第6話「神童の魔法」
ミドルは後悔していた。
クロエ達を挑発したこと、馬鹿にしたこと。確かにそれもある。あるのだが、違う。
ミドルが後悔していたのは、この試験官を担当する直前に理事長から言伝されていた言葉を問題ないとスルーしていたことだった。
『今回の入学試験を受ける奴等は腕の立つ連中だ、もし試験用具が壊れるような事があればミドル。お前の給料から修理代は差し引かせてもらう。だが安心しろ、連中には壊さないようにと伝えてあるからな。お前が変に煽らない限りは何も問題など起こらないだろう』
その言葉を今になって思い返す。
目の前には溶解炉のようにドロドロに溶けた的と、バチバチと電を放ちながら壊れている魔力測定器。
『もし試験用具が壊れるような事があればミドル。お前の給料から修理代は差し引かせてもらう。』
『もし試験用具が壊れるような事があればミドル。お前の給料から修理代は差し引かせてもらう。』
『もし試験用具が壊れるような事があればミドル。お前の給料から修理代は差し引かせてもらう。』
ミドルは固まった。この測定器は1つで金貨150枚──約3年分の給料である。
「お、俺の給料がぁああああ!!」
ミドルはその場に崩れ落ち、泣いた。
手加減してくれていたクロエ達を煽り、罵倒しなければこんなことにはならなかった。
ミドルは──真っ白に燃え尽きた。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「ああ、もう好きにしてくれ……俺は破産した」
モモの声掛けにも死んだような声色で返すミドル。
そのあまりの落ち込みように、何かを察したモモはミドルの背中を撫でながら言う。
「えと、壊してしまったものは私達が弁償しますので、大丈夫ですよ?」
えっ。と驚いたような顔で見上げるミドル。
顔を上げた先には笑顔のモモ。
ミドルはモモのあまりに謙虚なその態度に、目元から涙を流し呟いた。
「……天使か?」
「モモです」
◇◇◇
クロエ、ルナは数値の結果を見るまでもなく。2500という数値を越えて測定不能な魔力を秘めている事が分かった。
「さて、俺の番だ」
次に立ち上がったのは刀を二本携えた剣士──ブラッドだ。
彼は他の2人と違い非常に冷静で"まとも"な性格をしている。
ブラッドなら大丈夫、とモモも安堵の表情をしていた。
「魔法は分野じゃないから、上手くいくかは分からんけどな」
ブラッドは近接用の測定器の前へと立ち、目の前の的へと無詠唱で魔法を放つ。
力を込めた右腕は、先程のクロエよりも真剣な顔つきをしていた。
──"294"──
バチンと電撃が走り抜け、測定器のメーターは数値を表示させる。
その数値は平均を少しだけ下回る結果だった。
「基礎は悪くねぇんだが、威力が拡散しすぎてる」
クロエは神妙な顔つきでブラッドの魔法を伺っていた。
彼女は魔法という分野において右に出る者がいないほどの逸材、得意分野ではない雷属性の魔法に関してもやはり専門的な感覚と言うものが存在するのだろう。
ブラッドは少し悩んだ結果、隣で呆けた様な顔をしている試験官ミドルに話しかける。
「これって途中で的を変更してもいいのか?」
「あ、ああ。3回以内という規則を守るのならどの的を選んでも構わないし、途中で変えるのも自由だ」
先程までの威勢が無くなり、完全に大人しくなったミドル。
そしてフンと鼻を鳴らすクロエと、苦笑いするモモ。
これにルナは空気を読んだかのように話題をブラッドへと移した。
「ブラッドって遠距離の魔法使えたっけ?」
「さぁね、普段刀ばっか振ってるからアイツが魔法使ったところなんて見た事ねぇな」
50メートル先にある的──クロエと同じ的を選んだブラッド。
一番端の的はクロエの影響で粉々になっているが、幸いなことに的は数個用意されており試験に問題はなさそうだった。
ブラッドは両腕に力を込め、自身の最も威力の高い魔法を詠唱する。
「"捲土重来の雷に身を宿した大蛇よ、虚空に帰依した風神の神髄よ、今一度行雲流水を制し、遥か彼方の八雲を貫け"──」
辺りを突風が吹き荒れ上空では渦巻くような夜の雲がバチバチと帯電を始める。
風は上へ上へと昇り、回るように空の雲を制していく。
ブラッドは詠唱を終え開眼させると、天高く掲げた両腕を50メートル先の的へと振り下ろした。
「【迅雷風列】ッ──!!」
直後。落雷が落ちたような衝撃と轟音が走り抜け、眩い光と共に何度も閃光を放ちながらブラッドの雷魔法が的へと直撃した。
──"1840"──
気持ちの良い爆音が周囲の耳を走り抜け、測定器を見ると無事魔力を測定した数値が表示されていた。
一息つくブラッドに対し、クロエだけは不満気な表情を見せる。
「やっぱ威力が拡散してるな、凝縮すれば今の数倍は出せるようになるぞ」
「俺は剣士だ、魔法使いじゃない」
「(いや魔法使いじゃなくてもこの数値は十分異常だっつうの!下手したら歴代の最優秀卒業生にも匹敵する威力だぞ……)」
二人の会話にツッコミたい気分を抑え、心の中で盛大にツッコミをするミドル。
ブラッドは試験用に放った魔法だと付け加え、3回目はリタイアした。
「実際クロエの言う通り俺の魔法はつけ焼き刃だ。凄いのは見た目と威力だけで、詠唱に時間はかかるし消費する魔力も大きいしで実践向きじゃない。よほど余裕のある時以外は使う機会はないだろうな」
「かっこよかったですよ、じんらいふうれつっ」
「恥ずかしいからやめてくれリーダー……」
一見ふざけているような連中だが、その実力は本物。
彼らを完全に侮っていた。こんなバケモノぞろいだとは想像もしてなかった。
まだ試験を受けていない最後に残ったメンバーを見て、ミドルは息を呑む。
「じゃあ、頑張ります」
「おう」
「がんばってモモ!」
「応援してるぞ」
──夜桜百。先程は天使の様な存在だと思っていたが、あんなバケモノぞろいのリーダー。
きっととんでもなく凄い魔力を保持しているのだろう。
もしかしたら避難しなければならないほどの壊滅的な魔法を放つのかもしれない。
夜風に肌を煽られながら、ミドルの緊張は今にも最高潮に達していた。