第1話「リーダーは無能力者」
草むらを駆け抜ける足音が複数聞こえてくる。
それは駆けると言うより、逃げている音。
「おい!なんなんだあのパーティ、異常だぞ!」
盗賊団の長ヴァインは我が身一番と言わんばかりに先頭を逃げる。
それはまるで、全ての動きを読まれているかのような戦術。自身が今まで培ってきた経験が警告を放つ。逃げろ、勝てない。と。
後方からは阿鼻叫喚ともいえる部下たちの悲鳴が押し寄せていた。
「うわァア──ッ!!」
森から大勢の鳥が羽ばたき、同時に赤い血が宙を舞う。
ヴァインは顔を真っ青にして這いつくばるように逃げ惑う。先日ギルドのAランクを軽々と倒した彼が、抵抗する気も起きずに四肢を這うしかない異常事態。
それはほんの数分前の出来事だった──。
◇◇◇
ヴァイン率いる盗賊団は、今日も今日とて自分たちに挑んでくる冒険者を待ち構えていた。
ヴァインの盗賊団はギルドの危険推定Aランク帯でありながら、Sランクも軽々と狩るほどの実績がある。
ギルド側がそれを危険視して最近は猛者ばかり送り込んでくるため、こちら側から盗みを働く必要が無くなったのだ。
ただひたすら待っているだけで向こうから餌がやってくる、そういう状況だった。
「──来た、気配がする。……奇襲だ!」
「全員配置につけ!」
今日も今日とて敵と遭遇、しかもいきなり奇襲をかけてくる高等戦術に長けた相手であることが推測できた。
だがヴァインの率いる盗賊団は並の統率力ではない。
彼の出す数十通りの指示を完璧に把握した団員達は一切の慢心無く事を運ばせる。
森林地帯という場所を逆手に取り、炎系の魔法を上手く操れれば盤上を握るカギとなる。いざとなれば全焼させ、水流系の術者でこちら被害を最小限に抑えることも可能だ。
更には森林という音が反響しやすい点を逆手に取り、連絡不備を特定の魔法の音により連携を取り、分断作戦も用意に展開することが出来る。
まさに地の利を生かした無敵の盗賊団だった。
10年以上も生き延びてきたその経験力と実績は伊達ではない。例え最高クラスの傭兵隊が攻めてきたとしても問題なく対処できるだろう。
その時まではそう思っていた。
だが──
「なんで分断しても囮にハマらねぇんだ!」
「動きが全部読まれてる!」
敵の気配を感じ取ったヴァインはすぐさま陣形展開するように指示を出すが、その瞬間思考を読まれたかのようにすぐさま対応されてしまったのだ。
術師の一人が乾いた葉に火を着け放火と共に再び展開を試みるが、そこへ狙いを定めたかのように上空から大量の流水が振り落とされ作戦は失敗に。
それどころか一部の交戦場所では相手側が炎系の魔法を使っているとの情報も入ってきている。
だが、未だに敵の数やその正体、指揮官の位置などは把握できていない。
今までとは圧倒的に違う状況に、ヴァインは混乱を抑えきれなかった。
そして血相を変える盗賊団の部下達も戦うことを諦め、必死に戦場からの離脱を試みていた。
「南だ!南が空いてる!」
「急げ、ヤツらに追いつかれたらおしまいだぞ!」
後方から聞こえる同胞たちの悲鳴を無視しながら南の方角へ走り出す。
見晴らしの良い草原地帯を前に、南へ逃げる部下を置いてヴァインは一人南西へと向かう。
「(あれだけ俺達を簡単に包囲しながら南だけ空いているなんてありえねぇ。あれは絶対罠だ、ここは南西に向かって隠れる一手だ……!)」
足音を極力消しながら枝を掻い潜り、奥へ奥へと進んでいくヴァイン。
すると。後方で轟音が起こっているにもかかわらず、鳥の声が聞こえ始める。
「──っ!?」
人の気配を感じ、すぐさま木陰に隠れ先の様子を見るヴァイン。
そこには小さな丸太に座り、呆けるように空を眺めている少女がいた。
「(……?見たところステータスがかなり低い。ただの子供か?いやこんな場所に子供がいるはずがねぇ。となると……)」
小枝を踏む音が少女に聞こえ、ヴァインの存在に気づき目を向ける。
しかしヴァインは高らかと声を上げて少女を蔑んだ。
「はははっ!あんなバケモノ連中の中にもこんなか弱いガキがいたとはなァ……。どこかの貴族か、それともあのバケモノ連中が護衛している対象か?……まぁどのみちこりゃあいい人質になりそうだぜ」
ヴァインは少女に一歩、二歩と近づき捕縛の魔法を詠唱する。
しかし、魔法を発動しようとした瞬間。後方から物凄い勢いで飛んできた少女に蹴り飛ばされる。
「邪魔だァッ!!」
「ガハッ……!?」
背骨が曲がるほどの蹴りを喰らい、数十メートルほど吹き飛ばされたヴァイン。
立ち上がろうにもあまりの痛みで血反吐を吐くばかり。
そんな彼の前に先程自分を蹴り飛ばした少女が立ち、一瞥。眼力でヴァインを見下した。
「ウチのリーダーに手を出すんじゃねぇよ」
「リー、ダー……? こんな、奴が……?」
視線の先はついさっき人質に取ろうとしていた少女。
こんなか弱そうな少女が、あんな人外とも言える蹴りを放った女を率いるパーティのリーダーだと言うのだ。
地面に這いつくばりながらも驚きの声を上げるヴァイン。
そんな彼には目もくれず、リーダーと呼ばれた少女は木の丸太からゆっくりと立ち上がって男勝りした女へと話しかける。
「……もうこんな時間ですか?でも、今日はとても良い天気です。日差しがとても気持ちいいです」
遠方ではまだ魔法の攻防する音が響き、悲鳴すら聞こえているというのにこの少女はまるで小鳥の囀りでも聞いているかのように清々しい顔をしていた。
思えばヴァインが脅しをかけている時も、一切ひるんでいなかったように感じる。
「何者なんだお前……無能力者じゃないのか……?」
辺りに溶け込むような白い髪に赤い瞳をした少女は、ヴァインの方へと振り返ると優しい声で呟いた。
「いいえ、ご名答です。私は一切の魔法や技能を得ていない、いわゆる無能力者です。ただちょっとだけ実戦経験が豊富なだけで」