第9話「夜桜百という少女」
「おかしい、とは?」
ミドルは神妙な顔でクラウへと振り返る。
「……そうだな、ミドル。まず、何故私が彼女達だけ入学試験を個別に行ったか分かるか?」
「それは、勿論です。今になって納得しましたが、もし彼女達が皆のいる前であんなパフォーマンスを披露したら問題が広まってしまう事でしょう。学園に入学すればいずれは広まることでしょうが、入学試験であんなものを見せられては他の受験者の士気が下がりかねません」
「そうだ、私は事前に彼女達の情報を知っていたからその対策を打った。あんなバケモノ揃いの連中の力を見せられては入学する気も失せてしまう。ある程度調子付けさせたり、跳ねっ返りがいた方が学園の存在意義としては申し分ないだろう」
クラウは不慣れな手つきで窓を開け、肘を乗せる。
「だがまぁ、もう一つの理由は。……夜桜百だ。彼女の測定を他の生徒たちに見せるわけにもいかないからな」
校庭から流れる夜風が二人の頬を通り抜ける時、ミドルの顔が歪み始める。
「夜桜百……まさか理事長!あの少女を入学させるおつもりですか!?無茶苦茶です!ここは実力主義の学園でしょう、あんな無能力者を入学させたら学園自体のイメージダウンに繋がります!それに……」
「それに?」
「……虐げられてしまいます。あんなか弱い少女がこの学園に入りでもしたら、皆の笑いものとして恰好の的になってしまいます」
夜桜百は無能力者、それが事実かどうかは別問題。
あの場は全ての未来ある生徒が己が力を振り絞って受ける入学試験。そんな場所で手を抜こうものならよほどの異常者か、本当に手を抜くに足る実力者なのかだ。
だが、手を抜くにしても合格点を出さなければ入学は認められない。
この学園は実力主義だ、コネの力で入れるほど甘くはない。
つまり、どういう理由があるにしても。合格点を出していない夜桜百がこの学園に入るということは叶わないのだ。
その程度は本人も重々承知している事だろう、承知のうえであの実力だったのだとしたらなおさら入学は夢のまた夢。
理事長の力で入学したとしても、その欠点はすぐに浮き彫りになる。
ミドルはあの少女の性格の良さを理解した上で、この学園に入学する事による今後の未来を見据えて、頭を抱えた。
──彼女はエアラリス学園に来るべきではないと。
「……と、当時の私は言った」
「は……?」
まるでミドルの心を読み取ったようにクラウは告げる。
「そしたらこう返って来たんだ。──『私のことよりもクロエ達が迷惑を掛けないようにお願いします』ってな」
「やっぱりめっちゃいい子じゃん……」
思わず敬語が抜けてしまうミドル。
あの天使のような笑みは嘘ではないのだと、再び認識を改める。
しかし──
「……それでも、彼女に如何なる事情があったとしても入学は不可能です。理事長だって夜桜百が無能力者だと思っているのでしょう?ここはエアラリス学園、魔法、技術、知能、あらゆる分野を活かして実践を潜り抜け立派な卒業生にするのがこの学園の役目です。残念ですが素質がないのなら他の小さな学園に通ってもらうほかありません」
その言葉の裏返しは善意を含むもの。
この学園に入って彼女が送る日常を想像するだけで、それは彼女が望む未来には決してなり得ないと理解しているからこその言葉。
ミドルはエアラリス学園の卒業生。それもギルドクラスBランク相当の実力を持つ優等生だった。
そんな彼がこの学園を通して感じてきた学園生活は、決して順風満帆で慈しみのあるものではない。
虐めやカースト制は勿論、実力を行使した決闘なども裏では行われている。
いくら取り締まろうとも、いくら対策を打とうともこればかりは人間社会から消えることは無い。
実力主義とはそういうものでもあるからだ。
そんな学園に夜桜百が入っても、きっと望む生活は得られないだろう。
俯き落ち込むミドルに、クラウは口角を上げて再び校庭の破壊された魔法測定器を見つめる。
「だがなミドル。……いや、だからこそ私はひとつ疑問に思っている事があるんだ」
「先程のおかしい。という言葉の真意ですか?」
「ああ。……私が見た資料では。彼女達は常に国家や研究機関から逃げ惑い、捕らえられたという報告も上がっている。ルナ・クリニカルに関してはつい最近まで幽閉されていたという事実もある」
名家クリニカルの娘ともなれば宝のように扱われることもあれば、実験体の様に牢獄へと幽閉されることもある。
両方とも少なくとも本人の自由権はないと思った方がいいだろう。
子供にはあまりに酷な環境だ。
「まあ、あれだけ強ければそういうしがらみがあっても不思議ではありませんね」
「脱走に脱獄に、この学園まで来るのに一体どれほど追っ手を撒いてきたのだろうな」
「そうですね、それはとても大変な事だったと思い……え?待ってください」
「──気づいたか」
乾いた言葉を羅列していたミドルは顔を上げクラウを見つめる。
おかしいと言ったその言葉に、確かな違和感を感じ怪訝する。
「今回彼女達がこの学園の入学試験を受けるという言伝を聞いた時、私は容易な気持ちで受諾した。強い生徒を生み出し、最終的に国の発展へと繋げるのがこの学園の役割だ。 だが、彼女達は十分に強い。この学園に在籍する必要性を感じないくらいには。それでも入学を決めたという事実に、一番黙っていられないのは国の方なんじゃないのか?」
重大な事実へと気づかされる。
それもそのはず。エアラリス学園は"実践豊富で優秀な卒業生"を生み出す事であって、既にその実力がある者を在籍させては意味がない。
魔法測定器を破壊する力を持つ彼女達のことだ、どの国も喉から手が出るほど欲しているだろう。
そんな者達が、あんな陽気な雰囲気でこの学園を受ける意味とは?
このあまりにも傍観を感じさせる国の矛盾する行動の意味は?
そう、これはまるで──。
「既に手が打たれている……?」
「その通りだ。そもそもなぜつい最近まで囚われの身だったはずの彼女達が堂々と街の中を歩き、学園という公の場に顔を出せるのだ? なぜ国はその事態を易々と見逃し、傍観しているのだ? おかしくはないか?」
「言われてみれば……」
少なくとも国から追われる、幽閉されるということは安易な納得は出来ない。
それはつまり、彼女達を捕縛する程の権力や実力を持った集団がいるということでもある。
であれば、そこから抜け出すには誰かの協力が必要不可欠。それも"国家権力"すら凌ぐほどの絶大な力を持った者が助力する必要がある。
誰か。そう、誰かの……。
「まさか……いや、そんなはずは……!」
「……夜桜百がただの少女だと思わない事だ、ミドル」
クラウは手に持っていた資料をミドルへと渡す。
そこには夜桜百が近日中に受ける最後の試験内容が書き記されていた。
──夜桜百 自由測定試験内容。
──ギルド危険推定Aランク・盗賊団ヴァインの捕縛と団員の殲滅の"指揮"。