さて……童話の設定である
ここまでアオサギについて長々と語ってきたのは、『サギのおんがえし』をテーマに”冬童話2020”を書いてみようと考えたからだ。
異種婚姻譚型テンプレートとしては、戯曲『夕鶴』でお馴染みの”つるのおんがえし”を流用したい。(同趣向の昔話には『鮭女房』などもある。)
ただ、お立合い。
『鶴の恩返し』と聞いて、どんな”つる”の画像が脳内で再生されたであろうか?
それは「頭頂部が赤く、羽が白い」いわゆるタンチョウヅルではあるまいか。
実際、市販の絵本なぞでもタンチョウが描かれていることが多いように思う。
確かに日本にもタンチョウは分布しているのだが、その分布域は北海道方面の北日本に激しく偏っているのが事実。
だから「むかしむかし、あるところに~」で始まる語り下ろしの昔話として『鶴の恩返し』や『鶴女房』を楽しんでいた”それこそ昔の子供たち”は、準主役というかヒロイン役の"つう"の正体を、タンチョウだとは考えていなかったという可能性があるわけだ。
西日本にまで飛来するツルには、ナベヅルがいる。
コイツならば、広く鹿児島県までが守備範囲に入る。
けれどもナベヅルは別名「くろつる」とも呼ばれるように、羽の色は黒。
すると、どうなるのか。
くろつるの羽で”つう”が反物を織り上げたとすれば、その反物の色は黒灰色になってしまうのではあるまいか?
いや、黒灰色が悪いと言っているのではない。もしかするとシックで上品な仕上がりの、白よりもかえって高く評価されるような良い出来であった可能性も否定できない。
けれども猟師の罠に掛かっていた鳥は、一羽の大きく白く美しい鳥だったはず。
そう。このオハナシが釧路湿原など蝦夷地を舞台にしているのでなければ、”つう”である可能性が高いのは白鷺か白鳥、あるいはコウノトリなどタンチョウとは別種の鳥類であろう。
中でもツルと間違えやすい形状の鳥を挙げろと言われれば、消去法から「それならサギかなぁ?」と云うことになる。
ウッカリ者の”与ひょう”は、罠に掛かっていた鳥が白鷺であったのにもかかわらず、鶴亀の絵などで見たことがあるタンチョウと誤認してしまっていたのだ。
助けられた白鷺も、相手が鶴だと信じ込んでいるものだから「いえ私はタンチョウではありません。」と強く否定出来ずに、ずるずると”つう”という呼び名を受け入れたのに違いない。
理由としては、白鷺は日ごろから常に誤認されやすい鳥だという事実があるから、と考えられる。
(注:白鷺と一口に言っても、白鷺には実はダイサギ・チュウサギ・コサギと良く似た三種類のサギがいて、ダイサギの幼鳥とコサギの成鳥は、シロウトには見分けが付かなかったりする。当然、僕にも区別がつかない。――完全な余談であるし、この場ではドウデモヨイことではあるが、白鷺が誤認を受け入れやすい素地があるという点を補強するために注意喚起のみ。)
以上の事実から
〇サギは恩返しをする鳥である――少なくとも、その可能性はあるのだ
〇だからアオサギだって恩返しをすることがあるかもしれない
という推測が、演繹的に導き出される。
賢明な読者諸氏に於かれては、念を押す必要も無い結論ではあろうけれども。
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主人公の名は『巳之吉』とする。
言わずと知れたラフカディオ・ハーンの『雪女』の主人公と同名の美男子。
コイツ、美少年→美青年であることを理由に、雪女の『おゆき』から「ただしイケメンは除く」的な特別待遇を欲しいままにするイヤなヤツなのだ。
〇山小屋で雪女に見つかったにも関わらず、美少年であることを理由に見逃してもらえる。
〇「ここで見たことを、しゃべってはならぬ。」と念押しされていたにも関わらず、ゲロってしまったのにノー・ペナルティー。
……なんだか巳之吉がズルいのではなく、単に”おゆき”がイケメンに弱いだけのような気もするが、ここはモテない私の嫉妬心からも、巳之吉氏にヒドイ目に遭ってもらう事とする!(キッパリ)
職業はどうしよう?
