの周辺からうっすら感じていた圧迫感が無くなる。

 一気に距離を詰めて、アレクシスはベッドの上に眠るはずの王妃を捕らえるべく、天蓋から下がる薄布を跳ね退ける。


「……っ」


 今度こそ、仲間たちが言葉を失ったのがわかった。

 アレクシス自身も、目の前の光景が信じられず、伸ばした手の行き先を失っていた。


「……クリスティーナ?」


 そこに横たわっていたのは、干からびるように痩せこけて、半ばミイラ化した死体だった。


 王妃クリスティーナ。

 柔らかな金の髪に、澄んだ泉のように美しい瞳。どんな宝石よりも輝いて愛らしかった妹。

 その美しさと聡明さから、王妃に望まれた最愛の妹。


「嘘、だ……」


 呟いたのは、アレクシス自身か、仲間か。


 僅かに残る髪は、色褪せてはいるが金色をしているようだ。目の色は、もう濁っていて見ることはできない。

 服は、パーティードレスのようだ。そっと、シーツを剥いで装いを確認すると、首飾りもそのまま、予想以上に豪華に着飾っていて、眠るための服装では有り得ない。

 極め付きは、填められている手枷だ。見るからに不似合いなそれは、分厚い鎖を伴って、ベッドの脚に繋がれている。


 これは、彼女が監禁されていたという事実に他ならない。


「……」


 皆が息を潜めて、アレクシスの行動を見守っている。

 クリスティーナ本人ではないかもしれない。彼女はとうに逃げ出して、これは別人かもしれない。

 アレクシスはそう言い聞かせながら、必死に目だけを動かし他に手がかりはないかと探し続けた。

 そうして目を止めたのは耳飾りだった。

 片方にだけ、目立たないようつけられたそれは、アレクシスとクリスティーナの生家に受け継がれるものに良く似ていた。

 そっと指を近づければ、彼の魔力に反応して仄かに光るのが見える。


「クリスティーナ……」


 このピアスだけは、付け替えられない。魔力に応じて色は変えられるが、一度付けたら外せないよう、魔力による契約がなされている。

 生家、アッシュフィールド家に伝わる特殊な製法で作られたもので、一族に連なる者が成人する時に一対持つことを許される。魔力を貯めておける魔道具であるそれは、片方を伴侶となる相手に渡す事が長年に渡る不文律となっていた。


 アレクシスの耳にも、同じピアスがある。これはクリスティーナが嫁ぐ際、アレクシスが強引に、兄妹で一対を分け合ったからだ。たった一人で王家に嫁ぐ彼女に、何かひとつでも、生家と繋がる物を持たせてやりたかった。

 だから今、アレクシスの耳にあるピアスも彼の魔力に反応して同じように光っているはずだ。


「クリスティーナ……クリスッ!」


 あまりの絶望で全身が震え、アレクシスはベッドの脇に膝をついた。


 クリスティーナは、妹は既に死んでいた。それも、この遺体の状況からしてかなり前だと思われる。

 王家は彼女の死を隠し、贅沢三昧で暮らし、それを彼女への悪評に変える事で、全ての責任を押し付けていた、という事だ。


「アレク……間違いないのか……?」

「間違いない、クリスだ……ああ……なぜ……いつ、こんな……っ!」


 なぜ、こんな酷い場所に監禁され、死してなおこのように冒涜され続け、こんなにも孤独な死を迎えなければならなかったのか。

 なぜ、彼女を信じてやれなかったのか。

 なぜ、もっと早く、助けに来てやれなかったのか。

 なぜ!


 怒りと悲しみと憎しみが、アレクシスの中にとてつもない勢いで増大していく。

 クリスティーナの耳に残されたピアスと、アレクシス自身のピアスが、彼の魔力に反応し、その内に貯めていた力を放出している。


「アレク! よせ!」

「放してくれ!」


 絶対に殺してやる。

 妹をこんな目に合わせた国王を、この城に住まう人間たち、全て!


「絶対に許さない!!」


 全てを振り切った、全力の魔力が放たれる。

 爆音が響き渡った。









「あああっ……!」


 悲鳴のような自分の声に驚き、アレクシスは目を開けた。

 全身にひどい汗をかいている。

 心臓がドキドキしていて、体中が痛い。


 呼吸をなんとか落ち着けてそっと起き上がると、そこは自分の部屋だった。

 見下ろせば、きちんと寝間着を着て、布団をかけて眠っていたようだ。


 城は?

 復讐は?

 クリスティーナは?


 ばっ、と布団を剥いで床に降りる。床は絨毯が敷かれていて、裸足でも問題なかった。ただ、ドアまでの距離がやけに遠くてもどかしい。

 扉を開けようとして、ドアノブの高さがおかしいことに気付き手を引っ込める。記憶にあるよりとても高い位置にあるのだ。


「え……」


 こぼれた声が、ずいぶん高いことも今さら気付く。

 あとずさり、横を向けばそこには衣装部屋があり、そこに鏡があるのを思い出した。

 ドクドクと再びうるさくなった心音に急き立てられるように衣装部屋の扉を開け、中に飛び込む。


「え……?」


 姿見に映っていたのは、十歳を過ぎたかどうかという、小さな男の子。

 幼い頃の、アレクシス自身だった。


「な、なんだ、これ……夢?」


 混乱する頭は全く思うように働いてくれない。困り果てながらも、鏡に映る自分の頬を引っ張ったり、跳ねてみたりしても、アレクシスは目を覚ます事が出来なかった。

 暫く部屋の中をうろうろして、水を飲み、ベッドに戻り、そして、たった一つ、夢以外で考えられそうな事を口に出してみる。


「……時間が、戻った……?」

 

