妹、降臨
リビングで机を挟み、二組の親子が向き合う。
『彰には黙っててすまなかったな。ちょっと驚かせたかったんだ。』
そう言って、頭を掻きながら少し頬を赤らめる親父。クソジジィが。
『これから宜しくね、彰くん。』
笑いかけながら相手の女性が俺の名前を呼ぶ。
艶やかな黒髪はまだまだ若々しさを感じさせ、スッと通った鼻筋にぱっちりとした目は、可愛いというより綺麗な印象を感じさせる。親父には勿体無いほどの美人である。
『千秋、貴方もよ。』
母親の袖を掴み、時々こちらをチラチラと見ていた少女が小さく会釈をする。
『、、娘の千秋です。よろしくお願いします。』
堅っ苦しい挨拶だった。
というわけで、こちらも名前とお願いしますのセットで返す。
息苦しさを感じる前に親父が切り出し、部屋の位置やら割り振りやらを説明して、一時解散となった。
♦︎
こういうのは普通、先に息子に相談するもんだろ。
と思ったが、終わったことを責めても仕方がない。これからのことを考えるべきだ。
まず、現状を整理する。
俺と親父の父子家庭は崩壊。乱入してきたのは美人の奥さんと、こちらも整った顔立ちの娘さん。この場合、俺の継母と義妹になる。
つまりだ。男だけの空間に女が加わる。
男子校生徒は、普段女子と接することがない。そのため、相手との距離感やら接し方がわからない。馴れ馴れしいのは嫌われ、かえってよそよそしくし過ぎても嫌われる。自然な会話を試みても、なんとなくぎこちない物となってしまう。
果たして俺は、上手く会話が出来るだろうか。
それに妹か。
ラブコメに於いても妹キャラは欠かせない。突然義妹が現れて、そこから起こる恋物語もある。だが、実際はどうだろうか。お互いが打ち解け合うだけでも、それ相応の時間を要するだろう。逆にあんな『お兄ちゃん大好き♡(高音)』という安価な愛の言葉を大量生成する妹もなど、現実にいる方がおかしな話だ。
未だ相手の事をなにも分からず、お互い気を使い、使われる。距離感の測りあいが、余計に関係の停滞を生む。
そんな、考えただけでも気疲れしそうな毎日の始まりに、俺は嘆息を漏らした。
♦︎
窓から入り込んだ朝日が眩しく、眉根の辺りがこそばゆい。頭は冴え出したにも関わらず、未だ明瞭とした視界には毎朝の如く違和感を感じている。
ベッドから這い出し、数秒その場で放心したところでまた動き出す。
着替えてリビングに行くと、テーブルの上には箸と食器類が四組ずつ乗っていた。
『あら、おはよう彰くん。』
そう言ってニッコリするのは、継母さん改め、みのりさん。
ことことさっきから何かを刻んでいるみのりさんの出立はまさに主婦そのものだった。
『おはようございます。』
みのりさんも俺のことはまだ君付けだし、このぐらいの距離感でいいのだろうか。
顔を洗いに洗面所へ行くと、パシャパシャと水音が聞こえる。
『お、起きたか?彰、今日からご飯が豪華になるぞ!』
親父だった。
今までの朝食といえば、毎日納豆ご飯か、卵かけご飯で、たまに卵かけ納豆ご飯である。親父が喜ぶのも無理はない。どっちもうまいんだけどね。
俺も親父の後に顔を洗う。冷たい水が肌に染み、視界のぼやけも取れていく。
ふと視線を感じ、身体を反転させると、みのりさん娘さん、え〜と、千秋さん(ちゃん?)がいた。まだ寝ぼけ眼で、眼を擦り、とても眠そうにしている。
『、、おはよう。』
『、、おはようございます。』
『、、、、』
俺は顔を拭き、リビングに戻った。
♦︎
全員が席に着き、朝食が始まる。
親父がずっと落ち着かなかった。
それもその筈、食卓には理想の朝食と言える光景が広がっている。
『んん!この炒め物の味付けも最高だ!これも、、』
『ふふっ、よかったです。』
みのりさんも本当に嬉しそうだった。
実際、みのりさんの料理はどれも普通以上に美味しかった。
食事を進めていると、パンと手を合わせた親父が
『ん、、そうだ、彰と千秋ちゃん。明日みんなで出掛けるからあけといてね。』
そう、切り出した。
あああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!