『雪女』の巳之吉氏は猟師であるが、雪山で猟をするような生活だと、アオサギとの接点が薄くなるような気がする。
日頃から釣り竿を担いでブラブラしているような、余裕のある人間にしなくてはならない。
漁師だったら獲物は換金しなくてはならないし、農民や素浪人であれば釣り上げた魚はその日の食卓に上がるであろう。(更に言及するならば、農民だと釣りより”かいぼり”で漁獲を試みることが多かったようだ。)
ならば豪商のドラ息子か、中級程度の旗本の次男・三男坊。
ドラ息子だと、釣りをするより吉原通いに忙しそうだから、部屋住みで日ごろから鬱屈している旗本の三男坊くらいが妥当か。
本人、剣術も学問もソコソコ出来は悪くないのだけれども、跡取りの長男がシッカリ者で、養子の声がどこからか掛かるのを待って、空いた時間には釣りくらいしかする事が無い――そういう具合に肉付けを決めた。
来る日も来る日も、お気に入りの釣り座に腰を据えて釣り糸を垂れるが、釣り上げた鮒や鮠はほとんど逃してやる毎日。
たまに鯉や鰻が釣れ上がると、少し笑顔になって魚籠に入れる。
出入りの者で見るからに滋養の足りていない人物や、近所の子を産んだ母などに分けてやるのだ。
そんな平坦な日々を送っていた巳之吉だが、いつの頃からか巳之吉が川縁に腰を下ろすと、一羽のアオサギが降りてくるようになった。
いつも巳之吉が川に戻してやっている雑魚を、お裾分け的に恵んでもらうためである。
この時点でのヒロインの外見は、まだ只のアオサギだ。娘に変化する前。
だから巳之吉も、かわいい娘にエエ恰好しようと思って魚を投げてやっているわけではない。
(娘っ子にいきなり魚を投げつければ、それは親切ではなくイヤガラセであろう。)
――ああ、また魚が欲しくてやってきたな。
と顔なじみの鳥に分けてやっているだけだ。
巳之吉の設定は出来たが、恩返しに現れる鷺娘の外見はどうしよう?
いや「サギを女性にする必然性は無いのではないか!」と反対される方がいらっしゃる可能性は重々考慮した上での決定である。
けれど一応、鶴女房をテンプレに置いた異種婚姻譚だと最初に決めたのだから、ここは私のワガママを通させて頂きたい。
ヒロイン役は正体がアオサギで、名前は”おさき”。
昔の仮名表記だと濁点を打たないことが多いから、実際には”おさ「ぎ」”であったとしても表記的には”おさき”でも問題あるまい。
(「七重八重 花は咲けども山吹の~」という太田道灌が村娘からやり込められたエピソードの短歌⦅詠み人は兼明親王⦆を仮名表記にすれば、「ななへやへ はなはさけともやまふきの~」となるようなモノだ。)
ヒロインおさきが、ダイサギ・チュウサギ・コサギの何れかに関わらず白鷺であるならば
〇翼も含めて全身が白い羽毛で覆われている。
〇ただ、長い脚だけは黒。
という特徴から『白ニットのミニ・ワンピースに黒ニーハイ・ソックス』という設定が成り立たないこともない。
しかし、おさき坊はアオサギである。
〇前述したように、翼の色は明るい青灰色。
〇しかもアオサギの脚色はベージュ。
だから『洗いざらしの藍の単衣で、”つんつるてん”の単衣の裾からはカタチの良い生足の脛が露わになっている』としたい。
別に本文で、その外見に言及する心算はないのだけれど、お話を脳内で紡ぐために必要だからと決めただけなのではあるが。
さて、以上のような設定で、どうだろう?