 そのような非常識な事が起こり得るのだろうか。あの気が狂う程の憎しみと怒りの中で、魔力が暴走しただろう事は想像が付く。しかし、それで時間が戻るなどという現象が引き起こされるとは、どうしても思えない。


「……クリスティーナ」


 王妃の惨状を思い出し、身震いして、アレクシスはとにもかくにも部屋を出てみる事にした。

 空の暗さからして、深夜であろう。使用人も階下で休んでいる時間のはず。


 そっと扉を開け、誰も居ないのを確認する。

 クリスティーナの部屋は南の角部屋。アレクシスの年齢が十一、二歳だと仮定すると、彼女は四、五歳。ちょうど、一人部屋で眠るようになる頃合いだ。


「……坊っちゃま、どうされました?」

「あ」


 クリスティーナの部屋のすぐ前で、パタリと扉が開いて出くわしたのは、彼女付のメイドであった。この屋敷で最も長く勤めている彼女は、少し前までアレクシス付のメイドでもあった。


「あ、えーっと……」


 目を泳がせるアレクシスを、メイドはどう思ったのか、ジロリと睨んだ後、仕方ないと言わんばかりにため息をついた。この古参のメイドは、子どもたちには大変気安く接するメイドなのである。


「まさかまた怖い夢でも見たのですか? 五つも年下なのに、クリスティーナ様の方が良い子で眠っておりますね」

「……うん、そうなんだ……だからお願い、クリスの顔だけ見たら戻るから」

「はいはい、分かりました」


 精神年齢的には相当きつい言い訳だが、見た目はまだ子どもなので許されるだろう。たぶん。


 扉を開けてもらい、部屋に踏み入れる。一瞬、王妃の部屋に入ったあの瞬間と重なり体がびくりと震えたが、深呼吸して前に進む。

ベッドサイドの常夜灯以外、明かりはない。

 静かに近付くと、可愛らしい装飾の天蓋付ベッドの中、ふかふかのクッションに埋もれるようにして、天使が眠っていた。


「……クリスティーナ」

 

 健やかな寝息が聞こえてきて、ようやく体の力が抜ける。

 生きている。

 クリスティーナがここにいる。


「クリス……っ」


 常夜灯に浮かぶ寝顔もとても穏やかだ。そっと握った手は小さくて、温かくて、愛しい気持ちでいっぱいになる。

 涙が溢れて止まらなかった。


「…………おにい、さま?」

「クリス……」


 ずっと横にいたせいで、クリスティーナを起こしてしまったようだ。彼女はこんな夜中に突然やってきた兄に戸惑いながらも、彼が泣いているのに気づくと、繋いだ手にきゅっと力を入れる。その些細な動作ですらアレクシスの心が締め付けられ、涙がこぼれ落ちていく。


「おにいさま? どうしてないてるの?」

「ごめんね……こわい、夢を……見たんだ」


 もしも今この時間が本当に夢ではなく、過去に戻ってきたのだとしたら、これから先、アレクシスの生きる目的はただ一つだ。

 クリスティーナを、この最愛の妹を必ず守り抜く。


「おにいさま、クリスがぎゅってしてあげるよ!」


 ベッドから半身を乗り出し、クリスティーナが勢いよくアレクシスに抱きつく。後ろに倒れないよう踏ん張りながら、アレクシスもその温もりを抱き締め返す。


 ああ、とアレクシスは久しぶりに心が温かくなるのを感じた。

 クリスティーナは、こんなに弱くて情けない兄を心配して側に居てくれる、とても優しい子なのだ。

 

「おにいさま、もうこわくない?」

「ありがとう。もう大丈夫だよ」

「よかった!」


 声を弾ませ、クリスティーナがベッドの中に戻る。

 布団をかけ直し、頭を撫でてやると、気持ち良さそうにすり手に寄ってくる。


「おやすみ、クリス」

「おにいさまも……よいゆめを」


 とろりと目を細めて、クリスティーナが笑う。

 涙を拭い、アレクシスはゆっくりと笑みを作った。

 今この時から、怒りも、憎しみも、悲しみも。彼女の前では、この微笑みの中に隠しておこう。


「うん、良い夢を」


 アレクシスは静かに、クリスティーナの部屋を後にする。

 もしも先程のメイドがこの時彼の顔を見ていたら、悲鳴を上げていたかもしれない。子どもとは思えない程、冷えきった表情をしていたからだ。


 今度は、王家には絶対に渡さない。あんな終わりを迎えさせたりしない。

 その為なら、何にだってなれる。

 人を斬る感触も、何もかも覚えている。

 今更、修羅の道を選ぶ事に何の躊躇いもない。


 「今度こそ……」


 そればかりを呪文のように呟くと、まだ、クリスティーナの温もりが残る手を、きつく握り締めた。

という夢を見たので書き留めてみました。どうせならバッドエンドをひっくり返すところまで夢で見せてほしかったです。

続きはありません。

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