第5話「入学試験」
「はぁ……ったく。特別待遇者が入学試験を受けるからってこんな夜中にやるこたぁねえだろ」
ぶつぶつと文句を垂れながらクロエ達を案内する男、ミドル。
彼が文句を言う理由は彼女達を特別待遇している事についてというのもあるが、もっともな理由は──
「ねー今日の晩御飯何にする~?」
「ここはガツンと焼肉一択だろう!」
「いいや肉ならハンバーグだ」
──試験前だと言うのに呑気に晩御飯の会話をし始めるクロエ達に対してだった。
「モモは何が食べたいの?」
「……チーズフォンデュとか」
「リーダーがそういうなら今日はフォンデュだな!」
「決まり!」
「発酵食品なら街で早めに買っておかないといけない、買い出しは俺がいこう」
まるで試験のことなど一切頭にない様子の四人、きっと自分達が絶対に合格する自信でもあるのだろう。
だがここはエアラリス学園。倍率300倍以上の最難関校だ、こんな能天気な子供が受けに来ていい場所じゃない。
「じゃあ今から魔力測定及び物理測定を行う、まずは魔力測定からだ。やることは至って単純、自分の魔力を思いっきり的にぶつけるだけの作業だ。失敗などのことも含めて最大3回まで測定が出来る。 範囲系、もしくは遠距離系の魔法が得意な奴はこの線に立って50メートル先の的へと命中させる。近接系の魔法が得意な奴は直接的に近づいて魔法を放て。回復や補助と言った魔法が得意な奴は学園が用意した魔力測定機に向かって魔法を使え」
ミドルは若干苛立ちを覚えながらもキッチリと最後まで説明をし、丁度試験会場であるエアラリス学園の校庭へと到着した。
涼しい夏の夜風が肌をすり抜け、気持ちの良い夜の空気に癒されるクロエ達は校庭に置かれた大きな的をまじまじと見つめる。
「あれが我が学園の魔力測定器だ。メーターは一周で500、最大で2500まで測定できる。だが今まで試験を受けに来た奴はどんなに頑張っても300が限界だ。いっておくがうちの学園に入学したいなら最低でも500は出せないと話にならんぞ?」
ミドルは挑発するような言い方でクロエ達を見下すが、特に何の反応も返ってこない。ただモモのうんうんと頷く動作だけが返って来た。
「500だな。んじゃ最初はアタシからいくわ」
「クロエ、がんばってください!」
「おう!」
モモの応援を得てやる気になったクロエ。
範囲系や遠距離系の魔法を得意とする測定器の前へと立ち、額へと右手を掲げる。
これは彼女が魔力コントロールをする時の癖。全身にある魔力量を調節し、組み合わせ、適切な魔法を放つための詠唱時間の様なもの。
クロエは目を瞑り20秒ほど魔力を調節し、50メートル先の的へと狙いを定めて火魔法を放った。
「よっ!」
楕円形の形をした火の魔法がしっかりと的へ命中し、その隣には"373"と書かれた数字が表示された。
「良い調子だよクロエ~」
パチパチとモモ達が拍手をする中、ミドルは口を手で押さえ嘲笑する。
「ぷっ……なんだそのへぼい魔法は、見掛け倒しか?」
「スマン、ちょっと黙っててくれるか?3回以内に500を越えればいいんだろ」
クロエは再び額に右手を当て、今までにないほど集中力を帯びた炎気を醸し出す。
そして今度は火と対象の氷魔法を放ち、的へと命中させる。
──"514"──
「どうだっ」
クロエは思わずガッツポーズをする。
モモやブラッドも感心した様子で先程より大きな拍手をしていた。
「凄いですクロエ、少し詠唱が長いですがしっかりとコントロール出来ています」
「だろ?リーダーとの特訓のおかげだな!」
和気藹々と仲間内で盛り上がるクロエ達を前に、試験官ミドルは腹を抱えて笑い出した。
「──く、くははははっ!おいおい嘘だろ? 理事長の話によるとお前達は相当腕の立つって話だったが、こんな程度のものなのか?俺は最低でも1000を越えると予想していたんだが、反応を見る限りこりゃあ他のお仲間さんも同じか。全くもって期待外れだな」
シーンと静まり返った試験会場。
これに苦笑いをするブラッドとモモだったが、一人だけは怒りを募らせていた。
「……あ"?」
ドスを聞かせたような声色でクロエが呟く。
「なんだ、それともまさか手加減でもしていたのか?そんなことしなくてもあの的は最高クラスの鋼鉄で出来た的だ。お前たちの様な子供の攻撃ではかすり傷一つ付けられないから手加減などせず思いっきり──」
試験官が言い終える前にクロエが左手に一瞬だけ魔力を込め、"無詠唱"で的へと放った。
ほんの数ミリの光の粒がクロエの指先から光ったかと思えば、何の音も聞こえぬままその光の粒がとんでもない勢いで遠方の的へと連なって行き、的の周りで光り散らしたあと起爆するかのように木端微塵に大爆発を引き起こした。
「……──は?」
その様子を間近で見ていた試験官が言葉を失う。
ミスリルで出来た最硬の的が粉々に粉砕し、残った欠片は溶けるようにドロドロに崩れていた。メーターも完全に壊れ、"0000"とエラーの数値を叩き出していた。
プシューという音と共に地面でボコボコと溶解していく様に、試験官の血の気が引いていく。
「スライムよりとろみがあるな、作り直せ」
クロエはその性格通り沸点が低い。本気を出せなどと煽るのならまだしも、あれだけ挑発的な言葉を羅列されれば感情的になるのも仕方ないことだった。
「クロエは年長者なのですから、もっと穏やかにいきましょう。情緒もちゃんとコントロール出来れば立派ですよ」
「悪ぃ。仲間を馬鹿にされて感情的になっちまった」
熱が冷めたのか、冷静になったクロエはバツが悪そうな顔でモモの胸へと飛び込む。
モモはそれを包み込み、クロエの頭を優しく撫でると本人は嬉しそうに表情を一変させた。
あまりの出来事に固まっているミドルだったが、ルナの挙手と共に意識を取り戻す。
「よーし、次はルナだね」
ルナは元気よく手を挙げると、回復又は補助用と書かれた魔力測定器の前に立ちやる気を見せる。
「ルナ、ちゃんとメーターを測れるように。2500(まで)ですよ」
「わかったよモモ!2500(ピッタリ)だね!」
「……ルナ?」
通じてるようで通じてなさそうな気配を感じ取ったモモは、ルナを静止させようと手を伸ばすが時すでに遅し。
ルナは魔力測定機に手を翳すと辺りがキラキラと輝き始め、直後とんでもない圧力がミドルを襲い始める。
測定のメーターが一瞬で5周以上全開転し、時を待たずして粉々に砕け散った。
「これで2500だね!」
「ルナぁ……」
「ピッタリでも無いんだが……」
ルナの心の声が理解出来てたブラッドもこれには呆れた表情をみせた。
そしてモモのツッコミもワンテンポ遅く、今にも白目を剥きそうな試験官ミドルの姿がそこにはあった。